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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

発酵が人をつなぐ。その幸せを伝え続けたい

糀職人・発酵コーディネーター 池島幸太郎(いけしま・こうたろう)さん

Apr 25, 2022

text by Kaori Funai /photographs by Shinsuke Fujiwara
築100年の古民家で、糀を仕込む

琵琶湖の東北部に位置する滋賀・彦根市。湖畔の静かな集落に、「ハッピー太郎」こと池島幸太郎さんの工房はある。築100年の古民家を改装。滋賀県=鮒ずしに代表される発酵文化がある地で、手がけるのは糀(米麹)造り。これを軸に甘酒・味噌・鮒ずしなど発酵食品も製造する。壁材にコルクを用いた断熱性が高い麹室で、ひとり糀造りに勤しむ日があれば、秋から冬にかけては子連れ客の姿も増える。一般客向けに味噌仕込みの会を開くのだ。「発酵は人と人をつなげてくれます」。そう言って池島さんは目を輝かせる。


新規参入ができない 日本酒業界

なぜ糀屋を? きっかけは、オーケストラに没頭していた大学生の頃。「“蕎麦呑み”にハマり」、肴で一献傾けるスタイルだけでなく、「杜氏と蔵人というチームが一丸になり感動を作り上げる。オーケストラと同様、なんて素晴らしい世界なんだ!」と日本酒の醸造に魅了された。卒業後は「醸造、そしてものづくりの根拠(=農業)を学びたい」と人口約1400人の島根県弥栄村(現 浜田市弥栄村)に移住。夏は有機農業のファームでのアルバイト、冬は季節雇用の蔵人(麹師)という生活を5年続けた。

「いつかは独立して酒造りを」と憧れを抱き、「冨田酒造」では初の社員蔵人に。杜氏の右腕として勤めた「岡村本家」では、タンク1本任され、オリジナルを仕込むなど、着々と夢に近づいていた、はずだった。

しかし、日本酒(清酒)は新規参入が皆無の業界(M&Aなどは別の話だが)。いくら志ある醸造家でも、独立して新しい蔵を立ち上げられないのが今の日本国内の現状だ。路頭に迷っていた折、地元・彦根の麹屋が、高齢を理由に廃業することを知る。

都会暮らしにはピンとこないが、町から馴染みにしていた麹屋が消える=地元のオカン達にとっては大問題。味噌や甘酒などを自家製する家庭も少なくはなく、“糀難民”が多く出るのは明らかだった。「それなら町の麹屋として、地元の方々のお役に立つことができれば」と意を決したのだ。

甘酒は、フルーティーな香りと透き通った味わいが印象的。糖度約40度、濃厚甘酒の素として通信販売も(900g/1200円)。水で倍に薄めて飲めば約15杯取れる。

夏は鮒ずしの漬け込みの最盛期。ニゴロブナの雌(子持ち)は白米を用いて乳酸発酵させる。「卵がないオスは米のプチプチした食感も楽しんでほしい」と玄米で仕込む。


顔のみえる発酵食品で“つながる”食の豊かさを

池島さんには一貫した考えがある。「糀の原料は“米・こうじ菌”としか表記されません。だからこそ安心して使っていただきたいですし、農家さんが作る米の魅力を伝えることができたら」。週3回、30㎏ずつ仕込む糀。要となる米は、東近江市「池内農園」の自然農法米と、彦根市「むすひグリーンファーム」の低農薬米の2種。田植えを手伝うなど、顔の見える関係を大切にする。

取材日は、「池内農園」のたわわに実る稲穂をバックに「美しい田んぼでしょう! 農家の池内さんが土、水、太陽のみの力で育てた米は、ポテンシャルが違います」。米の個性に合わせ、麹菌は数種を配合。例えば自然農法米には、古くから日本に存在する「麹塵(キクジン)」と呼ばれる緑色をした麹菌を中心にブレンドし、甘味だけでなくコクも引き出す。「力のある米を蒸して麹菌をつけると菌が喜ぶのか、米内部への菌糸の食い込みが違う」

十分に熟れ、ブワッと膨らんだような仕上がりになれば「完熟収穫」へ。分解力が高い糀に仕上げているため、塩糀や甘酒、味噌作りはもちろん、「パン作りの酒種に使うと、膨らみがとてもいい」といったお客の声も。「糀を造るのではなく“育てる”イメージかな」。長年、酒蔵で麹師を務めたが、その時の麹造りは、「イメージする酒の味を実現するための酵素バランスを生み出すべく、神経がすり減る作業の連続」だった。

一方、「今の私が造る糀は“完熟の糀”が目標。農作物を育てる感覚に近いかも」。現在は、ネット販売が主流だが、滋賀や京都で開かれているファーマーズマーケットや朝市にも出店。糀や発酵食品の販売はもちろん、鮒ずしの飯(いい)や味噌などを使った「発酵&スパイスカレー」も提供するなど、発酵を身近に楽しんでもらえる仕掛けも。一方、地域住民ともタッグを組む。

19年11月、滋賀北部・木之本町にて開かれた発酵イベント「オカンのツボ『木之本 暮らしの中の発酵』展」では、町の発酵の達人によるトークショーほか、様々な企画を担当。会場では地元のオカンたちが作る発酵&田舎料理のバイキングはじめ、「地酒バー&発酵マルシェ」も開かれ、県内外からの客で賑わいをみせた。過疎化や人口減の縮小社会などで、ともすれば途絶えかねない地方の伝統食。それを再び掘り下げ、伝え続けることは、地域の人々の絆をさらに強めるだろう。発酵に注目する国内外のシェフがこの地へ足を踏み入れたなら、新たなインスピレーションが生まれるかもしれない。

「発酵がつなぐ幸せを伝え続けたい」。農業、加工、消費者全てがつながる豊かさを。池島さんは日々、糀にその想いを込める。

「地域の年中行事のひとつ、味噌作りが見直されてきています」と池島さん。この時期を楽しみに訪れる客も多い。開催日はサイトで確認を。

木之本で開かれた発酵イベント「オカンのツボ」ではランチバイキングも実施。沢庵の塩分を抜き、だしや醤油などで煮た「沢庵のぜいたく煮」など、この地ならではの発酵&田舎料理が30種並んだ。
※池島幸太郎さんは、2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ工房を移転。糀事業の発展として、ついに夢の「どぶろく醸造」の為醸造免許を取得。「ハッピーどぶろく」を2022年4月リリースしました。


◎ハッピー太郎醸造所 
https://happytaro.jp/

(雑誌『料理通信』2020年1月号掲載)

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