HOME 〉

PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

高知・四万十町 株式会社 四万十ドラマ 代表

畦地履正 Risho Azechi

2021.05.31

高知・四万十町 株式会社 四万十ドラマ 代表 畦地履正 Risho Azechi

text by Sawako Kimijima

「この辺りには何もなくて・・・」――地方へ行くとよく耳にするこのフレーズを最近あまり聞かなくなった。これからの時代に有効な資産や資源は地方にこそあると認識されてきたのかもしれない。
畦地履正(あぜち・りしょう)さんは高知県四万十町で、圧倒的なスケールの山と川を資源として、「地元発着型の産業づくり」に取り組む。
「四万十川方式と呼んでいます。四万十川流域の生き方をブランドにしたいのです」
それは四万十川を次世代に引き継ぐための施策でもある。

四万十川流域の生き方をブランドに。

一瞬、「番組制作会社?」と勘違いしそうな名称の「四万十ドラマ」は、四万十川中流域を拠点とする地域商社だ。「四万十川に負担をかけないものづくり」をコンセプトに掲げ、「ローカル」「ローテク」「ローインパクト」をモットーにしている。
コンセプトとモットーを聞くと、まるで最近の社会情勢に対応したかのようだが、「3つのローを打ち出したのは15年前」と畦地履正さん。時代が後から追いかけてきたパターンと言っていい。

背景にあるのは、四万十川そのものである。
たとえば、沈下橋。四万十川流域には47の沈下橋が掛かっている。沈下橋とは、欄干がなく、増水時には橋面が水面下に没する橋のこと。流木や土砂が橋桁に引っかかって橋が壊れたり、河水が堰き止められて洪水になるのを防ぐ。つまり、自然に抗わない橋だ。気候風土に寄り添い、アナログな技術で建造して、暮らしへの波風を最小限に抑える橋。これぞ「ローカル」「ローテク」「ローインパクト」。四万十ドラマの精神風土が四万十川によって培われていることは間違いない。

四万十川と流域の山々

四万十川と流域の山々が資産であり資源。この天然資源を経済資源にするのが畦地さんの仕事だ。真ん中に通るのが沈下橋。

今年5月、四万十ドラマの主力商品である栗菓子「しまんと地栗」シリーズの新しい工場が四万十川のほとりに竣工した。
「現在3億円の年商を10億円にするための次世代に向けた取り組みです」
ローを駆使してハイを目指す。それが畦地さんの生き方だ。

「高知県の森林率は47都道府県中1位で、敷地面積の84%を占めます。四万十町はその上をいく93%の森林率。平地は宅地も含めてたったの7%」
その分、山では昔からシイタケ、お茶、栗が栽培されてきた。畦地さんの子供の頃には、山を活用した複合経営で年収1000万円を超える農家もあったという。しかし、生産規模は次第に縮小。原因は、自分たちで商品化せずに名産地に卸す原材料供給元だったことによる。お茶は静岡へ、栗は長野県の小布施や岐阜県の中津川へ。中国から安い原材料が輸入される時代になると、価格競争で中国産に負けた。40~50年前の最盛期には800tを収穫していた栗は30t以下に。いつしか栗山は荒れ果てた。

「でも、放置されていたおかげで、肥料も農薬も抜け切って、ケミカルフリーの栗山になったんです」
畦地さんは山の整備に取り掛かる。2011年から10年をかけて1万本の栗の苗木を植えると共に、栗の名産地である岐阜県恵那市から剪定士を招聘するなどして、栗の栽培技術を伝授していった。それによって、ひと枝の着球が3個から20個へ、一反あたりの収穫量が70kgから150kgへと飛躍的に伸びる。
そして、何より「しまんと地栗」という自分たちのブランドとして販売した。伊勢丹新宿店をはじめとする百貨店催事出展によって知名度も飛躍。この度の工場新設へと至るのである。

栗山

手入れが行き届いていることがひと目でわかる。粒の大きさが特徴で、通常の平均が1粒18gに対し、しまんとの栗は平均25g。1粒73gという記録もある。

「考え方」を売る。

「大切なのは考え方」と畦地さんは言う。
四万十ドラマが、四万十川中流域町村の第三セクターとして立ち上がった時、最初に手掛けたのは、四万十川を真ん中に都会の人と地域の人のやり取りを通じて「豊かさとは何か」を一緒に考えていく会員組織「RIVER」の発足。そして『水の本』の出版と「四万十ひのき風呂」の販売だった。

「川と生きる私たちの本質を捉えようとしたのが『水の本』です。18人のオピニオンリーダーに川や水にまつわるエッセイを依頼した。みなさん、名もない私たちからの突然の打診に戸惑われて、原稿をいただくのに苦労しましたが、筑紫哲也さん、浅井慎平さん、糸井重里さんなど錚々たる方たちが寄稿してくださった」
原稿料はお金ではなく四万十川の天然鮎で支払ったというから振るっている。

「四万十ひのき風呂」は、ヒノキの端材にヒノキ油を浸透させて、置くだけで檜風呂気分が味わえる入浴グッズ。「ヒノキを木材資源というより香り資源として捉えた商品です。四国銀行がノベルティに使ってくれるなどして大ヒット。80万枚以上売れたんですよ」

考え方を売っているのである。「しまんと地栗」にしてもそうだ。「四万十栗」ではなくて「しまんと地栗」。自分たちの考えを「地」の文字に込めた。地元の栗山を育て、地元の人々が加工して、自分たちで売る。畦地さんたちのこだわりを力強く主張する「地」なのである。

栗のペーストに地元産の砂糖を加えただけという超シンプルな「ジグリキントン」

栗のペーストに地元産の砂糖を加えただけという超シンプルな「ジグリキントン」。栗より「地」が主張するパッケージが斬新。

考え方を売る地域商社になった背景には、高知県を拠点に活動するデザイナー梅原真さんの存在がある。
梅原さんは「一次産業×デザイン」をスタンスとして「土地の力を引き出すデザイン」を世に送り出してきた人物だ。「漁師が釣って、漁師が焼いた」のフレーズで「土佐一本釣り・藁焼きたたき」を8年間で年商20億円に育て上げ、絶体絶命だった一本釣りカツオ漁業を復活させたほか、砂浜美術館、馬路村のぽん酢、しまんと新聞ばっぐなど、製造品出荷額全国最下位の高知県ならではの産業の生み出し方に定評がある。
「一次産業に特化すること。考え方をつくること。豊かさとは何かを考える。それが梅原さんの教えです」 ちなみに、栗より地の字が目立つパッケージはもちろん梅原さんのデザインである。


四万十川流域をオーガニックに。

コロナ禍では四万十ドラマも苦境に立たされた。
例年なら、地元の道の駅も高知市の直営店も観光客で大忙しのはずが、緊急事態宣言で人の移動が止められ、売上はパタリと止まった。百貨店催事が中止になって他の地域でも販売できない。
そこで、畦地さんが採った策がTBS系列『坂上&指原のつぶれない店』の緊急企画への応募だった。コロナ禍で苦しむ事業者に成城石井で販売するチャンスを与えようというもので、全国201社の応募の中から四万十ドラマの「ひがしやま」も選ばれた。

「ひがしやま」は「人参芋」と呼ばれるオレンジ色のサツマイモを主材料とするスイートポテト風のお菓子。番組のおかげで爆発的な評判を呼び、ネット販売と生産はフル稼働に。芋の収穫を予定より早める事態にまで進展した。
「今年は人参芋の作付けを増やします」と畦地さん。

人参芋にバター、白餡を加えてスイートポテト風に仕立てた「ひがしやま」

人参芋にバター、白餡を加えてスイートポテト風に仕立てた「ひがしやま」。人参芋は伝統的に干し芋にして食べられてきた。「ひがしやま」の名称(高知では干し芋をひがしやまと呼ぶ)と形はそこに由来する。

人参芋の生産者たち

人参芋の生産者たち。人参芋は鹿児島、宮崎、高知、三重などで栽培されてきた在来種で、ねっとり緻密な食感が特徴。

生産量を増やすにあたって、畦地さんたちは農家に有機で栽培してほしいと依頼している。オーガニックを四万十川流域の当たり前にするプロジェクト「しまんと流域農業organic」を推進するためである。
「商品という出口が確保されているから、私たちも責任を持って農家に働き掛けられる。引き受けてくれる生産者を増やすことで、四万十川流域はオーガニックになっていく」
川と山が資産にして資源であり、その天然資源を経済資源にするのが四万十ドラマの仕事だが、天然であり続けなければ経済資源にならないことを、畦地さんは知っている。
四万十川流域のオーガニックな生き方そのものをブランドに。その構想の実現に畦地さんは邁進していく。


畦地履正(あぜち・りしょう)
1964年高知県四万十町(旧十和村)生まれ。1987年、十川農協(現高知はた農協)に就職。1994年、四万十川中流域町村(大正町・十和村・西土佐村)が第三セクターとして設立した四万十ドラマに入る。2005年、四万十ドラマ完全民営化、07年代表取締役就任。四万十ドラマの取り組みは、高知県地場産業大賞、農林水産省「立ち上がる農山漁村」認定(共に2007年)、経済産業省「ソーシャルビジネス55選」認定(2008年)、総務省「地域づくり総務大臣表彰」優秀賞(2010年)、経済産業省「がんばる中小企業・小規模事業社300社」(2013年)など高い評価を受けている。

◎株式会社 四万十ドラマ
高知県高岡郡四万十町十川9-5
☎0880-28-5527
https://ziguri.jp

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。