農家からは野菜を、生活者からはコンポストを。飲食店を拠点とする食の循環。
「CSA LOOP」平間亮太
2023.08.28
text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo
東京近郊で栽培された収穫したての野菜を、近所のカフェで、農家から手渡しで受け取れる――と聞くと、ちょっとわくわくする。農家と直接話ができる機会なんて滅多にないから、野菜の目利き、おいしい食べ方、上手な保存法、いろいろ教ろう、という気分になる。「4Nature」の平間亮太さんが、農家と生活者がゆるやかにつながるサービス「CSA LOOP」を立ち上げたのは2022年2月。静かに着実に拠点も利用者も増えている。野菜の新しい売り方を通して目指すのは、「一緒に課題に取り組むコミュニティ、支え合うまちづくり」だ。
平間亮太(ひらま・りょうた)
1990年、千葉県佐倉市出身。大学時代は学業の傍ら、ライフセーバーとして活動。卒業後、三菱UFJ信託銀行へ。2018年、自らの手で多様な人々が安心して暮らせる都市循環の入り口を作りたいとの思いから、同行を退職し、株式会社4Natureを設立。産業廃棄物として処理されていたサトウキビの搾りかすを原料とする生分解性ストローを飲食店に販売・回収し、近郊の畜産農家で堆肥化する事業に着手。都市で生まれたゴミは都市で堆肥化したいと考え、地域でコンポスト化に取り組む「1.2 mile community compost」のプロジェクトを実施。青山、東銀座、たまプラーザ、佐倉市でファーマーズ・マーケットの運営に携わりながら、2022年より「CSA LOOP」をスタート。
コンポストとコミュニティは親和性が高い!?
「まずはCSAについて説明しましょう」と平間さんが語り始めた。
「CSAとはCommunity Supported Agricultue、地域支援型農業の意味です。欧米で広まった仕組みで、購入者は半年とか1年分の野菜代金を先に支払う。それをもとに、農家は作付け計画を立て、契約者に農作物を届けます」
先に売上が入ることで、農家は安心して生産に取り組める。農業には豪雨や台風、害虫の発生など不測の事態が付きものだが、そういったリスクを消費者も一緒に負いましょう、という意味もある。購入者は、農家と直接やりとりすることで、新鮮な野菜を手に入れながら、農業の実態を身近に感じ取ることができる。
「僕たちは、そこに食循環を掛け合わせたいと考えた。それでCSA LOOPなんですね」
特徴のひとつが、受取場所を都市部のカフェや飲食店、ファーマーズ・マーケットなどに設定していることだ。受取場所と農家の組み合わせも決まっている。たとえば、東京・自由が丘の「ONIBUS COFFEE」では東京・東久留米市の「奈良山園」の野菜を、品川区荏原町「COVE COFFEE ROASTERS」では千葉県南房総の「農園NaZemi」の野菜、荻窪「WOODBERY COFFEE」では八王子「&FARM YUGI」の野菜が受け取れる。
「2022年2月に3拠点でスタートして、現在、東京、神奈川、埼玉の17拠点で展開中。約200世帯の契約があります」
さらに特徴的なのが、購入者はコンポストを農家に託せる点だ。農家からは野菜を、生活者からはコンポストを、生産者と消費者の間で食の循環が成立する。まさにループである。
「基本はCSAなので、コンポストの受け渡しは必須ではありません。コンポスト参加組は約3割。でも、アクションに移せていなかった人が、そんな仕組みがあるならとLOOPをきっかけとしてコンポストに着手するケースは多いですね」
平間さんは、CSA LOOPに取り組む前の2020~22年、「1.2マイル コミュニティ・コンポスト」を運営した。家庭で出る生ゴミコンポストの活用法を地域で考えるプロジェクトである。都市生活者の場合、コンポストをやりたくても、庭もベランダもなくて躊躇するケースは多い。そこで、表参道の屋外商業施設「COMMUNE」の一角に共同のコンポストブースを設置し、地域の人々が持ち寄れるようにした。コンポストを真ん中に人々のつながりをつくり、みんなで使い道を考えるようにしたのである。「COMMUNE」が閉鎖されてからは千駄ヶ谷で継続。約50人のメンバーが参加していた。
「コンポストとコミュニティは親和性があります。都市部でコンポストをやろうとする時の課題がテクニカルと使い道。やり方はこれで合ってるの?と不安になった時、コミュニティがあれば、知識やコツを共有できる。使い道に関しては、コミュニティのメンバーたちが、実施施設内にガーデンを造ってはどうか、地域の街路樹に活用してはどうかなど議論し、自治体や管理団体にアプローチするところまで行動した。僕たち運営側はサポートに徹しました」
農家と一緒にコンポストを有効活用しようというのが、CSA LOOPだ。でも、コンポストを農家に渡すだけでは、家庭のゴミを収集所に運ぶのとそう変わらなくなってしまう。「家庭の生ゴミをコンポストにして畑に還すことは、一種の土づくり。食料生産のプロセスの一部とも言える。消費者が少しだけ生産者の側に入り、共に循環を支えているんだという意識が生まれてくれたら」と平間さんは願う。
それは、江戸時代と同じループだ
この日、CSA LOOPの新しい拠点となる中目黒のコミュニティ・スペース「ファブリック」で、ワークショップが開かれていた。拠点のひとつ自由が丘「ONIBUS COFFEE」山田舞衣さんを指南役にスペシャルティコーヒーのテイスティングを楽しみながら、CSA LOOPについて知ろうというプログラム。今後、「ファブリック」で受け取ることになる野菜の生産者、東久留米市奈良山園の野崎林太郎さんも駆け付けた。
奈良山園は東久留米市で江戸時代から400年続く農家。林太郎さんは15代目だ。「消費者に届けるところまで考える生産者」を自称する。産業的に生産して流通に乗せるまでの農業ではなく、かといって、自給自足的な農業でもない。「どうしたら、循環型農業の良さや必要性を伝えられるか」をいつも考えている。
CSA LOOPに立ち上げ時から参加してきた野崎さんは、「農家が都心の生活者と触れ合う場としてマルシェがありますが、それとはまた違ったアクセスの仕方がいいなと思った」と言う。
奈良山園が、都市に開かれた農園として、季節ごとの摘み取り体験や援農ボランティアの受け入れを積極的に行なうのは、「それも都市の農家の役割」と考えるからだ。「東京に農家があることを知らない人は意外に多くて、近くに畑が広がっていても無関心だったりする。農業と生活者は分断されていると感じることがありますね」。だから、「CSA LOOPは、農家と生活者がつながって循環する仕組みがいい」。
野崎さんは、この仕組みを「実は江戸時代にあったもの」と指摘する。「江戸時代の下肥の仕組みと同じです」。
なるほど、確かにそうだ。当時の農業において、下肥は何よりの肥料だった。下肥買いが江戸の町で汲み取って、江戸に野菜を供給する近郊の農村へ運んだ。コンポストと排泄物の違いはあれど、生産物と廃棄物の循環という意味では同じ。ちなみに、今春公開された映画『せかいのおきく』(脚本・監督:阪本順治)には、下肥買いを生業とする青年がメインの役で登場する。
「CSA LOOPでは、僕たち農家が野菜を届け、コンポストを持ち帰る。資源の無駄がないだけでなく、輸送コストの無駄もない」。日本でCSAが海外ほど広まらないのは、宅配や産直が浸透しているせいだが、「輸送エネルギーやコストを考えると、CSA LOOPのような近い距離でやりとりする関係の築き方は意味があると思いますね」。
ピーター・ラビットの教え
ところで、平間さんが現在の仕事をするきっかけは、ピーター・ラビットだったという。
「家業が不動産業だったこともあって、不動産に興味を持ち、大学卒業後は三菱UFJ信託銀行に就職しました」
同行のイメージキャラクター、ピーター・ラビットには「絵本の売り上げで、地域の環境を守る」という仕組みがあって、それに共感したからでもある。
著者のビアトリクス・ポターは、作品の舞台となった湖水地方の自然を遺したいとの思いから、自然景観や建物の保護を目的とするナショナル・トラスト運動に参加していた。絵本で得た収入で次々と土地を購入し、亡くなると、遺言で4000エーカーの土地をナショナル・トラストに託す。そのおかげで今も大切に維持・管理され、2017年、湖水地方の文化的景観はユネスコ世界遺産に登録された。
「それがビジネスのあるべき姿じゃないかと思うんですね」と平間さん。そういう仕組みを作ってみたい。農家が野菜を作る。生活者がそれを買う。そこにコンポストが伴うことで、野菜を売り買いするビジネスが循環を生み、環境保全にほんの少し役立てる。ボランティアではなくビジネスだから、ループは回り続けられる。
グラデーションのあるコミュニティが社会に安心を生み出す
平間さんは、CSA LOOPにもうひとつの思いを込めた。それは、コミュニティとして機能することだ。
カフェやマルシェを拠点にした理由もそこにある。野菜の受け渡しの際に、農家と購入者が会話し、購入者同士がコーヒーを飲みながら近況を語り合い、交流を深めてほしい。
「世界で紛争が絶えず、気候変動による自然災害が増加するこの時代、都市生活者にとって、食べ物の作り手である農家とつながって得られる安心は大きい。また、生活者同士が食を中心に据えたコミュニティを形成できたら、それもまた心の支えになり、生活の質を上げてくれるでしょう」
その時、コミュニティへの関わり方にはグラデーションがあっていいと平間さんは思う。価値観や働き方が多様化しているのだから、みんながみんな同じような関わり方でなくていい。グラデーションという“寛容性”が、誰もが安心して参加できる持続可能なコミュニティを生むはずだ。
少子高齢化が進み、かつては子育て仲間でつながっていた親同士のコミュニティが、日本各地で消失しつつある。都市部ではすでにご近所付き合いはないに等しい。そうなると、住民の結束力や解決力が発揮されにくくなる。ということを、平間さんは2019年の千葉台風被害時に出身地佐倉市で経験した。
「大きな課題も小さな課題もそれぞれの地域で解決していく、自律分散型のコミュニティをつくる必要があると感じた。それって、中央集権的に国や都がつくる仕組みではないし、大きな流通からは生まれない」
カフェがあれば人が集まり、コミュニケーションが活性化する。マーケットがあれば、人とモノが行き交いビジネスが生まれる。CSA LOOPは、しなやかで強靭な社会をつくる道筋のひとつになろうとしている。
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