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PEOPLE / 生産者・伴走者

地域のインフラとして機能していく。「ONIBUS COFFEE」 坂尾篤史さん

大地からの声――23

2020.09.25

連載:大地からの声

「ONIBUS COFFEE(オニバスコーヒー)」の坂尾篤史さんは、コーヒーショップを「地域のインフラ」と位置付けています。新型コロナウイルス感染拡大期の営業自粛要請に対して、「休業したら、インフラとして機能できなくなる」と悩みました。コーヒーブームが落ち着いてきた今、考えるのはコーヒーショップとしてできる社会との関わり方です。



問1 現在の状況

zoomでコミュニケーション。

僕たちは、コーヒー豆の買い付けのために、エチオピア、ルワンダ、ホンジュラスといったアフリカや中南米の国のコーヒー農園へ足を運び、持続可能な取り引きを行なうよう心がけています。扱うコーヒー豆の全量が直取り引きでではありませんが、買い付け国ごとに担当者を決め、コミットしながら高品質なコーヒーの獲得に力を入れています。

新型コロナウイルス感染拡大が始まって、現地の商社や生産者とzoomミーティングを何度か試みましたが、連絡が取りづらい状況が続きました。
たとえば、アフリカのやや東寄りの中央部にある国ルワンダ。その南部に位置するニャマガベ地区のコーヒー豆集積所、レメラ・ウォッシングステーション――近隣に点在する約3000もの小規模農家によって栽培されたコーヒーチェリーが運ばれてくるようなところです――の様子を尋ねると、昼間の収穫はなんとか行われているけれど、昼に運び込まれたコーヒー豆を精製する作業が進まず、今年は生産量が落ちていると、5、6月頃時点では言っていました。
中米では、ピッカー(収穫者)は国を渡り歩く移動労働者であるため、収穫に支障が出ているなど、どこの生産地も何かしらの不都合が発生していたのではないでしょうか。


ルワンダのニャマガベ地区。ナイル川上流ニュグウェ国立公園の隣接地から得られるミネラルの豊富な水と土によって栽培され、精製される。


手作業で選別・精製される。しっかりとした甘さのあるユニークな味わいが生み出されている。


問2 気付かされたこと、考えたこと

ほっと息のつける場所。


僕はコーヒーショップを“地域のインフラ”と捉えています。それは、バックパッカーとしてオーストラリアやアジアを回っていた時の経験に基づきます。
どこを旅していても、朝は必ずコーヒーショップを探して、コーヒーを飲んでいました。そこの土地のことが右も左もわからなくても、コーヒーショップでは、ほっとできた。生存確認と言ったら大袈裟かもしれませんが、「あぁ、生きている」と思える、自分を取り戻せる場所なんですね。僕だけじゃない、地元の住民やいろんな所から来た旅人が立ち寄ってはコーヒーを飲みながら、自分以外の人間の存在を感じながら、朝のひとときを過ごしている。コーヒーショップとは、一日の時間の流れの中で、あるいは旅の行程の中で、次へと進む上での“基地”なのだと思います。

そんな光景が好きで、そういう風景をつくりたくて、この店を営んでいる。生存確認できる場所を街に用意しておくことが、僕たちの役割と思ってきました。だから、営業自粛要請が出された時、非常に戸惑ったんですね。立ち寄ってもらう基地であることに意味があるのですから。コーヒー豆の販売に限れば、店を閉めて、ネットでもできます。実際、4月のネット販売は通常の5倍になった。でも、インフラとしての役目は、店が開いてなければ果たせないのです。

休業するか営業を続けるか、スタッフ間でディスカッションしたところ、インフラだから休むべきではない派、飲食店のひとつの形態なのだから閉めるべき派、2つに分かれました。
結局、5店舗あるうち渋谷と神宮前の2店は閉めて、住宅街の店は営業を続けましたが、閉めるか閉めないかは、ぼくたちにとって、アイデンティティに関わる大きな問題だったと思います。

コーヒーショップは暮らしにおけるエネルギー供給所。道路があってガソリンスタンドがあるのと同じ。


問3 これからの食のあり方について望むこと

マイクロだからできること。


コーヒーブームが落ち着いてきた今、コーヒーだけではない発信や社会との関わり方が必要だと考えています。
スペシャルティコーヒーは一般流通のコーヒーよりもキロあたりの生豆の価格が2~3倍に設定されていますが、それでも生産者の生活は安定しないと言われます。とはいえ、コーヒーの価格をもっと上げればよいのかと言ったら、1日に何度も飲むものとしての価格の範囲を超えてしまうでしょうから、それはそれでちょっと違う。であれば、コーヒーの流通に留まらず、もっと社会全体から変えていくような思考やアプローチが必要じゃないかと感じています。

今年に入って、オニバスでは社内にサステナビリティ担当を設けました。僕たちの会社で何ができるかを考えて実践していくためです。自粛期間中は通常に比べて時間ができたこともあり、ゆっくり考えられたと言えるかもしれません。
たとえば、現在実施していることとして
1.レジ袋の有料化に際して、オニバスでは紙袋も有料化。それらの代金を森林保全団体「モア・トゥリーズ」に寄付する。
2.オニバス版のキープカップの製作を陶芸家に依頼。シリコンの蓋を付けて、持ち運び可能かつ器としても楽しめて愛着が湧くものにしたい。それに先駆けて、オニバスオリジナルデザインのMiiRタンブラーを販売。コーヒーは20円引きで提供、給水には無料で応じる。
3.コーヒー滓で培養土を作る。アーバンファーマーズクラブの小倉崇さんに相談して、三鷹の鴨志田農園にご協力いただき、コーヒーから作った堆肥と培養土を合わせた「COFFEE SOIL」として販売。

他にも、お菓子作りに使う素材は環境に配慮した栽培や飼育に勤しむ各地の生産者から取り寄せる、スタッフの移動はできるかぎり自転車で、熊本豪雨災害への募金活動、など多方面にわたっています。
来年、オニバスの出発点である奥沢の店を緑が丘に移転する予定です。今度は土地のある場所なので、畑をやろうと思っています。そうしたら、コンポストもできるし、ゼロウェイスト化ももっと進められる。


コーヒー滓のほかに、籾殻、落ち葉、米ぬか、鶏糞、壁土、完熟堆肥を配合した培養土「COFFEE SOIL」。栄養価が高く、野菜や果樹におすすめ。オンラインでも販売。


オニバスオリジナルデザインのMiiRタンブラー。水の無料リフィルにも応じる。

今年1月、ブラジルで4日間にわたって開催された「MICRO REGION SHOWCASE ILICINEA」にスタッフが参加してきました。これは世界中のマイクロロースターとコーヒー生産者を対象に企画された新しいコーヒーイベントで、今年がまだ2回目。農園視察、小規模生産の生豆オークション、コーヒー生産者向けシンポジウムから成り、オークション参加者は小規模な企業または個人に制限されています。その理由を、「小規模なカフェやコーヒーショップでは、バリスタやロースターと消費者の距離が近く、生産者の思いや品質向上の取り組みを、消費者に伝えやすいから」と主催者。
コーヒーショップは地域のインフラであることをコーヒー関係者が認識して、インフラとしてのメリットを社会の中で有効に活用しようとしている、そんな空気を感じています。


坂尾篤史(さかお・あつし)
1983年生まれ。オーストラリアでカフェの魅力に取りつかれ、約1年のバックパックを経て帰国後、バリスタ世界チャンピオンの店で焙煎やバリスタトレーニングの経験を積み、2012年独立。奥沢に「ONIBUS COFFEE」をオープン。現在は都内に5店舗、ベトナムホーチミンに1店舗を運営。アフリカや中米のコーヒー農園に積極的に訪れ、現地との持続的な取り引きを大切にし、トレーサビリティを明確にする活動を積極的に行う。BtoB事業としてオフィスへのコーヒー提案やサブスクリプション契約による福利厚生のコーヒーサービスも手掛ける。

ONIBUS COFFEE Nakameguro
東京都目黒区上目黒2-14-1
☎ 03-6412-8683
9:00~18:00
不定休
onibuscoffee.com




大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと








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