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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

チーズで、ヨーロッパと和歌山のマリアージュを。

チーズ洗練士 宮本喜臣

2024.07.16

text by Sayaka Miyamoto / photographs by Shinya Morimoto
チーズ普及率ワースト1

日本国内でチーズ普及率ワースト1といわれる和歌山県。宮本喜臣さんはこの地で、チーズ洗練士という肩書きを持ち、チーズ専門店「コパン・ド・フロマージュ」を営んでいる。


「チーズ洗練士とは、チーズにハーブや炭、スパイス等の風味を付けて新たな価値を加える職人です。たとえるなら素朴な顔つきの女性にメイクを施し、セクシー美人に変身させる、メイクアップアーティストのような存在でしょうか(笑)」

ナチュラルチーズといえばモッツァレッラぐらいしか知らなかった宮本さんが、人からの薦めで「和歌山ワイン愛好会」に入り、チーズ調達担当になったのが縁で興味を持ち始めた。決定的な出会いは、仏製のテット・ド・モアンヌだ。たまたま入った地元のワインバーに、たまたまあったという運命の出会い。「花びら状に削られたテット・ド・モアンヌを目にした時の衝撃は忘れられません。あまりにきれいで、口の中で溶けていく舌触りは今まで食べていた日本のチーズと同じものとは思えなくて」

もっと詳しく知りたい、プロフェッショナルを目指したいと思うが、和歌山には専門店も教室もない。本を買って独学で学び、休日には神戸や大阪へ出かけてチーズを食べ、店員の話を聞き歩いた。大阪では見ることができない大型チーズのために東京まで日帰りも強行した。時間も金も莫大にかかったが「和歌山県にチーズを普及させる人間は自分しかいない」と追い込んだ。

ハンシ氏との出会い

和歌山県で初のチーズプロフェッショナルとなった宮本さんは、和歌山県内の食のプロジェクトに参加する機会が増えた。中でも中野BC蔵元・中野幸治さんとの出会いは、宮本さんにとって大きな契機となる。

梅酒を海外へ広めるために、梅酒に合うチーズの発信を考えた。和歌山県は酪農が盛んではないのでチーズをゼロから作るのは難しい。ではどうすれば? そうだ、和歌山といえば、梅酒に肉桂に醤油。チーズの風味付けに向く特産品がたくさんあるじゃないか。さっそく試作を開始した。

そんな時、ヨーロッパを代表するチーズ洗練士、ハンシ・バウンガルドナー氏のチーズを食べる機会があった。洗練士がチーズを酒類に漬け込んで風味を加えるウブリアーコチーズは、一般的には、チーズに金串で穴を開け、短時間で酒を浸透させて作る。だがこの手法だとチーズに水分が入り過ぎ、食感や舌触りが悪くなると、ハンシ氏はより丁寧な独自の手法で作っていた。「味と風格に驚くほど差がありました」

地元で一番人気の商品、「金柑の味噌漬けチーズ」。金柑のペーストに梅酒、西京味噌、みかんのハチミツを混ぜた床でクリームチーズを漬け込んだ。

チーズ洗練士について、資格制度などはない

ハンシ氏に共同開発を頼みたいと考えた宮本さんは、イタリア東北部ボルツァーノにある彼のチーズショップ「デグスト」に連絡をとるが、簡単に話は進まない。待つこと3年の2012年、試作チーズを持って渡伊。試食の答えは7種類はNO。だが最後の一つで笑顔が出た。梅酒で風味を付けた国産ブルーチーズに梅酒の梅を刻んでまぶし、肉桂の葉を巻いた自信作だった。

「チーズ洗練士について、資格制度などはないんです。イタリアでは自ら名乗り、実績を積むことで周りから認められるようになる。宮本もそうしろと言ってもらえて」

ハンシ氏から洗練士としてのテクニックや考え方を学び、帰国。チーズ洗練士の卵として試行錯誤と独学をまた重ねる。13年にはフランスチーズ鑑評騎士の称号を受け、独立開業に向けて19年勤めた会社を退く。

翌年、和歌山の食を世界へ発信すべく、トリノの「サローネ・デル・グスト」に参加。その開催前日、ボルツァーノのハンシ氏の下へ、片道6時間の旅を日帰りで強行した。「ただおいしいと言ってもらいたくて」。ブルーチーズを梅酒で洗い、和歌山の肉桂をまぶした、構想6年の自信作「ブルー・アラ・カネッラ」を携えて。

日本で洗練士として活動する旨も報告し、ハンシ氏のお墨付きを得て一路トリノへ戻った宮本さんは翌日、前代未聞の行動に出る。自分のチーズを、サローネ・デル・グストで売るというのだ。イタリアの食の殿堂である。

「日本でイタリア人が自分の作った梅干しや味噌を売るようなもの。緊張しました」。その後アルバの三ツ星「ピアッツァ・ドゥオモ」を訪れ、エンリコ・クリッパシェフ直々にアドバイスをもらうなど、さらに精力的に動いた。

2014年11月、地元・紀の川市に念願の店をオープン。和歌山のチーズ普及率を上げ、世界に和歌山発のチーズと和歌山の食文化を発信するために、様々な活動を続けている。今は和歌山の湯浅醤油を使ったチーズを試作中だ。

「日本で唯一のチーズ洗練士として、国内はもちろん、世界からも注目されるオリジナルチーズを作っていきたい。そして、ウブリアーコチーズの本当の魅力を日本に伝えること。指導してくれたハンシさんへの敬意であり、私の使命です」

オリジナルチーズのほか、常時9ヵ国製・約20種のナチュラルチーズが揃う。オリジナル熟成は8種。仏伊産の牛乳・山羊乳チーズ(ブルー、クリーム、ハード)7種を醤油、備長炭、梅酒、肉桂などで風味付け。

肉桂と梅焼酎で風味付けした「ブルー・アラ・カネッラ」。ハンス氏が、熟成の際に牧草で湿度管理していたのにヒントを得て、河内ワインから譲り受けたフレンチオーク樽の内側を焼き締めてから梅焼酎で浸し、その中で熟成。

宮本さんの実家、和歌山県紀の川市にて開業。地元客はもちろん、大阪や神戸、東京からのオーダーも増え始めた。初心者でも買いやすいよう、食べ方や家庭での保存方法も伝えて売るのを心がける。

◎コパン・ド・フロマージュ
和歌山県紀の川市桃山町調月769-136
☎ 0736-60-7175
https://www.copain-f.com

 

(雑誌『料理通信』2015年9月号掲載)

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