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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

奥村文絵さん(おくむら・ふみえ)フードディレクター

第3話「ありのままを伝える」(全5話)

2016.07.01

テロワールを映し出す

どんなクライアントの案件でも、奥村さんは「その土地らしさ」「作り手らしさ」を大切にします。
だからプロジェクトが始まると、まず奥村さんが出向いて、現地の様子を自分の目で見に行きます。そして、プロジェクトのスタッフには、出来る限り現地の人にも入ってもらいます。

「この味がなぜ生まれたか、背景を知らないと、デザインも宙に浮いてしまいますから」。

穂坂町では、果樹農家のお母さんたちが、農作業の合間に集まって、ワイワイ賑やかにおしゃべりしながらジャムを炊いているそうです。





photograph by Atsushi Yamahira




そんな素朴な風景に、ビシッと隙のないモダンなデザインのパッケージは似合わない。
だから特別なことはしませんでした。ただ、人に差し上げたら、「素敵ね」とちょっとだけ喜んでもらえる、そんなデザインを考えました。
Photograph by Atsushi Yamahira
“bijoux de Hosaka(穂坂の宝石)”という果実のみずみずしさを感じさせる言葉と共に、スモモのジャムならスモモの、ブドウのジャムならブドウの葉のデッサンを添えたシールを一枚。
「知らなかったでしょ、スモモの葉って、こんな形をしているのよ」、お母さんのそんな言葉まで聞こえてきそうなラベルです。




奥村さんのデザインには、テロワールや作り手の生き方が映し出されています。
そしてそこには、その土地ならではの“豊かさ”が溢れています。
だからつい、手に取ってしまう。
食べたらきっと、豊かな気持ちになれるはず、そんな期待が膨らむのです。

恥ずかしくない仕事をする





現地に何度も足を運び、対話を繰り返し、クライアントのことを誰よりも理解した上で、デザインにその人らしさ、土地らしさを表現する。
そこには、一つの思いがあります。

「作り手に対して、恥ずかしくない仕事をしたい」。

「これまで出会った作り手さんは、素晴らしい方ばかりでした。本当に頭が下がる。
私は、言ってみればそのおかげで食べることができ、仕事をさせていただいています。
彼らが汗水流して、時間をかけて作ったものを、単に並べ替えたり、置き直したりするのでは意味がない。
少しでも彼らの役に立つ仕事がしたいのです。
対等な立場で、信頼して、最後の窓口を託してもらえるようでなければ、
この仕事をしていく意味がない」。

よく知らないのに、知っているようなふりをすること。
実態にそぐわないデザインをすること。
それは、奥村さん自身の生き方として「カッコ悪い」、「恥ずかしい」のと同時に、日々真剣に食に向き合っている作り手に対しても「恥ずかしい」、「顔向けできない」ことなのです。

自分の役割を全うする





奥村さんはかつて、農業について学ぶほどに、「私も農業をやるべきではないか、そうでないと彼らと向き合えない」、そんなふうに思い詰めた時期があったそうです。
そんな時、尊敬する有機栽培の農家から、こんな話をされたと言います。
「あなたが今、農家になったところで、有機農業でお米をとれるようになるまで、きっとあと10年かかるだろう。代わりに私は、この有機農業の実態を伝えてくれる最も近い人間を一人失うことになる」。

奥村さんは、気づきました。
「私には、私に課された役割がある」。
もっと産地に深く関わること、たとえばデザイナーにも農業について知ってもらうこと、企業と産地を結ぶこと、日本の農業を守っていくために、行政の仕組みにも訴えかけること……。

「生産者には生産者の役割があるように、私は私の仕事を全うすることで、作り手や地域に、新しい幸せの形を生み出すことできるのではないか。そう思い至ったのです」。


奥村文絵(おくむら・ふみえ)
フードディレクター。2008年にfoodelcoを設立し、食をテーマに企業のブランディングや展覧会の企画など多岐にわたって活動。2015年には拠点を京都に移し、ギャラリーの運営なども手掛ける。著書に『地域の「おいしい」をつくるフードディレクションという仕事』(青幻舎)。





























































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