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MEETUP

食で知る歴史・第1回  ワインで知るジョージア | The Cuisine Press

2017.09.28

食で知る歴史・第1回

ワインで知るジョージア

Sep. 28, 2017


クヴェヴリという甕仕込みのワイン造りが現存し、ヴァン・ナチュールの造り手や愛好家が今、最も興味をかき立てられる国・ジョージア。注目を集める背景には、この10~20年で変革を遂げてきた国の情勢や、ワインの潮流が関係しています。ジョージアワインを知ることは、ジョージアという国を知ること、そして、ワインの今を知ること。ジョージアワインに心奪われ、その魅力を伝えることに力を注ぐ「ノンナ・アンド・シディ」の岡崎玲子さん、ジョージアの歴史と文化を専門とする首都大学東京の前田弘毅さん、「秋庭商店」の小日向清彦さんをナビゲーターに迎え、ワインを通してジョージアの魂に触れました。

世界最古の造りを今に伝える、クヴェヴリ

「大きな素焼きの甕を地中に埋めて、収穫したブドウを入れ、櫂で潰して甕任せで醗酵させる。仕上がったら、澱は沈ませたまま、上澄みを汲み上げて瓶詰め――今もジョージアで行われている、8000年の歴史を持つ世界最古のワイン製法です。数年前にワイン界の第一人者が注目して以来、世界規模でファンが広まりました。造り手の数も増え、4年前は25人ほどだったのが、昨年は約40人に。第二世代も出始め、味わいにますます磨きがかかっています」と語るのは岡崎さん。現地まで足を運び、生産者との交流重ねています。

左から、首都大学東京の前田弘毅先生、「ノンナ・アンド・シディ」岡崎玲子さん、「秋庭商店」小日向清彦さん。3人は昨年一緒にジョージアの造り手たちを訪ねています。

MEETUPの導入はジョージア研究の第一人者である前田先生から。なぜ、クヴェヴリは今に残り、世界から注目されるのか、ジョージアの歴史と地理を紐解きながらレクチャーしてくださいました。前田先生は1990年代にジョージア(当時はグルジア)に留学、系統不明という独特の現地語にも精通しています。



様々な応募動機で集まった10名の参加者。ナビゲーターの3人と同じテーブルを囲んで。

「 2年前まではグルジアと呼ばれ、文明の十字路コーカサス(カフカース)地域の中心部に位置するジョージアの成り立ちから、4つのキーワードを立てて考えていきましょう。

1.多様性溢れる自然環境
5000m級の名峰が連なる大コーカサス山脈。黒海に面した南麓にジョージアは広がっています。狭い国土内には大きな高低差があり、山頂に万年雪を抱く山岳地帯、そこから車で数時間下れば亜熱帯地域、そして広大なステップ地帯へ。多様な気候風土は豊かな植生を育み、ブドウやリンゴ、麦の発祥の地とも言われます。人類の歴史も古く、紀元前8世紀の古い住居跡や古代文字盤、ゾロアスター教の祭祀跡や、181万年前の原人の骨なども近年続々と発見されています。
東方には遊牧民が暮らす中央アジアからモンゴル平原、南方には古代文明発祥の地であるイラン、エジプト、西方にはトルコから地中海世界・ヨーロッパ、北方にはロシア。つまりは遊牧民文化圏と農耕文化圏の交差地点であり、西洋と東洋の文化の交差地点でもある。様々な文化の源流がこの地にあり、ワインの起源もここジョージアとされています。

2.キリスト教との密接な関わり
ジョージアは1500年もの歴史を誇る正教(キリスト教の一派)の国。国旗に描かれた5つの十字は、中世の十字軍にも使われたエルサレム十字と呼ばれるもので、「この国はキリスト教圏である」という国民の自負が表れています。キリスト教の教義では、ワインはイエス・キリストの「血」。宗教的な意味合いも強く持ち、キリスト教文化と密接に絡みながらワイン文化が育まれてきました。
長い歴史を経る中で、イスラム、ローマ帝国、モンゴル帝国などの支配下に置かれたこともありました。飲酒を禁止するイスラムの教義やソ連時代の禁酒令に晒される中でも、ワイン文化は信仰を底支えに頑なに守られ続けたのです。8000年とも言われるワイン生産の歴史は今も絶えることなく、ジョージアの誇りそのものとなっています。

3. 宴=スプラが育む、民の絆
様々な外的侵略に対峙する上で、宴は民と民の絆を深める大切な役割を果たしてきました。とりわけ「乾杯(トースト、現地語ではサドゥゲグルゼロ)」は、宗教的・文化的意味合いを強く担う儀式です。タマダ(宴の長)の指揮の下、水牛の角などを盃にした「カンツィ」にワインを汲み、皆で代わる代わる一気に飲み干す。参加者全員、1人ずつ紹介と乾杯をしていく上、このカンツィ、(角なので)立たないから、飲み干さないとテーブルに置けません。乾杯で思いを馳せるのは家族への感謝や友愛、平和への祈り、神への愛……宴はいつもなかなか深いものとなります。歌や音楽も交えながら、6~7時間かけて杯を重ねる中で、昔からの知り合いのように仲良く打ち解け合う。宴の最大の魅力でしょう。

4.ソ連統治下での、文化の破壊と再建
ソ連の統治下時代、(無神論を掲げる)政治的背景から教会は封鎖され、その建物やキリスト教遺跡が残る洞窟など、文化史跡が次々と軍の演習所に使用されてゆきました。ソ連末期、この耐え難い惨状に胸を痛めた文化人らが中心となって強い抗議活動が行なわれ、独立への動きにつながりました。首都・トリビシには独立後にジョージア史上最大のサメバ教会が建立され、新生ジョージアの象徴に。「自分たちの原点に立ち戻って伝統文化を復活させよう」という熱い思いの下、再建が推し進められています。

そんなムーブメントは、ワインの世界にも顕著です。造りの原点回帰という世界的な潮流ともシンクロし、新しい風をもたらしました。ワイナリー、フェザンツ・ティアーズを営むジョン・ワーデマンは、95年のジョージア訪問がきっかけでこの国の文化に惚れ、アメリカから移住。自らクヴェヴリワインを醸造するほか、自然派ワインを揃えるワインバーや、ジョージアの地方家庭料理を出すレストランをトリビシに開きました。彼を筆頭に、ジョージアに惹かれた外国人が次々移住し、この地のワインの魅力を世界に向けて積極的に発信しています。
偶然ですが私もジョンと同じ95年に初めて訪れ、毎年3~4回、訪れる度にワインを飲んでいますが、当初はそれほどおいしくなかった。今こうして、クヴェヴリワインに注目が集まり、抜群に味わいが向上しているのは、彼らの伝統復興への強く熱い思いが成せる技です。
一部しか知り得ない、閉ざされた場から、世界中の人が共有できる伝統文化資産へ。ジョージアワインの扉はこうして開かれました」

クヴェヴリならではの個性とは

ワインの造りと味の解説は小日向さんからです。
「ジョージアのワインは、クヴェヴリ製法と一般製法とに分かれ、クヴェヴリは東部カヘティ・西部イメレティとでさらに分かれます。造りの面からおさらいしましょう。



岡崎さんの今年のジョージアワイン造り手の旅から。クヴェヴリが並ぶ蔵をジョン・ワーデマンに案内してもらう。

◎在来品種を使う
白ならルカツィテリ、チヌリ、赤ならサぺラヴィなど520を超える在来品種があり、完熟を使います。

◎果肉、果皮はもちろん果梗、種ごと足で搾る
ブドウはサツナヘリと呼ばれる酒槽で果肉、果皮、果梗、種ごと足で踏み潰して搾られます。皮はもちろん、種や茎も入る分、味わいが野性的で多層的になります。赤ブドウ(東部カヘティでは白ブドウも)、その搾りカスごと甕に投入し、櫂入れをしながら発酵させます。つまりカヘティの白は、今注目のオレンジワインと同じく“醸し”のワイン、スキンコンタクト製法であり、現地ではアンバーワインと呼ばれます。

◎野生酵母による自然発酵
ブドウ付着の野生酵母による偶発的発酵で甕任せのため、培養酵母を用いて人の手の管理下で造り込むワインの味と違い、複雑味があり、白い花や柑橘系より、ドライフルーツやキノコ、ハーブなどの要素が香りに多いでしょう。

◎素焼きの甕仕込み
アルコール発酵終了後は乳酸発酵が始まり、揮発性の高いリンゴ酸は丸みのある穏やかな乳酸へと変わります。素焼きのため空気と触れる確率が高く、酸化熟成は進みやすい。甕は使用後、洗浄し、中で硫黄を炊いて殺菌し、何度も使い続けます。古い甕ほど緻密で上質とされ、ものによっては100年以上使い続けているものも。イタリアの名高い造り手・グラヴナーが先駆けて取り入れ、注目を集めるアンフォラ製法は、このクヴェヴリに刺激を受けて始めたものです。アンフォラと違い、クヴェヴリは地中に埋めます。

◎熟成
乳酸発酵後は、底に沈んだ沈殿物ごと、あるいは上澄みだけ別の甕に移し、蓋を密閉して熟成させます。年月は造り手次第です」



地面に埋める前のクヴェヴリ。クヴェヴリ職人によって昔ながらの手法で作られる。日本でも数軒のワイナリーが導入している。

東と西では少し違いがあります

「東部カヘティでは、白も赤もスキンコンタクト製法をとりますが、西部では白は果汁のみを使うところが多い。そうしたことからも東部の方がよりプリミティブな味わいが多い傾向にあります」と小日向さんが語ると、岡崎さんからは、「東部はワイナリー同士が近く、造り手の交流も盛ん。互いに教え合いながら造っている印象です。毎日宴会して、お祭りみたい。明るいですね。食生活としては、東の主食は小麦、西はトウモロコシ粉が一般的です。東、西に限らずチーズはよく食べられ、東は羊や牛、西は山羊や水牛の乳が多い。ほぼ家庭で自家製(!)しています。シルクロードの路上にある国なので、ヒンカリという水餃子があるほか、西は唐辛子などの香辛料を多用するなど、食文化に中国の影響を見ることも多いですね」

岡崎さんのジョージアワイン造り手を訪ねる旅から。いつもこうして宴を催してくれるという。風土を感じさせる料理が並ぶ。

これが、ヒンカリ。ジョージア版餃子ですね。シルクロードならぬ餃子ロードでつながっている?



ジョージアの今がわかる6本をテイスティング

ジョージアを代表する個性的な造り手のワインから、造り手と土地と品種の個性が感じ取れるワイン6本をティスティングしました。


(写真のボトル左から順に)
1. Our Wine Rkatsiteli Akhoebi アワ・ワイン・ルカツィテリ・アクホエビ
ワイナリー:Our Wine アワ・ワイン
造り手:Soliko Tsaishvili ソリコ・ツァイシュヴィリ
品種:Rkatsiteli ルカツィテリ(白/アクホエビは畑名)
「クヴェヴリ・ワイン協会」を立ち上げるなど復興に尽力。ジョージアワインの精神的支柱、ソリコ(元は文芸雑誌の編集者)とその友人たちが造る「アワ・ワイン」。ジョージアを代表する白品種を使用。人の手を極力介在させない、「造る」というより「自然に造られた」象徴的な1本。「その深い掘り下げ方に、ソリコの個性が詰まっています」(岡崎)

2. Pheasant’s Tears Chinuri フェザンツ・ティアーズ・チヌリ
ワイナリー:Pheasant’s Tears Winery フェザンツ・ティアーズ
造り手:John Wurdeman ジョン・ワーデマン
品種:Chinuri チヌリ(白)
造り手のジョン・ワーデマン(元・画家)は、アメリカからの移住組。世界にクヴェヴリの魅力を広めた功績者の1人。伝統を守るべく、クヴェヴリの製法のみならず400を超えるブドウの地品種の栽培にも取り組む。これは果皮浸漬なし。柔らかく熟した味わい。「心の綺麗な彼の人柄が顕れた、清浄な味わい」(岡崎)

3. Nika Rose ニカ・ロゼ
ワイナリー:Winery Nika ワイナリー・ニカ
造り手:Nika Bakhia ニカ・バヒア
品種:Rkatsiteli、Saperavi ルカツィテリ(白)、サペラヴィ(赤)
彫刻家・建築家にして美術大学の教壇にも立っていたニカ・バヒアが造るセニエのロゼ。赤と白、両品種を使用し、混醸。醗酵の初期段階だけ果皮浸漬。ジューシーな酸とだしの素朴さが同居する、個性的な味わい。「造り手も超個性的で、造りについて尋ねても『ブドウにきいて』と言われる(笑)」(岡崎)

4. Gotsadze Saperavi ゴッツァ・サペラヴィ
ワイナリー:Gotsadze Wines ゴッツァ・ワインズ
造り手:Beka Gotsadze ベカ・ゴッツァ
品種:Saperavi サペラヴィ(赤)
山中の超寒冷地にあるワイナリー。元建築家であるベカ・ゴッツァが造る。冬場の醸造期にはマイナス2℃にもなるため、甕に温水ホースを巻き付け、発酵が滞りなく進むよう、温度コントロールしている。柔らかい旨味で、しみじみ。香ばしさもどこかに。「独自の改造甕を見て興奮しました」(小日向)

5. Doremi Kisi ドレミ・キシ
ワイナリー:Doremi Wine ドレミワイン
造り手: Giorgi Tsirgvava ギョルギ・ツィルヴァヴァ
品種:Kisi キシ(白)
黒海に面した山の斜面に畑を持ち、海風に吹かれながら育った、貴重な高級ブドウを使用。旨味の長い、懐かしいような皮の香りも魅力。造り手の謙虚さ誠実さがにじみ出た、しみじみとした1本。丁寧に造られ、品質のブレも少ない。

6. Golden Group Mtsvane ゴールデン・グループ・ムツヴァネ(ペティアン)
ワイナリー:Golden Group ゴールデン・グループ
造り手:John Okuro ジョン・オクロ
品種:Mtsvane ムツヴァネ(白)
ジョージアの新潮流ペティアン・ナチュール。アルコール発酵が完全に終わる前に瓶詰めをして置くことで、糖添加せずとも微発泡に。挑戦してまだ2造り目だが、ジョージアの生産者の中でも今、ちょっとした話題になっている1本。




Data
◎ NONNA & SIDHI SHOP  ノンナアンドシディ ショップ
〒151-0021 東京都渋谷区恵比寿西2−10−6
☎ 03-5458-0507
営業時間 11:00-19:00 日・祝 定休
http://www.nonnaandsidhishop.com/

◎ 秋庭商店
〒146-0084 東京都大田区南久が原2-8-4
☎ 03-3750-3177
営業時間12:00-21:00



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