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PEOPLE / 寄稿者連載

地元の麦を、探しに出る。「宮城麦人」が踏み出した はじめの一歩

「パンの道の駅」メイキングオブ 第8回

2026.05.15

text by Hiroaki Ikeda

連載:池田浩明さん 「パンの道の駅」メイキングオブ 

「未来になにかを残したい」。宮城パン職人たちが想いをひとつにして結成した「宮城麦人」。目指すのは、地産小麦でパンを焼く活動を通じて生産者の顔とテロワールが感じられる食材を発掘し、買い支え、育てていくことだ。そのためには、待ちの姿勢ではなく、自らフィールドに出ていく必要があった。

仙台市「THE BREAD BAR」 小島賢二
仙台市「ブーランジェリージラフ」高橋司
仙台市「三麦園」 三浦圭馬
仙台市「あくつさんち」 阿久津和樹
松島町「ぱんや あいざわ」 相澤隆志
仙台市「コヤギベーカリー」長谷川愛

目次







「ノーマーク」の小麦が主役に

宮城は広大な水田を持つ農業県だ。米の裏作で優れた品質の小麦を作る生産者がいるはずだ、と地元を見直したメンバーたち。すると、意外にも近くにいた。東松島町の「アグリードなるせ」。農作物の生産から加工販売まで一貫して手掛け、「夏黄金」「銀河のちから」「シラネコムギ」の3品種を製粉販売している。

夏黄金は製粉会社経由で使った経験があったものの、生産者から直接届く小麦を扱うのはメンバーにとって初めての経験。シラネコムギにいたっては、触るのも初めてだったという。そこでまずは作業性と風味を見極めるため、バゲットを焼き分けて試食を行った。

集まった場所は、多賀城市の薪窯ピッツァ「PIZZERIA DB」
店主・藤村謙太郎さん自ら圃場に通い、宮城県産夏黄金(小川製粉「キャッスル」)を用いたピッツァ生地は、軽やかでエアリーな食感。

「ぱんや あいざわ」の相澤隆志シェフが夏黄金、シラネコムギをそれぞれ100%でバゲットを焼く。夏黄金は、クラストの色づきもよくボリュームも十分。口に入れた瞬間、ぱっと立ち上がる甘さが私にとって印象的だった。

一方、シラネコムギはパン用に開発された品種ではない。育種から約40年が過ぎた古い中力小麦で、タンパク値が上がらないためアグリードでは菓子用として販売されていた、パン職人的には“ノーマーク”の小麦だ。ベテランの相澤シェフでも成形に相当苦労したという。だが、メンバーから驚きの声が上がった。

「シラネ、こんなに甘味があっておいしいんだ。噛んでからの甘さがあるんですよね。ずっと食べ続けられる」(「三麦園」三浦圭馬シェフ)

クラストは白く、口に入ったときは大人しく感じるのだが、噛めば噛むほどミネラリーな風味がじわじわと染み出してくる。この発見はメンバーのアグリードなるせへの期待を高め、実際に畑を訪ねることになった。


震災復興が、小麦に託された

3月の小春日和の日、パン職人たちが潮の香りのする小麦畑に集まった。アグリードなるせは東松島の海岸線近く、鳴瀬川の河口域に位置する。
震災のとき圃場が津波で浸水し、周辺農家の離農が進んだことで耕作者を失った多くの田畑がアグリードに集まってきた。広大な圃場を米だけで回すのはむずかしく、人手がかからず大型機械で大面積を運営できる小麦に移行したという経緯がある。

アグリードなるせの生産部長・門馬光昭さん(左)
小麦の茎を割り、幼穂(ようすい)が形成されているかを確認し、追肥のタイミングを見極める。

ただし、小麦は単価が安い。収穫した小麦を農協に売るだけでは利益を望みにくいため、栽培から製粉、二次加工、販売まで一貫して行う六次化に踏みきり、バウムクーヘンを製造する自社工場も立ち上げた。震災からの復興が小麦に託されたのだ。

生産部長・門馬光昭さんの説明に、メンバーは安堵の表情を浮かべた。
全栽培面積100ヘクタールのうち20ヘクタール強が小麦。低温倉庫での保管で品質を保持し、燻蒸処理も不要。除草剤も最小限の減農薬栽培だ。
製粉機は「柳原式」と呼ばれる農家向けの小型ロール製粉機で、ふすまの小片が混入しやすい分、風味がしっかり残る。一般に流通する小麦粉のような製パン性や安定感は期待できないが、風味を生かしたい職人にとっては、腕の見せどころになる小麦粉だ。

柳原式と呼ばれるロール製粉機。石臼と異なり、ふすまもほとんど除去できる。
製粉機から出てきた粉をエレベーターで送り、再度挽きとふるいの工程を繰り返すことで、玄麦の状態から白い粉へと精白していく。

挽きたてを直送


シラネコムギの主な売り先は仙台の「HONOKA COFFEE&BAKE」。折からのスコーンブームに乗り、月に4万個を売り上げているという。発酵を経ないスコーンは小麦そのものの風味が出やすく、タンパク値が低いシラネコムギも活用しやすい。

受注のペースに製粉が追いつくのがやっとで、在庫を抱えられず、いつも挽きたての小麦粉を直送している。酸化は最小限で、香りはフレッシュなまま届く。

「使ってても、生きてるって感じるんです。酵素活性が高くて、生地が溶けるか溶けないかの寸前になる。その分、デンプンやタンパク質が分解されて甘味や旨みも出る。シラネがもつ強い旨味との相乗効果で、甘さをさらに強く引き出せるイメージです」(相澤シェフ)

挽きたての小麦が使われる仕組みが、宮城の畑と厨房の間にすでに動いている。

酒に合うパンを探る

続いてメンバーたちは、それぞれ地元にちなんだパンを閉店後の「三麦園」に持ち寄り、アルコールとあわせた。

三浦シェフは超強力小麦「銀河のちから」で作ったぷるぷるとしたおもしろい食感のベーグルに、仙台味噌のピーナッツ味噌をサンド。
高橋司シェフは仙台名物・牛タンにちなんで命名した「ラングドブフドーナツ」を披露。ショップインショップ(店舗内に特製の棚を作る)として別ブランドを作る計画だ。

相澤シェフが持ち込んだのはアグリードの夏黄金とシラネコムギを50%ずつブレンドしたバゲット。「シラネだけだと弱くて、100%でパンを作るのはきついですけど、まろやかな旨味のある夏黄金のタンパク値がうまく助けてくれる」

口に入った瞬間に夏黄金由来の甘さが立ち上がり、後からシラネコムギの風味がじわじわとくる。二つの小麦が相補的に香りを重ね合う、よいブレンドだ。

高橋司シェフによる「ラングドブフドーナツ」
相澤シェフの作ったパンとお菓子。(左から)シラネコムギのパウンドケーキ、中川さんのスペルト小麦のパウンドケーキ、アグリードなるせのシラネと夏黄金50%ずつのバゲット、山形「アインテック」の月山の粉雪のカンパーニュ。
(左から)「ぱんや あいざわ」 相澤隆志シェフ、「三麦園」 三浦圭馬さん、「ブーランジェリージラフ」高橋司シェフ、「THE BREAD BAR」 小島賢二シェフ。

前を向いて、歩く

パン職人は、自らの目で素材を選び、自らの手でパンに仕上げる。小麦の持ち味をどう生かすかを探り続けることが、そのまま地域の農業と食の環境への貢献になる。
受け身ではなく、意思をもった宮城麦人の行動がパンシーンを動かしていくとき、仙台の食の地力は確実に上がっていくのだろう。THE BREAD BARの小島賢二シェフは、こう話す。

「あるミュージシャンがこう言ってたんです。希望って言葉は、光やゴールをイメージさせるけど、たとえ、先が見えない時代でも、とにかく前を向いて歩く、行動を起こすこと自体にすでに希望があるんじゃないかって。そう思うと頑張れると思うんだけどね」
前を向いて歩き続ける、宮城麦人の活動は、きっと地元に希望をもたらすはずだ。


池田浩明(いけだ・ひろあき)
パンの研究所「パンラボ」主宰、新麦コレクション理事長。ブレッドギーク(パンおたく)。パンを巡る小麦の生産者、パン職人、消費者を、縦横無尽につなげる機動力と企画力の持ち主。


◎福岡県川崎町「パンの道の駅」準備室
Instagram:@kawasaki_michinoeki

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