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SDGs

“北海に国境はない”。ベルギーとオランダ双方から海の課題に向き合う。

「北海シェフからの便り」 vol.9

2022.07.26

text by Aya Ito / photographs by North Sea Chefs

連載:北海シェフからの便り


海洋資源を巡るエコシステムを創る「北海シェフからの便り」

2018年4月~2020年2月にかけて、全9話でお届けした記事を再公開します。一人の料理人の思いが北海のエコシステムを変えることになった、その道のりを紹介します。

2011年、公式に立ち上げられた「北海シェフ協会」。代表者であるフィリップ・クライスさんによる牽引で、今や1500名近くものメンバーを集結している。その中には5人のオランダ人シェフがいたが、2019年、新たに15名のオランダの料理人をメンバーに迎え、ベルギーとオランダ双方から活動が繰り広げられることになった。それを記念して、2019年6月、オランダのシェフや調理師学校の先生など20名が参加する決起大会が開催された。北海を取り巻く国々が国境を超えて魚と向き合う新たな一歩の始まりである。


同じ海を見ている。同じことを考えている。

きっかけは、ベルギーのアントワープにも二ツ星レストランを持つオランダ人シェフ、セルジオ・ハーマンさんと協会代表クライスさんとの友情だった。

クライスさんは独立前に、ベルギーとの国境に近いオランダの町スロイスのレストラン「Oud Sluis」で5年間働いたことがある。ここはハーマンさんが父親から譲り受けた店であり、2005年にはすでに三ツ星に輝く名店だった。ハーマンさんは今のオランダ料理界をリードするシェフと言って過言でなく、2人の絆はここで育まれた。

クライスさんもそうだが、ハーマンさんも海のそばで生まれ育ち、海の豊かさを実感して今に至っている。
ハーマンさんは「Oud Sluis」を2013年に手放し、現在はベルギーの海沿いの町クノックに住みながら、オランダに二ツ星「Pure C」を含む3店舗を営み、ベルギーでも二ツ星店を経営する。フライドポテトに代表されるような地元産オーガニック素材の味わいを生かした揚げ物の店も、オランダとベルギーの両国でチェーン化しており、マーケットへの影響力は高い。

中央がセルジオ・ハーマンさん。オランダ料理界のリーダー的存在だ。

ハーマンさんは2019年の決起大会で次のように語っている。

「Pure Cのシェフであるシルコ・バッカーと私が、この協会のメンバーになると名乗りをあげたのは、ある意味、当然のことでした。私たち料理人が扱うのは、ターボットやヒラメのような高級魚だけではありません。知られることなくそのまま捨てられてしまっていた魚の味わいを発見し、その価値を知り、多くの人々と分かち合っていきたいと、私自身も海の環境を思って、ずっと料理に挑んできました。教育を進め、問題意識を育てていかなければならない。クライスさんによって設立された北海シェフ協会を誇らしく思います」

自分の店ではもはや協会のラベルのついた魚しか扱っていないという。決起大会ではさらに「北海に国境はない。協力してより良い豊かな海洋資源づくりを推し進めていけるはず」と決意を述べた。

「Pure C」のシェフを務めるシルコ・バッカーさんは「トラサメやアジなど、これまで下魚と呼ばれてきた魚の活用はオランダでまだ広まっていませんが、我々料理人にとっては経済的にもポテンシャルのある食材のはずです。ベルギーの料理人たちが協会で推し進めている、サイトや冊子などで提案する魚のレシピの共有などは、オランダのシェフたちにとって壁を低くしてくれるに違いありません」とコメントする。そして、「ベルギーのように、一般市民にも親しまれ、スーパーにも並ぶようなマーケットが育つことを目指している」とも。

「Pure C」のシェフを務めるシルコ・バッカーさん。


「ブルー・ボックス」がシェフの意欲を刺激する。

オランダでの第一歩として着手した活動は「ブルー・ボックス」である。これは本連載vol.8で紹介した北海シェフ協会の研究チームによるメイン活動で、2019年10月、オランダのメンバー全員に協会のマーク入りのボックスが配られた。中身は、オランダのフリッシンゲンやユルクなどの港で水揚げされて競売後に集められた魚だ。ホウボウやボラ、イワナ、ツノザメ、ベルギーやオランダでは食する習慣のないイカなど、複種の魚が入っている。1種ずつ特性を精査し、調理法を試して、各自ウェブに投稿していくが、この春から発表される予定だ。

オランダのメンバーとなったゼーランド州コスにあるレストラン「Meliefste」のオーナーシェフ、ティジ・メリエフストさんは、初めて手元に届いたブルー・ボックスに興奮したという。今まであえて使ってこなかった複数の魚が入っていたからだ。客に納得してもらえるレシピを生み出すという、料理人としての技量を試す機会でもあり、インスピレーションがかき立てられたという。

「インスピレーションをかき立てられる」と目を輝かせる「Meliefste」のティジ・メリエフストさん。

届いてきた「ブルー・ボックス」を開けて、魚と向き合うオランダのシェフたち。精査を重ね、試作を繰り返して、その成果をWEBで報告していく。

北海シェフ協会のマネージャーを務めるヤン・ヴァン・ドゥ・ヴァンさんは、「ベルギーのシェフたちにとっても、国を違えたシェフたちの料理からインスピレーションを得られる。すばらしい仲間、アイデアとの出会いや、コミュニケーションの機会となるはずだ」と、オランダとの太い絆に今後を期待する。

北海シェフ協会が築くエコシステム

 

 


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