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PEOPLE / 生産者・伴走者

大地からの声――29 「withコロナ」以上に「with気候変動」。 「タケダワイナリー」 岸平典子さん

2021.04.15

photograph by Naoko Yarimizu

連載:大地からの声

昨年(2020年)、創業100周年を迎えた山形県上山市の「タケダワイナリー」。創業以来、周辺の農家と連携しながら、地場のブドウのみでテーブルワインからシャンパーニュ方式によるスパークリングワインまで造り上げてきました。ワイナリーの代表であり、栽培・醸造の責任者でもある岸平典子さんは、このコロナ禍において「日頃から大切にしてきたこと、心がけてきたことが生きた」と語ります。



問1 現在の状況

大事にしてきた縁に助けられる。

昨年の第一波で4~5月の売上はぐっと減少したものの、持続化給付金の申請条件までは落ち込まずに回復。現在はほぼ100%近くまで戻っています。
いろんな販売チャネルを持っていることが幸いしました。問屋さんへの卸し、酒販店との直取引、レストランへの直売、通販サイト、ホームページのEC、自主制作のDM、地元の道の駅や土産物店、Go To キャンペーン時にはワイナリー併設のショップの売上も伸びました。

昨年5月に自分たちなりの分析をして戦略を立てたんですね。レストランへの出荷が止まった代わりに、巣ごもり需要で住宅街にある酒販店やネット販売、ザ・ガーデンや紀ノ国屋といったファインスーパーでの売上は伸びている。注力ポイントを明確にして、好調なところには積極的に働きかけました。

実のところ、「私たち、なんかどんくさいよね」といつも思っていたんです。独自のスタイルを打ち出した新しいワイナリーや、チャネルを絞ってブティックワイナリー的な生き方をしているところを見ると、セグメントビジネスができない私たちって、スタイリッシュじゃないなぁって。でも、そのどんくささに救われた……。

タケダワイナリーのブドウ畑の中に、サクランボウの樹が生えています。ワインだけではまだ経営が成り立たなかった頃、サクランボウが大切な収入源でした。やがて私がワイナリーを引き継いで、ブドウ栽培に一生懸命なあまり、ある時、サクランボウの樹を切ろうとしたら、父親が烈火のごとく怒った。「誰のおかげで学校へ行かせてもらったと思っているんだ!」。そうです、サクランボウのおかげです。サクランボウがあったから、今の自分がいる。その恩を忘れるな、と。

問屋さんも同じなんです。自分たちに売る力がなかった頃、問屋さんが売ってくださっていた。そのおかげで私たちは食べてきた。そういった関係を切らすまい。すると、チャネルが増えていって、手を広げているみたいでカッコよくないなぁと思っていたけれど、そこに助けられました。ひとつひとつのつながりを大切にしてきたのが良かったんでしょうね。


15haの自社畑の他に、近隣の栽培農家のブドウで仕込む。

第一波の緊急事態宣言下、レストランが営業自粛に追い込まれてワインの出荷が滞った時に、一瞬頭をよぎったのが「今年は生産調整をしないといけないかもしれない」。タケダワイリーには地元の栽培農家から仕入れるデラウェアで仕込むワインがありますが、農家さんからも「今年のブドウ、買ってくれるよね?」と心配する声が寄せられた。そこで、まずは安心して栽培に専念してもらえるよう、コロナ禍に関わらず購入する旨をアナウンスしました。結局、昨年はヴェレゾン(着色)期に豪雨と長雨にたたられて、これまでにない不作だったのですが。


問2 コロナで気付かされたこと、考えたこと

感染の原因を作らないための習慣。

ニュースを欠かさずチェックして、社会動静を把握するように努めています。ステイホーム、リモートワーク、いろんな言葉が飛び交って、パラダイムシフトなんて言われているけれど、ワイナリーの仕事は変わらない。雪が解ければ、萌芽する。実が熟したら、収穫して醸造する。その営みに変化はありません。営業担当でこれまで全国各地へ足を運んできた夫(編集部注・岸平和寛さん)が出張に出られず、来客の対応を一手に引き受けてくれて、私は仕込みや畑仕事に集中できたのがありがたかったけれど(笑)。

日本の湿潤な環境は菌体天国です。ワイン造りにおいて、化学的な薬品に頼らない栽培と醸造を実践しようと思ったら、細心の注意が欠かせません。
仕込みの期間、私たちは絶対と言っていいくらい風邪をひかないんですよ。醸造の現場に不要な菌を持ち込まないために、うがいと手洗いを徹底して清潔を保つ、その恩恵ですね。新型コロナウイルスの感染拡大初期、不安を抱えていたワイナリーのスタッフには「常日頃やってきたことを守っていれば大丈夫」と伝えました。

ブドウ畑でも常に微生物への備えを怠ることはありません。灰色かび病、べと病、晩腐(おそぐされ)病など、菌由来の病気の危険を回避すべく、使ったハサミは都度きれいにして、別の場所へ移さない。長靴も毎回洗う。支柱や伝線に巻き付いた蔓は取り除く。感染の原因を作らない努力は日常の習慣です。


photograph by Naoko Yarimizu
スタッフ総出で畑の手入れ。伝線に巻き付いた蔓ヒゲを完全に取り除く。健全なブドウを収穫するために最善を尽くす。


同時に取り組んでいるのが、土中の微生物を複雑にすること。土中の微生物が複雑であるほど、そこに生える植物も強くなります。土壌に炭を撒くんですよ。すると、炭に微生物が巣食って、微生物や虫が多様化して、生物の捕食が活発化する。下草も複雑になります。何かが突出して悪さをするということが抑えられるんですね。自ずと土や植物の免疫力や抵抗力が高まることになります。


岸平典子さんと主人の和寛さん。和寛さんが営業を一手に引き受け、全国各地で開かれるイベントにも参加する。


問3 これからの食のあり方について望むこと

異常気象がデフォルトになった。


毎年、課題を見つけては克服すべく試行錯誤するのですが、ワイン生産者の立場から言えば、「withコロナ」より「with気候変動」の問題が大きい。異常気象がデフォルトです。異常気象のせいにはしないぞという心構えを持たなければ、今の地球で農業は成り立ちません。異常気象前提でブドウの栽培管理をするクセがつきました。

一番怖いのは雨ですね。雨によって病気が広がらないように、予め手を打っておく必要がある。先ほどお話しした支柱や伝線の巻きヒゲを取り除いておくのもそのひとつ。絡み付いていた巻きヒゲが水を含んで、そこから病気が広がる可能性があるからです。

これまでやらなかった雨除けを施す決断もしました。日本は雨が多いからといって、ブドウの房にだけ雨除けをするなんて不自然だし、ましてや環境負荷の大きいビニール製品の雨除けなんてと思っていた。でも、そんなことを言っていられないくらい雨の被害が顕著になっています。

考えてみれば、世界有数のワイン産地である南アフリカやカリフォルニアは乾燥した気候がワイン用ブドウの栽培に向いているように見えて、実は潅水のために遠くの山から水を引いてきたり、地下水を汲み上げすぎて地下水脈が枯渇したりしている。乾いた大地から無理やり水を吸い上げるのも、雨除けをするのも、ビニール製品を使うのも頭の痛い事実であることに変わりはありません。では、ワイン造りを止めればいいのか。そう単純な問題ではないでしょう。

温暖化の進行はノンストップです。10年先、山形がサクランボウの産地でなくなるかもしれないと、北海道に土地を購入した生産者がいます。レモン栽培を始めた農家もあります。
私たちのブドウも、リースリングの出来がいまひとつになり、カベルネ・ソーヴィニヨンに濃縮した果実感がもたらされるようになった。温暖化の進行を如実に感じます。
これからどんな品種構成で栽培していけばいいのか、長期的な視点で考えなければなりません。そう簡単に樹を切ったり植えたりできるわけでなく、なおかつワイン造りは年に一度しかできない。気候変動のスピードを見ていると、のんびりしていられないと思うのです。


photograph by Naoko Yarimizu
品種も製法もバラエティ豊かに1000円台から揃う。



岸平典子(きしだいら・のりこ)
1966年、山形県上山市生まれ。玉川大学農学部卒業後、90年に渡仏。国立マコン・ダヴィエ醸造学校上級者技術コース、フランス国立味覚研究所、ボルドー大学醸造研究所などで学ぶ。94年帰国、地元農家との連携を図りながら、山形産ワインのクオリティ向上に尽力。2005年、業界初の女性代表取締役社長兼醸造栽培責任者に就任。

タケダワイナリー
山形県上山市四ツ谷2-6-1
☎023-672-0040
http://www.takeda-wine.co.jp/





大地からの声

新型コロナウイルスが教えようとしていること。

「食はつながり」。新型コロナウイルスの感染拡大は、改めて食の循環の大切さを浮き彫りにしています。

作り手-使い手-食べ手のつながりが制限されたり、分断されると、すべての立場の営みが苦境に立たされてしまう。
食材は生きもの。使い手、食べ手へと届かなければ、その生命は生かされない。
料理とは生きる術。その技が食材を生かし、食べ手の心を潤すことを痛感する日々です。
これまで以上に、私たちは、食を「生命の循環」として捉えるようになったと言えるでしょう。

と同時に、「生命の循環の源」である生産現場と生産者という存在の重要性が増しています。
4月1日、国連食糧農業機関(FAO)、世界保健機関(WHO)、関連機関の世界貿易機関(WTO)、3機関のトップが連名で共同声明を出し、「食料品の入手可能性への懸念から輸出制限のうねりが起きて国際市場で食料品不足が起きかねない」との警告を発しました。
というのも、世界有数の穀物生産国であるインドやロシアが「国内の備蓄を増やすため」、小麦や米などの輸出量を制限すると発表したからです。
自給率の低い日本にとっては憂慮すべき事態が予測されます。
それにもまして懸念されるのが途上国。世界80か国で食料援助を行なう国連世界食糧計画(WFP)は「食料の生産国が輸出制限を行えば、輸入に頼る国々に重大な影響を及ぼす」と生産国に輸出制限を行わないよう強く求めています。

第二次世界大戦後に進行した人為的・工業的な食の生産は、食材や食品を生命として捉えにくくしていたように思います。
人間中心の生産活動に対する反省から、地球全体の様々な生命体の営みを持続可能にする生産活動へと眼差しを転じていた矢先、新型コロナウイルスが「自然界の生命活動に所詮人間は適わない」と思い知らせている、そんな気がしてなりません。
これから先、私たちはどんな「生命の輪」を、「食のつながり」を築いていくべきなのか?
一人ひとりが、自分自身の頭で考えていくために、「生命の循環の源」に立つ生産者の方々の、いま現在の思いに耳を傾けたいと思います。

<3つの質問を投げかけています>
問1 現在のお仕事の状況
問2 新型コロナウイルスによって気付かされたこと、考えたこと
問3 これからの私たちの食生活、農林水産業、食材の生産活動に望むことや目指すこと

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