【食のプロの台所】出会うべくして出会った、古い団地のリノベ物件
料理家・藤原奈緒
2025.04.10

text by Noriko Horikoshi / photographs by Tsunenori Yamashita
連載:食のプロの台所
台所は暮らしの中心を占める大切な場所。使い手の数だけ、台所のありようがあり、その人の知恵と工夫が詰まっています。料理家・藤原奈緒さんの東京の台所は昨年末に手放したばかり。建て替えに伴い、北海道と千葉での2拠点生活をスタートしました。東京生活を支えた台所を紹介します。
藤原奈緒
料理家、文筆家。家庭のための調味料ブランド「あたらしい日常料理 ふじわら」主宰。料理は自分の手で自分を幸せにできるツール、という考えのもと、オリジナルの商品開発やレシピ提案、執筆などを手掛ける。2025年から千葉・成田を製造拠点に、故郷でもある北海道の長沼町を生活の場とする2拠点生活をスタート。移住に伴い訪れた人生の転機、新居作りの様子はInstagramにて。
Instagram:@nichijyoryori_fujiwara
台所であり、ラボでもあった。
横長のアイランド型カウンターも、入居前から作り付けられていたもの。内側は収納力抜群で、かつモノが出し入れしやすいオープン棚。右手の掃き出し窓の向こうに広いベランダが続く。天気の良い日は最高の和み場所。
越して1年(注:2019年当時)。古い団地のリノベーション物件である。出会いは必然だった。「ふらっと見に来て、嫌なところがなかったんです、ひとつも。しかも1年間も空いていたので、割と即決で」
団地という住空間が、昔から好きだったという。特に広い敷地に低層の建物がゆったりと並ぶ、こんな昭和の公団住宅が。窓からの眺めがスコンと抜けていて、明るい。新しく設えられたキッチンにも、風が気持ちよく吹きわたる。
実際に炊事に立ってみて、その使いやすさに惚れ直した。洗う。刻む。煮炊きする。盛り付ける。しまう。最小限の動きで、流れるように作業が進む。「家事動線が本当によく考えられているんです。まるで自分の生活に合わせてあつらえてくれたみたいに」
日々のごはんを作りながら、商品である自家製調味料を使った試作も、ちょいちょいと。カレーの素。おいしい唐辛子。パクチーレモンオイル。定番のロングセラーも、店の厨房ではなく、家の“お勝手”で使うからこその発見、気づきがある。
「週4日の営業日は出勤前に。夜帰ってから、思い立って作り始めることも。暮らしと仕事の境目が、もはや曖昧で。“飲食業あるある”かもしれないですね(笑)」
カウンターに並ぶビンの数が、熱量の証明だ。“あたらしい日常料理”が、日々ここから更新されていく。


(雑誌『料理通信』2019年8月号掲載)
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