中道 博一さん(なかみち・ひろかず)
「INUA」
2020.02.01
昨年末に放映されたTVドラマ「グランメゾン東京」の料理監修でも知られる東京・飯田橋のレストラン「INUA」。
中道博一さんは、そのスタッフ第1号として、オープン1年前の準備段階から関わってきた。
食材の探索と購買の担当として、キッチンと生産者を取り結ぶ。
オーナーシェフの家庭に生まれ、アメリカと欧州で学んだ中道さんの考え方と仕事には、ジャンルや業態に関わらず、社会状況を超えて大切にすべき視点が潜んでいる。
中道博一さんは、そのスタッフ第1号として、オープン1年前の準備段階から関わってきた。
食材の探索と購買の担当として、キッチンと生産者を取り結ぶ。
オーナーシェフの家庭に生まれ、アメリカと欧州で学んだ中道さんの考え方と仕事には、ジャンルや業態に関わらず、社会状況を超えて大切にすべき視点が潜んでいる。
父の教え、n o m a の教え。
「究極の中途半端を目指せ」が父の教えだ。
父は札幌の三ツ星レストラン「モリエール」の中道博シェフ。真狩村「マッカリーナ」、美瑛「ビブレ」など北海道に7店舗を擁し、地元の生産者と手を携えてフランス料理の進展に尽力してきた偉大なる料理人である。中途半端とはおよそ縁遠い。
「中途半端だから俯瞰できると父は言う」
どこかの道に入り込んでしまったら、全体が見えなくなる。野菜を切りながら、窓を拭きながら、スタッフ一人ひとりの動きが見えていること、問題を感じ取れることが経営の要諦。「経営者とは"俯瞰できる下働き"と教わりました」。
教えに従って中途半端を邁進中である。NYの料理学校CIA(*1)で料理を、ローザンヌのホテル学校EH L(*2)で経営学を学んだ。EHL時代には2度インターンでコペンハーゲンのnomaへ。1度目はキッチン、2度目はオフィスで働いた。そして今、INUAで食材の探索・購買を担う。
「料理、サービス、経営、どれも一通り履修しているけれど、どの道のプロでもない。コンプレックスがないと言ったら嘘になるが、これでいいと言い聞かせています」
父は札幌の三ツ星レストラン「モリエール」の中道博シェフ。真狩村「マッカリーナ」、美瑛「ビブレ」など北海道に7店舗を擁し、地元の生産者と手を携えてフランス料理の進展に尽力してきた偉大なる料理人である。中途半端とはおよそ縁遠い。
「中途半端だから俯瞰できると父は言う」
どこかの道に入り込んでしまったら、全体が見えなくなる。野菜を切りながら、窓を拭きながら、スタッフ一人ひとりの動きが見えていること、問題を感じ取れることが経営の要諦。「経営者とは"俯瞰できる下働き"と教わりました」。
教えに従って中途半端を邁進中である。NYの料理学校CIA(*1)で料理を、ローザンヌのホテル学校EH L(*2)で経営学を学んだ。EHL時代には2度インターンでコペンハーゲンのnomaへ。1度目はキッチン、2度目はオフィスで働いた。そして今、INUAで食材の探索・購買を担う。
「料理、サービス、経営、どれも一通り履修しているけれど、どの道のプロでもない。コンプレックスがないと言ったら嘘になるが、これでいいと言い聞かせています」
最愛の人に出せるか?
EHLでのインターン先にレネ・レゼピ率いるnomaを選んだのは「世界1位のレストランで働いてみたかったから」。
2度目のインターン中にINUAのオープンが決定、1人目の社員として採用された。レストランの建設と並行して進められる日本各地の食材リサーチが主な任務だ。
「社会人としての最初の仕事は、17年4~5月のnoma mexico(*3)でした。INUAのエグゼクティブシェフが決まっていたトーマス・フレベルの思考や仕事の仕方を理解すべく、彼に張り付いた」 人を知ること、理解すること、認め合うこと。それがnomaのスピリットだ。INUAにも受け継がれている。
「日本へ赴任する前に、レネに2時間ほど会って話を聞きました。食材を見出すにあたって、何を重視すべきか? 何をもって高品質と判断すればいいのか?」
レネの答えは明快だった---「人を探すこと」。自分たちと同じ精神性を持つ人物、オープンマインドな人物と出会いなさい。サステナビリティや多様性に加え、開かれた心を持ち、チャレンジ精神に満ちた生産者を見つけてくれ。そう告げられた。
「nomaが唯一無二のレストランであることは間違いありません」
中道さんは断言する。レネが提唱する「ローズマリーではなく松を。オリーブオイルでなく菜種油を」といった北欧ローカリズムも、世界中から集まってくるスタッフのエネルギーも、ラボで開発される調理技術や斬新な発想も、nomaを世界トップに押し上げた要因に違いない。が、一員として働く彼にとって、nomaの魅力はイノベーティブ以上に人間性の尊重にある。
「トーマスがnomaの部門シェフだった頃、料理をレネにチェックしてもらおうとしたら、レネは料理を見ずに『最愛の人に出せるか?』と聞いたそうです。トーマスが『出せる』と答えると、「なら、そのままゲストにサーヴすればいい』と言われた」
中道さんはこのエピソードがたまらなく好きだ。そして思う、nomaの評価を支えるのは実はこういう精神ではないか。
2度目のインターン中にINUAのオープンが決定、1人目の社員として採用された。レストランの建設と並行して進められる日本各地の食材リサーチが主な任務だ。
「社会人としての最初の仕事は、17年4~5月のnoma mexico(*3)でした。INUAのエグゼクティブシェフが決まっていたトーマス・フレベルの思考や仕事の仕方を理解すべく、彼に張り付いた」 人を知ること、理解すること、認め合うこと。それがnomaのスピリットだ。INUAにも受け継がれている。
「日本へ赴任する前に、レネに2時間ほど会って話を聞きました。食材を見出すにあたって、何を重視すべきか? 何をもって高品質と判断すればいいのか?」
レネの答えは明快だった---「人を探すこと」。自分たちと同じ精神性を持つ人物、オープンマインドな人物と出会いなさい。サステナビリティや多様性に加え、開かれた心を持ち、チャレンジ精神に満ちた生産者を見つけてくれ。そう告げられた。
「nomaが唯一無二のレストランであることは間違いありません」
中道さんは断言する。レネが提唱する「ローズマリーではなく松を。オリーブオイルでなく菜種油を」といった北欧ローカリズムも、世界中から集まってくるスタッフのエネルギーも、ラボで開発される調理技術や斬新な発想も、nomaを世界トップに押し上げた要因に違いない。が、一員として働く彼にとって、nomaの魅力はイノベーティブ以上に人間性の尊重にある。
「トーマスがnomaの部門シェフだった頃、料理をレネにチェックしてもらおうとしたら、レネは料理を見ずに『最愛の人に出せるか?』と聞いたそうです。トーマスが『出せる』と答えると、「なら、そのままゲストにサーヴすればいい』と言われた」
中道さんはこのエピソードがたまらなく好きだ。そして思う、nomaの評価を支えるのは実はこういう精神ではないか。
IではなくWeの思想
nomaやINUAを形作るのは「IじゃなくてWe」という考え方だと言う。これは彼自身のエピソードだが、深夜、INUAのスーシェフのホセから電話がかかってきた。「冷蔵庫が汚い」という注意だった。慌ててタクシーで店へ戻ると、冷蔵庫はすでにきれいになっていた。そして言われた、「自分一人じゃ見切れない。みんなで見てくれ。仕事はIじゃなくてWeでする。店はIじゃなくてWeでつくる」。
食材の探索と調達は、INUAのオープンに伴い、谷山水緒さんと丸山謙太郎さんの2人が加わり、今3人で切り盛りする。
「取引先は約140件。生産者さんによってオーダーの仕方も各々異なります。電話1本、メール1本では済まない」
キッチンの要望と、刻々と変化していく生産現場の状況とをすり合わせて取り結ぶのが中道さんたちの仕事。まずは生産現場を知るところから始まるという。どんな環境でどんな栽培をしているのか、作業の1日の流れは、収穫と出荷はどのように行なわれるのか、等々を知らなければ、生産者の営みに添った発注ができない。
「3人揃って、買い手良し、売り手良し、世間良しの『三方良し』を心掛けています」
INUAではよく野菜の花を使う。キュウリの花、カラシナの花、キャベツの花、フェンネルの花。実と同じように味を色濃く映し出す野菜の花はエディブルフラワー以上に素材としてポテンシャルがある。
「でも、日本で野菜の花は"とうが立った"とされてしまう。野菜の花の魅力を広く認識してもらえるようにしたい」
素材に新たな価値を与えられたら“世間良し”に貢献できるのではないか。「IじゃなくてWeの思想は、店に限らず地球全体に行き着くと思う」
幸せの循環
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、INUAはテイクアウトなどはせず休業した。その間、毎日9時30分~14時にスタッフ全員でオンライン会議を行なった。1人45分のプレゼンを1日4人ずつ繰り広げるという。たとえば日本人スタッフは出身県の歴史、食文化、風土について。海外出身のスタッフは世界各地の麺、塩、酢などを題材として。
レストランのあり方は変わっていく。中道さんはどんなイメージを描くのか?
「僕がこれまで働いたレストランは3軒。うち2軒がnomaとINUA。残り1軒がNYのグラマシー・タバーンです。そのオーナー、ダニー・マイヤーの著書『Setting the Table』を10年前に読んだ時、レストラン・ビジネスにおける優先順位が、1従業員2ゲスト3コミュニティ4サプライヤー5投資家とされ、順に上から配置したピラミッドを提唱していました。昨年、たまたま彼の講演を見たら、ピラミッドはサークルになっていた。ヒエラルキーではなく循環になっていたのです。従業員が幸せならゲストが幸せになり、ゲストが幸せならコミュニティが幸せになるという、幸せの循環。コロナと共に生きていかねばならない社会状況下、この話は鍵になる」
父親から「経営者とは"俯瞰できる下働き"」と教わった。その視点を中道さんは自分の物にしつつある。