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SDGs

“食×SDGs”カンファレンス 開催レポート #5

ガストロノミーの再定義

-より良い食べ方の探求-

2020.01.23

photographs by Hide Urabe

近年、「ガストロノミー」という言葉が一般的に使われるようになりました。ただし、使われ方が変わってきている、と料理通信社は考えています。食の最前線を追う中で捉えた「ガストロノミー」という言葉の使われ方への考察と21世紀のガストロノミーへの提言です。



「ガストロノミー」という言葉の使われ方の変化

「ガストロノミーという言葉を聞いて、みなさんはどんな光景を思い浮かべるでしょうか? 今ですと、TVドラマ『グランメゾン東京』で展開されているストーリーや光景が典型的なイメージかもしれません。

ドラマに登場する2つのライバルレストランの料理監修を行なったのは、東京にある「カンテサンス」と「INUA」。前者は、『ミシュランガイド東京』刊行以来、三ツ星を13年間キープするフランス料理店、後者は北欧から世界的に有名になったコペンハーゲンの「noma」のDNAを受け継ぐレストランです。「INUA」は2020年版のミシュランで二ツ星を獲得しました。確かに今のガストロノミーを代表する2軒と言えるでしょう。しかし、料理通信社では、こうした都市型高級レストランの領域以外にもガストロノミーという言葉が使われ始めたことに着目してきました」

「まず、ローカルガストロノミー。これは雑誌『自遊人』の編集長・岩佐十良氏が生み出した言葉で、『自遊人』2017.11月号でローカルガストロノミー宣言をしたことに始まります。“自分の住む地域の文化や歴史、自然環境を料理に表現していこう”というものです」

「2016年12月、国連総会は6月18日を“Sustainable Gastronomy Day ”に制定しました。ガストロノミーは、持続可能な開発との相互関係によって、農業開発/食糧安全保障/栄養摂取/持続可能な食料生産/生物多様性の保全を促進する役割を果たせる、との考えからです。また、スペイン・バスクの州政府と食の教育機関バスク・キュリナリー・センターが展開する活動のキャッチフレーズは“Transforming Society Through Gastronomy”、“The Social Power of Gastronomy”。ガストロノミーには社会を変える力がある、ですね。世界のベストレストラン50で1位に輝いたイタリア・モデナのレストラン『オステリア・フランチェスカーナ』のシェフ、マッシモ・ボットゥーラが立ち上げた活動、廃棄食材で料理を作って貧しい人々に提供するレフェットリオが注目を集めましたが、これらの事象は “Social Gastronomy”が世界的なガストロノミーの潮流となっていることを示していると思います」



社会を変革していく活動のキーにGastronomyが据えられている。


「2014年、イタリアのピエモンテ州にUniversity of Gstronomic Sciencesという大学が創立されました。食から歴史・経済・農業・人類学などを学際的に学ぶ大学です。日本では2018年、立命館大学に『食マネジメント学部』が開設されていますが、英語での学部名はCollege of Gastronomy Management。その趣旨は、“人間・社会の最も根源的な活動である「食」を、人文科学・社会科学・自然科学の領域から総合的・包括的に学ぶ学部”です。食に関する知識の集積と研究、有能な専門家の育成によって、食文化が農業・食品産業・外食産業・地域経済・芸術など様々な領域の革新の原動力となり、新たなビジネスやプロジェクトを生み出していくという時代に入っていると痛感します」



「ガストロノミー」の再定義

「ここで、ガストロノミーという言葉の意味するところの確認です。
ガストロノミーという言葉はこれまで主に『美食学』とか『美食術』と訳されてきました」

「辻静雄料理教育研究所の八木尚子さんにお聞きしたところ、ガスロノミーとは『食べることに社会的・文化的価値を認め、食卓の洗練を追求する中で培われたフランス特有の美食文化がベース。ただし、現代では広く食文化、食に関わる総合的学問といった意味合いでも使われるようになっている』。つまり、食材の生産、その根幹となる資源や環境への配慮、流通・加工・調理技術、食卓上の表現、サービスやマナー、すべてをひっくるめてより良い食べ方の追求をガストロノミーと捉えるのが現代的解釈と言えそうです。自然に必要以上の負荷をかけず、動植物本来の生態に沿うように食材を生産する、その特性を生かすように加工・調理する、食べ手の五感を喜ばせるようにもてなす……ガストロノミーには未来や世界と対峙する意志がある、と思います」


ガストロノミーの意味は「美食学・美食術」から「より良い食べ方の探求」へ。



SDGsとガストロノミーの関係を考える

「SDGs」という言葉の普及と共に「SDGs」という略語でのみ語られることが多い実態への懸念もあります。言葉の一人歩きが置き始めているのではないか?

「SDGsとは、Sustainable 持続可能な、Development 開発、Goals 目標。地球全体で目指すべき到達点としてゴールの設定が必要ですが、一人ひとりの活動の考え方としてまず大切なのはSD、Sustainable持続可能な、Development開発です。“ガストロノミー=より良い食べ方の探求”の中には当然“持続可能な開発であるかどうか”が内包されてきます。ガストロノミーの考え方を持つことは、今、世界的に求められる行為であると言えるでしょう」



SDGsとガストロノミーが見つめる先は同じ。



ガストロノミーの21世紀的なあり方

「これからのガストロノミーとして挙げたい事例を、料理通信社の取材の中からご紹介します。ソーシャル・ガストロノミーという言葉が示すように、テーブルを超えて社会とのつながりの中で捉えていくのが、これからのガストロノミーのあり方です」

1) 食材ヒエラルキーに縛られない
人間にとってのおいしさを追い求める余り、環境や作物、家畜自体に負荷をかけていた生産方法が従来あったのは事実。それらは高価でヒエラルキーの上位に位置していた食材も少なくない。その事実を見直し、既存の食材ヒエラルキーに縛られずに、サステナブルな生産・流通による食材を選ぶことが大切。



多様な種の存在意義を認め、市場価値の見直しを働きかける動きは国内外で起きている。

2) 生きものとして捉える
アニマルウェルフェアという言葉が広まりつつあるように、生態、生育環境、流通、調理法、調理後まで関与・完結させる食材生産を意識する生産者が増えてきた。

3) 食空間を自由に発想する
ここ数年で自然を食空間とする動きが活発化。設備の豪華さが豊かさとは限らない、という価値観が台頭しつつある。自然を食空間とすることで、土地の魅力に気付くといった効果も。わびさびの思想を持つ日本人が得意とする価値の切り拓き方と言える。

4) 継承する仕組みを作る
高齢化と人口減少が進行する状況下、従来型ではない文化や伝統の継承が求められている。家族内での継承や村内での継承がむずかしいため、外部の人間に伝え継ぐ仕組みを作る活動が始まっている。



一子相伝や同族継承がむずかしい時代。ジーンバンクやカルチャーバンクの機能をどこが持つか?


5) 都市より地方
ガストロノミーが、先に述べたように「食材の生産、その根幹となる資源や環境への配慮、流通・加工・調理技術、食卓上の表現、サービスやマナー、すべてをひっくるめてより良い食べ方の追求」とするならば、自然環境と生産現場を持つ地方のほうがトータルでガストロノミーを実践・表現できる。栽培や飼育のみならず、森、川、海を食材調達の場とする「採集」であったり、最近とみに注目される「在来種」の継承だったり、“風土×食材×菌×気候×人”の上に成立する「発酵」への取り組みだったり、ガストロノミー拠点は地方へ向かう側面がある。


ローカルガストロノミーの発信源、新潟の「里山十帖」。

岩手県遠野市の「とおの屋 要」は土着のガストロノミー。



ガストロノミーを推進力に

「大阪のレストラン「HAJIME」のオーナーシェフ米田肇さんは、ガストロノミーを次のように独自に展開させて捉えています。

1.レストランガストロノミー
2.インスタレーションガストロノミー
3.メディカルガストロノミー
4.シンギュラリティガストロノミー
5.スペースガストロノミー

ジャンルを超えた様々な事柄の連関の中で課題解決を図る時代に、「ガストロノミー」という言葉と概念が多領域を結び付け、取り組みを推進していく。だからこそ、国連は「Sustainable Gastronomy Day」を設置しているのだと言えるでしょう。
すべての人間が1日3度行なう、「食べる」という日々の身近な行為をどう行使すべきか? “ガストロノミー=より良き食べ方の探求”という視点が、地球を変える力を持つことは間違いありません」

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