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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――27 本当の地域活性とは何か? 「おおち山くじら」 森田朱音さん

2020.11.16

text by Kyoko Kita

連載:大地からの声

町の9割が森林を占める島根県邑智郡美郷町。害獣被害が深刻化した約20年前から、「イノシシと共生する町」をキャッチフレーズに、行政と住民が一体となってイノシシなどの駆除と活用に取り組んできました。森田朱音さんは2014年に美郷町に移住、生産者組合として運営されていた処理場を引き継ぎ、食肉処理や加工品づくりと販売を担っています。「地域活性とは複合的で長期的なもの」と森田さん。過疎と高齢化が進む町のこれからを、地域に根を張って支えています。



問1 現在の状況

豪雨被害を乗り越え、処理場を再建。

コロナ前は肉の売り先の8割が東京の飲食店だったため、4~5月はほとんど出荷ができず、真空冷凍での在庫がたまる一方でした。
実は2017年の西日本豪雨の折、処理場が床上浸水し、貯蔵していた肉も機材も多くが使い物にならなくなりました。処理場は川のすぐ脇にあって、いつまた浸水するかわからない。昨年、思い切って高台への移転を決めました。会社設立からまだ2年の超零細企業の私たちにはチャレンジングでしたが、クラウドファンディングを通じて多くの方から支援をいただき、新しい処理場が完成したのが4月20日。その矢先のコロナ禍でした。

駆除するイノシシの数が少ない時期で、施設を少し拡大していたこともあり、肉を廃棄する事態に至らなかったのは幸いだったと言えます。また、ありがたいことに、これまで僅かだったネット通販での注文が大幅に増えた。脂が少なくサイズが不十分で飲食店からの需要が少ない夏場のイノシシを調理した缶詰はメディアでも取り上げられて、その影響は少なくなかったと思います。


箱罠で捕獲されたイノシシは生きたまま処理場へ。屠畜後すぐに血抜きされるため、臭みがなく、肉の旨味と脂の甘味、香りが楽しめる。


代官山のレストランのシェフに監修してもらったポトフや黒ビール煮込み、スパイス煮込みは、缶詰フリークの間でも話題に。


問2 気付かされたこと、考えたこと

町の厄介者を資源にする。

新型コロナウイルスの感染拡大が進んでも、美郷町の日常にほとんど変化はありませんでした。高齢化と過疎化が深刻で、道を歩いていてもほとんど人に会わないくらい、人のいない町です。「社会とはこんなにも脆く、簡単に変わってしまうのか」と、コロナが都市部にもたらす影響を少し離れたところから見ていました。

私は福岡県出身で、東京のマーケティング会社で地域活性に関わる仕事をした後、2014年にここ美郷町に移住しています。
2011年の東日本大震災を東京で被災し、水も食べ物も手に入らない事態に遭って、地方への移住を考えるようになりました。食べものを作っている人や自然の近くにいた方が安心。何かあった時もご近所さんと分け合えるし、山があれば水も湧き、木も切り出せる。インフラが途切れても生きていける場所に暮らしたいと思ったのです。

ジビエ市場が伸びる予感があり、ジビエで地域活性に関われそうな町を探しました。美郷町は田畑を荒らすイノシシなどの野生動物を厄介者として処分するのではなく、町の“資源”として活用する取り組みをいち早く進めていた。行政や猟友会に捕獲や処理を委ねるのではなく、農家さんたち自ら狩猟免許を取得して、自分たちの畑を守るために動いていました。「ここでの暮らしの一員になりたい」、役場とのご縁もあり、移住を決意。町の人々にすんなり受け入れていただき、6年たった今も居心地よく暮らしています。


美郷町では狩猟期間ではない春~夏も畑への被害を防ぐためイノシシの捕獲が続く。捕獲頭数は冬場よりも多い。


移住したのに結局町を出ていってしまった人も見ています。私が美郷町に根を張れた理由のひとつは、町で必要とされる役割を担えたから。地域おこし協力隊として3年の任期を過ごした後、農家さんたち運営する食肉事業を譲り受け、食肉処理や販売を行なってきました。イベントでジビエ料理を出したり、町のPRに駆り出されたりと、町とイノシシに関わるいろいろなことをさせてもらい、住民と役場との調整役にもなってきた。移住のスタイルは様々だと思いますが、コミュニティに入っていくには、地域内での役割を見つけて、それを続けていけるといいと思います。

地域に根を張ってみると、「地域活性とは何だろう?」と、その意味について考えさせられます。
仕事として地域に入っていた時は、予算があって、ひとつのミッションを達成すればそれでおしまいだった。でも本当の地域活性は複合的で終わりがありません。
まずそこに住む人たちの日常の暮らしや仕事がある。彼らは何に困り、何を必要としているのか。困り事を解決するために、行政や補助金頼みではなく、住民自ら動き、身を立てていく気概も必要です。
ジビエで地域おこしをしている美郷町では、春や夏にも住民が率先して猟に入ります。でなければ、安定的にジビエを売ることはできないし、畑を耕す人がいなくなればジビエを売る必要すらなくなってしまうのです。


問3 これからの食のあり方について望むこと

山里の暮らしが教えてくれた「足るを知る」。


野山を駆け回る野生のイノシシと違って、スーパーなどで売られている豚は産業動物です。繁殖から生育まですべてを人の手でコントロールしている。家畜だけでなく、今の社会では、人が自然をコントロールできるかのように錯覚している節があります。でも、そんなことはできない。度重なる自然災害やコロナというウイルスに、制御できない自然の力を見せつけられているような気がしています。

第一次産業に関わるようになって、一般に流通している食品が安すぎることを知りました。
イノシシを罠にかけて、処理場に運び、処理をして、肉にする。とても大変な仕事です。その人件費を正直に価格にのせると「高すぎる」と言われてしまうことがあります。でも、スーパーで売られている豚肉が安いのは、その価格で販売できるように、豚の飼育に関わるあらゆる部分をコストカットした結果なのです。
価格には意味がある。そのことを理解して共感して買ってくださる一般の方たちが増えているのがうれしい。事業としては四苦八苦ですが、その関係性を大切にしていきたいと思います。

コロナの影響で、地方に移住を考える方も増えていると聞きます。私は今、山に囲まれたとても小さな町に住んでいますが、ネット通販や物流のおかげで何不自由なく生活しています。そもそも物欲というものがほとんどなくなりました。目の前にあるもので十分満足できるようになった。「足るを知る」、そんな言葉の意味も、山里での暮らしは教えてくれますよ。



森田朱音(もりた・あかね)
福岡県出身。東京のマーケティング会社で地域活性事業に携わった後、2014年、美郷町に移住。野生鳥獣に関わるコンサルティングや商品開発、卸販売を手掛ける「クイージ」との業務提携の下、地域おこし協力隊として3年間、「おおち山くじら生産者組合」でジビエをはじめ産物の販売に携わる。2017年、「クイージ」と共同で「株式会社おおち山くじら」を設立。食肉処理や缶詰の加工、販売の他、イノシシ革の活用や内臓のペットフード利用などを手掛ける。

おおち山くじら
http://yamakujira.jp/
おおち山くじらネットショップ
https://oochiyamakujira.stores.jp/
森田朱音さんFacebook
https://www.facebook.com/morita.akane






大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。




「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと
























































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