プロが知りたい、プロのレシピのコツ 01
郷土の暮らしを自分なりに解釈して、どこにもないレシピを生み出す。
スペイン料理「エスタシオン」× ベトナム料理「スガハラフォー」
2022.04.04
photographs by Cho Hemi
プロが料理を深める方法はいくつかあります。中でも文化が異なる国の調理法を知ることは、これまで学んできた料理にはない、コペルニクス的発想をもたらしてくれます。
今回は小さなスペイン料理店「エスタシオン」野堀貴則シェフが、近頃お気に入りのベトナム料理「スガハラフォー」菅原勉さんに突撃。管原流のスパイス、ハーブの使い方、ワインの選び方など、気になるあれこれを教わりに行きました。
野堀貴則さん
東京・神楽坂で9坪の小さなスペイン料理店「エスタシオン」を営む料理人。スペインバルブームを牽引した「エルプルポ」「エルブエイ」などを経て、2015年独立。旬野菜と鍋1つで作る煮込みや混ぜご飯など、心温まるスペインの家庭的な味を好む40歳。三重県出身。
菅原勉さん
自然派ワインとベトナム料理の店、東京・池尻大橋「スガハラフォー」のオーナー。オーストラリアに5年滞在し、レストラン勤務やワイン造りを学び、2015年独立。ナチュラルでありながら、型にはまらないベトナム料理で、店には常連が絶えない。現在は弟の裕太さんが調理を担当。42歳。大阪府出身。
軽いのに深い、味づくり
野堀 菅原さんの店には休みの日にちょくちょく通っていて。今でこそ自然派ワインとエスニック料理を合わせる店は随分増えたけど、はしりは菅原さんの店じゃないかと。野菜をたっぷり使って、ハーブを気持ちよく利かせて。肉や揚げものでも重さがない。負担がなくて、毎日でも食べ飽きない。
菅原 ありがとうございます。それは僕がもともと料理人でなく、バーテンダーだったことが影響しているかもしれません。もともと僕はオーストラリアでバーテンダーをしていて、目の前の人の好みに合う即興のオリジナルカクテルを作っていました。その日のフルーツ数種を用意して。ショートかロングか、雰囲気はどんなのかを聞いて作る。
カクテルって甘味を足せば簡単にボディが出せるから、甘味に頼りがちなんですが、どうしても重くなる。でもピール(皮)やハーブなど香りや苦味、酸味を効かせれば上品だけれど深い味を作れます。バーでの経験が、僕の料理の考え方のベースです。
菅原 あとは、僕の考えるベトナム料理は、そもそも家庭料理。だから味はできるだけ穏やかに、レシピもガチガチに決めない。自由度を持たせています。「僕らこういう店なんですよ、どうですかね」ってゆるく、店の間口を広げて構えていたい。
だから卓上調味料もたくさんおいて、味も足せるように。甘い味噌やチリオイル、ナンプラーなど、卓上での調味もベトナム料理の醍醐味ですしね。
暮らしを知る、味を知る
野堀 レシピのアイデアはどこから湧くんですか?
菅原 コロナ前までは弟と一緒に年に1度はベトナムに勉強に行っていました。この時ばかりは1日に何軒も食べ歩きます。安いチケットがとれる台湾経由にして、台湾も勉強がてら食べ歩く。現地の味を知ることも大事ですが、歴史や暮らしを知ることが大事だと思っています。
暮らしを探ると、料理への応用も利くようになります。そもそも僕たちは暑いベトナムの国の料理を、温暖な日本で出している。外国の料理を提供するのに、気候や土壌、生活習慣、暮らしの前提条件の違いを無視できません。日本でだって、1日を暑いところで過ごした人と、涼しいところで過ごした人と、同じものを食べたがらないでしょう。だから日本の食材も使うし、現地より砂糖や塩も抑えます。
野堀 甘味に砂糖は使いますか? ソースとかスープとか。
菅原 ほとんど使いません。現地ではたくさん使いますけど、僕は使ってもきび砂糖くらい。砂糖を使うと味が重たくなるから。
野堀 同じですね。僕も甘味はできれば食材から引き出したい。
菅原 さらに言うと、何も料理名がきちんと立っている料理だけがその国の料理じゃありません。例えばうちにはきくらげと卵とトマトの料理がありますが、これは僕が想像で描くベトナム料理。
メニューを見たお客さんからはよく「中華?」と聞かれる。でもベトナムってトマトも卵もきくらげもめっちゃ使う。そこに、ベトナム料理でもよく使われるタマリンドにキャラメルを加えたソースを合わせる。このソースはカニの炒め物によく使われます。すべてベトナムにあるものなんだから、絶対この組み合わせて食べている人、いるはずって思うんです。おいしいし。
スガハラフォーの味づくり1
水だしスパイスから作るフォーのだし
野堀 僕は外食も好きで、休日に独りで食べ歩きます。最近はベトナムやタイなどのエスニックな味づくりに興味があって。これまではスペイン郷土の味を探求してきましたが、異ジャンルのエッセンスも加えたいと考えています。
でも、スペインはスパイスをあまり使わないし、ハーブもミントやパセリを使うくらい。タイやベトナムのインパクトがあるハーブ使いを料理に取り入れてみたいけれど、その加減というか、バランス感が難しい。菅原さんの利かせ方は、僕の理想とする味に近しいものを感じるから、きっと勉強になると思って。
菅原さんは、好んで使うハーブはあるんですか? 主にフレッシュですよね?
菅原 はい。ハーブの種類は季節で変えますが、荏胡麻、紫蘇、ミントはよく使います。ちなみに南部のホーチミンのフォー屋では卓上にハーブがバサッとおいてありますが、北部のハノイのフォー屋ではあまり見かけませんね。
あとラオラムっていうドクダミみたいなハーブもよく使います。後味に辛味があって、フォーやチキンライスに添えます。うちの玄関先にも植えていて、すごい繁殖力で。
ベトナムでは、焼いた肉や団子には必ずラオラムがセットで出てきます。ラオラムとミントや青マンゴーなどをレタスで巻いたりして食べる。「肉と言えば」と、必ず付いてくるので、現地に行った時は毎度のことにいいかげん鬱陶しく思うくらい(笑)。
でもそれってなぜかって考えるんです。ベトナムの人がやたらハーブを食べるのは、そもそも葉物野菜の数が少なくて、ビタミンやミネラルを補う目的があったから。自生力が強いハーブ類はほっといても勝手に育っていくし、虫を寄せ付けない効果もある。
そして、ハーブがなぜ肉と一緒に食べられているか考えると、リフレッシュ効果に加えて、えぐみがあるからです。子どもの頃ミントって苦手じゃなかったですか? 独特のえぐみがあるんですよね。でも脂はハーブのえぐみを消してくれるんです。例えばマグロの中落ちとえごまの葉を合わせたり、春巻きにミントを添えたり、ハーブのえぐみを肉や魚の脂で中和すると香りだけを気持ちよく利かせられる。
野堀 郷土の暮らしをもっと自分なりに解釈していく発想ですね。ハーブのえぐみは脂で中和して、香りだけ利かせる。今使ってみたいマイクロハーブにも応用できそうです。
野堀 レシピのアレンジとか、アイデアはどこから湧くんですか?
菅原 僕は普段外食しません。出不精(笑)。だから日々の経験の中で、頭であれこれ考えるタイプかな。一度思いつくと、試したくてうずうずする。フォーのレシピも、これまでは弟のレシピだったけど、頭の中で試してみたい組み合わせがあって、彼が入院して店を休んだタイミングで「よし今だっ」って試作して、「お、いける」って。そんな感じ。
店は常連さんが多くて、みんないつも同じものを食べたがるんですが、実は同じメニューでもレシピはしょっちゅう変えています。看板メニューのフォーも何度も変えている。
野堀 よく八角やシナモンとか、特定のスパイスが強く前に出てくるフォーのスープがありますが、菅原さんの味には、それがない。魚醤がさらっと香って、塩もシナモンも、感じられるかどうか、ぎりぎりのところで決まっている。その繊細さが体に馴染んでいって、気持ちがほどけていくような味なんです。独特のバランス感。
だしやスープはどんな風にとりますか?
菅原 鶏ガラやムネの挽き肉でとったり。その時々で違いますね。例えばフォーなら、スパイスはコリアンダーシード、八角、シナモン。野菜はニンニクとタマネギ。フォーのだしにコリアンダーシードを入れると、ぐっと現地の味に近づきます。うちの場合、前日に昆布とスパイスを水に浸けておく。翌日にはスパイスと昆布の香りがほんのり移るから、それらを優しく炊いていく。調味料は塩と魚醤。
野堀 スパイスを水から入れるんですね。魚醤か。僕も今、日本の鮎の魚醤、国産のコラトゥーラ(主にカタクチイワシで作るイタリアの魚醤)とかをよく使ってて。ひねたクセがなくてきれいな味で、使いやすくて気に入ってるんです。
◎Sugahara Pho
東京都目黒区大橋2-8-21
☎03-6407-0562
Facebook:sugaharapho
◎Estación(エスタシオン)
東京都新宿区神楽坂3-6
☎03-5225-3808
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