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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

鈴木鉄平さん&山代徹さん「青果ミコト屋」

第3話「八百屋のブランディング」(全5話)

2016.04.01

興味のない人にこそ届けたい

震災の前に、彼らのブランディングの話をしましょう。
ミコト屋の卓越している点のひとつは、八百屋という既成概念にとらわれないブランディング力。もともとオーガニックに興味の薄かったものの、ミコト屋を通して野菜のおいしさに目覚めたという若い人たちもいます。彼らはどんな八百屋をイメージしていたのでしょうか。

「ネパールの旅を通して学んだ暮らしの知恵を、誰に一番伝えたいかといえば、同じように遊んできた同世代の仲間だったんですよ」と鉄平さん。
ファッション、音楽、スポーツ、クラフト……。同年代、つまり自分たちが興味をもつカルチャーとコラボレーションすることで、多くの人がアクセスできるようにしたいというのが、独立前からのビジョンでした。









photograph by Masahiro"Lai Arai"


ライフスタイル提案型の野菜販売というビジネスモデルは、二人が通った「プランツ(自然栽培の野菜などを販売するナチュラルハーモニー江田店)」に、一見すると似ています。

「衣食住、遊び、学び、それを含めたライフスタイルを提案する『プランツ』は、自分たちが進む道の参考になりました」と鉄平さん。

でも、彼らはほんの少し、向き合い方を変えました。

「集う人たちが、すごく意識が高くてコアな人ばかりで刺激的でした。農薬はもちろん、身につける服の素材などにもストイックな方もいて、それはナチュラルハーモニーでしかできない魅力でした。もちろん、野菜の栽培方法も厳密です。そうしたベースは持ちつつ、だけど、僕らはもっとフレキシブルに考えてみようと思った」(鉄平さん)

理由は、作る現場を知ったから。

「初めは『自然栽培こそ目指すべき道だ!』と感銘を受け、今でも強く影響を受けています。でも、農業研修をして、畑を回って思ったことがありました。農家さんや、土地の風土で野菜の作り方は変わる。だとしたら、厳密に設定するのはどうなんだろうと。良質な有機肥料で育てた野菜のおいしさも認めたいと思うようになったんです」(徹さん)

週末ごとに屋外イベントに出店するミコト屋ですが、オーガニックマーケットには積極的に出店していません。

「オーガニックマルシェに出ると、話が早くてモノも売れるし、楽なんですけど、やりがいはあまり感じない。みんなもう知っているから、僕らが伝えることはそうそうないというか。そうじゃなくて、知らない人にこそ知ってほしい」

オーガニック食材、自然栽培の野菜が好きな人は既に一定数はいます。それはちょうど、今の自然派ワインの状況と重なっているかもしれません。好きな人は、ひょっとしたら生産者以上に調べているし、知っています。そうしたコアなマーケットは、知っている人だけで閉じられた世界になっていく傾向もあります。

「僕らは、自分たちが取り扱っている野菜を“特別”じゃなく“普通”にしたいと思っています。そのためには多くの人に知ってもらわないと」
photograph by 青果ミコト屋
イベントでは、ミコト屋の野菜を使ったフードを販売することも。「パッタイが意外なほど人気で、近頃では“パッタイおじさん”なんて呼ばれています」。


愛があれば、壁は超えられる





ミコト屋の魅力は、手に届きやすい価格帯にもあります。

5~6種類の野菜が入った「SSセット」は2100円。9~10種類の野菜が入った「Lセット」は4200円。それぞれ、送料込みの値段です。そのほかに、お試しセットやSセット、Mセットなども用意しました。

オーガニック食材店に比べると安いけれど、スーパーマーケットで見かけるような激安でもない。野菜を出荷する農家さんに無理をさせず、消費者が手を伸ばせる絶妙の価格設定にしました。
photograph by Masahiro"Lai Arai"
配達する野菜が決まると、ブログに写真付きで紹介される。


農家さんとの価格交渉を聞くと、「あまり決めてない」と二人。それよりも大切にしているのは、新規の取引をする農家に必ず足を運ぶこと、だそう。
年に3~4回、二人は家族ぐるみで「農家さんに会う旅」に出ます。地方を決めて1週間、取引のある農家を回ったり、紹介してもらった農家さんのもとに足を運んだり。行き当たりばったりで出会う農家さんもいるのだとか。

「栽培法はもちろん、人柄とか相性とか、この人の野菜を扱いたいと思うか、信頼関係をもてるかというところを見ます。僕らのことも知ってもらう『お見合い』みたいなものです」

その場で取引したいと思っても、その場でお金の話はしてきません。
「価格から入ると、お金ありきのお付き合いになってしまうから」と徹さん。必ず帰ってから、電話で交渉するのがミコト屋ルールです。

「相思相愛だったら、価格のずれなどの“壁”があっても乗り越えられる。どうしても売りたいという気持ちが先にあれば、ね」
価値観がずれていないからか、価格交渉で難航することはほとんどないそうです。
「あえて言えば、安すぎる価格を提示してきた新規農家に、『うちはもっと高く買う』と(高く)値付けし直したことくらい」

徹さんは、開業以来毎日、農家さんに電話をかけています。
「データ化すれば、効率的だし電話代もかからないけど、電話をしたほうが農家さんの体調も分かるし、何か困っているときには助けられるかもしれない」

多く出来過ぎた野菜や果物を買うこともあります。困っていたら、じゃあ買いましょうと引き受ける。「その先は僕たちの仕事だから」と。
photograph by 青果ミコト屋
開業当時の二人。左が徹さん、右が鉄平さん。1軒の農家と、30軒の配達先からスタートした。


ミコト屋らしい、買い方と売り方。





旅する八百屋「青果ミコト屋」の店づくりを振り返ってみましょう。

1.畑を知る(共に農業研修をしていることで、野菜を生業にするための足場を作りました)
2.ターゲット設定(誰に売るか?を決めることで、売り方や伝え方が具体的になっていきます)
3.取引先とのつながり(生産者には必ず会いにいく。野菜づくりに対する信頼をベースに関係を築いています)
4.買い手との信頼関係(配達先が増えた今、宅配便も利用していますが、範囲を決めて、可能な限り自分たちで配達を続けています)
5.情報の伝え方(野菜には必ず、手づくりのコラムやレシピが添えられます)
6.宅配とイベント出店(ケータリング含む)の二軸にする(収入の糧を分散することで、リスクを分散しました)

こうした取り組みから、“畑と食卓をつなぐ”仕事が、動き出していきました。
(次の記事へ)
text by Reiko Kakimoto


鈴木鉄平さん&山代徹さん(野菜の宅配・移動販売ユニット)
共に1979年神奈川県横浜市青葉区生まれ。高校で出会い、部活もアルバイトも一緒に過ごす。大学卒業後、同じ会社で働くことになるが2006年に退職。二人でネパール・インドの旅に出る。帰国後、自然食品販売店での仕事、農家研修等を経て、2011年、旅する八百屋「青果ミコト屋」を立ち上げる。野菜の宅配、イベント出店、加工品の販売などを行う。























































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