HOME 〉

PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

東京 「愛の野菜伝道師」

小堀夏佳 Natsuka Kobori

2021.09.13

text by Sawako Kimijima / photographs by AKANE

オイシックスのカリスマバイヤーとして数々のヒットを飛ばした実績を持ち、現在はフリーランスの立場で様々な野菜プロジェクトに携わる。名刺の肩書きは「愛の野菜伝道師」、Love vegetable evangelist。本人を知れば、肩書きが決しておおげさではないと実感する。今年3月に放送されたNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見て、画面からにじみ出るその人柄に魅了された人も多いに違いない。

“お野菜御用聞き”として生きる。

この日、小堀夏佳さんは埼玉県草加市の「チャヴィペルト」を訪れていた。有機JASで生産から販売まで手掛ける農園である。代表の中山拓郎さんと畑を見て回りながら交わす会話は途切れることがない。「オカワカメの小さい葉は苦いのね」「花は何色?」「ズッキーニ・セルペンテはうぶ毛がすごい!」・・・。

チャヴィペルトの畑で中山拓郎さんとオカワカメの葉をつまみながら語らう。

頭上からぶら下がっているのがズッキーニ・セルペンテ。セルペンテとは「蛇」の意だ。

「ズッキーニ・セルペンテは本来、蔓を食べる野菜らしいですよ」という拓郎さんの言葉を受けて小堀さんが語り出したのは、カボチャの蔓を食べるという話だった。
「永田農法の永田照喜治(てるきち)さんから、『カボチャの蔓は炒め物にして食べるといい。ぜひやりなさい』と言われたことがあったなぁ」
カボチャの蔓やサツマイモの蔓と聞くと、戦中戦後の食料難のイメージがつきまとう。食料が潤沢に流通する今、それらを食べ物として認識することはむずかしい。しかし、人口爆発や気候変動による食糧危機が近い将来に起こり得ると囁かれるようになって、野菜の可食部の捉え方を変える必要が出てきた。「食べられる、食べられない」の線引きの意識改革が求められていると言っていい。カボチャの蔓を食べる話は過去のエピソードではなく今後の可能性だ。小堀さんの語り口にはそんな含みもある。

「野草を食べましょうという働きかけをしているんです。たとえば、スベリヒユ。万葉集に登場するほど歴史があって、世界的にもポピュラーな野草です。にもかかわらず、私たちの食卓にのぼることはまずありません。最近、このスベリヒユが畑ではびこって困っているという話を農家さんから聞くんですね。栽培中の野菜を凌ぐ勢いで繁殖してしまう畑もあるらしい。実はスベリヒユって、カリウム、ミネラル、オメガ3脂肪酸などが豊富なんですよ。だったら、いっそ収穫して、野菜として販売できないかなって」

そのためにはおいしさを証明しなければ。というわけで、今夏、小堀さんはスベリヒユの食べ方研究に勤しんだ。生のままゴマ油でマリネしてインスタントラーメンにのせて食べるとすばらしく相性がいいことを発見。
「畑の厄介者が実は簡単便利なヘルシー食材で、それが農家さんの収入になるなら、こんないいことはないでしょう?」

これがスベリヒユ。チャヴィペルトの畑にも生えていた。

「これが規格外なんですか?」

「農家さんの収入を上げることが私のミッション」――小堀さんはきっぱりと言い切る。
オイシックスの初代野菜バイヤーを20年にわたって務め、その間につながった農家が約2000軒。畑へ足を運び、彼らの仕事をつぶさに見て、時に手伝いながら、数々のキラー野菜を世に送り出した。まるで桃のような味わいと食感の「ピーチかぶ」、生で食べられる「極生フルーツコーン」、ヒットさせた野菜は枚挙にいとまがない。
「長崎のトウモロコシ農家を訪ねた時には、生で食べて、あまりの甘さにびっくり。トウモロコシは鮮度が命だからと、収穫してすぐに真空予冷機で冷却して出荷していたことも知りました。そこまで神経を使っても、市場を通していたら、この味は伝わらない。農家さんしか知らないおいしさを産直で伝えたい」とネット販売したのが2006年。以来、生で食べるトウモロコシは広く市民権を得ている。

「愛の野菜伝道師」とは自分で付けた肩書きだ。「会社から渡された名刺に“スーパーバイヤー”と書かれていたんです。でも、当時、何の知識もなかったので、その肩書きに戸惑って」
「愛の野菜伝道師」という生き方を決定づけたのは、2003年に立ち上げた「ふぞろいな野菜たち」。傷があったり、曲がっていたり、一般流通上は規格外とされる野菜ばかりを「ふぞろいな野菜たち」と銘打って割安価格で販売したところ、好評を博したのである。

フードロスが社会課題の今でこそ「規格外」や「訳あり」は立派な商品価値を持つ。でも、当時の小堀さんの受け止め方はそれとは少し違っていた。「規格外とされる野菜を見た時、私には『これが規格外なんですか? これが廃棄や加工に回るんですか?』って思えた」
つまり、「規格って何ですか? 標準って何ですか?」という問いかけである。「細いズッキーニには身の締まった味わい、太ったズッキーニはとろんとしたおいしさがある。君は君のままでいいんだよって、私は言いたい。だって、そのほうが食卓も口の中も豊かでしょう?」。既成概念に囚われないみずみずしい感性が、流通の論理の陰に追いやられてきた価値を見出し、掘り起こしたのだった。

3年前から小堀さん独自の野菜セット「ベジバルーン」を販売。「畑からのラブレター」と題して生産者や食べ方を紹介するレターを同封する。手にするのは自分の名刺で、「Yasaiにはaiがある」。

生産者から「畑が空いたんだけど、何を植えたらいい?」とよく聞かれる。
「道の駅やスーパーで売れている野菜を植えようとする農家さんが多いんですね。でも、そうすると、同じ時期に同じ野菜が一斉に市場に出て、値が下がる。今年売れたからって来年も植えれば、大豊作で大暴落になりかねない」
作付けから食べ方まで、全体を見通す人間は意外に少なくて、そこに自分の役割があると小堀さんは考える。農業資材メーカーと一緒に新品種のブランディングを手掛けたり、市場調査をして種苗開発担当者にアドバイスしたり、レシピ開発、野菜記事のライター、講演など、依頼は引きも切らないが、「断らずにすべてを受け入れたい」
「お野菜御用聞き、お野菜駆け込み寺になれたらいいなと思うから」
最近は、農業と組んで新規事業やプロジェクトを立ち上げたいと考える企業が多く、企画書作成に追われる日々だ。

種について思うこと。

オイシックスで野菜のバイヤーを任されたばかりの頃はF1も在来種も知らなかった。無我夢中で突っ走っていた4、5年目のことだ。長崎県雲仙の種採り農家、岩崎政利さんを訪ねた際、お茶請けで出してくれた野菜の味わいに涙が溢れ出た。
「フルーツのように甘くてびっくり、ではありませんでした。なのに、その味わいが琴線に触れて自然に涙が溢れた。これってなんだろうって思って。岩崎さんから平家が何代にもわたって種採りしてきたものなんだよと言われ、それから伝統野菜に惚れ込んでしまった」

小堀さんは、種苗開発の担当者とのやりとりも多い。彼らは10年後、20年後を想定しながら新品種の開発に取り組む。10年後、20年後に売れる野菜、必要とされる野菜とはどんな野菜かを思い描く。が、小堀さんが最近思うのは、人間にとって必要な種よりも、地球にとって大切な種かどうかを考えなきゃいけないんじゃないかってことだ。
今年11歳になる息子の穂海(ほづみ)君が生まれた時、指が6本あった。原因はわからない。しかし、小堀さんは種の継承について考えざるを得なかった。交配や品種改良にどこまで人間が関与していいのだろう?
「種採りしている農家は1割にも満たないと思います」
彼らの価値をもっと知ってもらうことに、小堀さんは力を入れていきたい。

チャヴィペルトの畑の一角に置かれた日本ミツバチの巣箱。「ハチが受粉を促進してくれる」と中山拓郎さん。ちなみにチャヴィペルトでは植物性の堆肥しか使用しない。

「私がいつも前を向いていられるのは農家さんのおかげです。自然災害に傷めつけられても立ち上がって前を向く彼らに、その姿勢を教わりました。だから、彼らにお返しするため、少しでも農家さんの収入を上げることが私の命題なんです」
日本の農家を支えることが息子たちの地球を守ること。小堀さんはそう思う。

「野菜でアートができたらいい」と自宅では野菜を飾る愉しみも開拓中。

「野菜でアートができたらいい」と自宅では野菜を飾る愉しみも開拓中。


小堀夏佳(こぼり・なつか)
東京都生まれ。中央大学経済学部卒。住友銀行勤務を経て、オイシックスに創業メンバーとして参画。初代野菜バイヤーを務める。「ピーチかぶ」「トロなす」「マッシュルン」「かぼっコリー」など、野菜の特性を的確に表現する絶妙なネーミングで世に送り出し、ムーブメントを起こす。「メイドイン東京の会」など活動は幅広い。

愛の野菜伝道師・小堀夏佳
https://www.natsukakobori.com/
Facebook:@小堀 夏佳
Instagram:@kobokobo808

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。