生涯現役シリーズ #19
92歳。「自分が創ったスタンダードカクテルを一生作り続けられるなんて」
山形・酒田「ケルン」井山計一
2022.08.15
text by Kasumi Matsuoka / photographs by Kohei Shikama
井山計一さんは2021年5月10日に逝去されました。ご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げます。本記事は井山さんの生前の飲食業界でのご活躍を称え、再掲載しています。
連載:生涯現役シリーズ
世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
井山計一(いやま・けいいち)
御歳92歳 1926年(大正15年)4月23日生まれ
「ケルン」
酒田市生まれ。ダンス教師を経て、27歳で仙台のキャバレーのバーテンダーに。30歳で酒田に戻り「ケルン」を開店。昭和34年、寿屋(現サントリー)主催の全日本ホームカクテルコンクールで、出品作の「雪国」がグランプリを獲得。2018 年、井山さんの生涯と「雪国」誕生秘話を追ったドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」が公開。
(写真)シェーカーを振る井山さん。カクテルと向き合う瞬間、会話の時の柔和な笑みが一転、真剣な表情に変わる。
温泉宿でぽっと思い浮かんだアイデア
「雪国」は、幸せでいて、とても奇妙なカクテルです。ありふれた材料で簡単にできるし、垢抜けない。なのに、なぜ多くの人に喜ばれるのか。考案者の私も、未だに不思議なんです。
バーテンダー人生の始まりは、27歳の時。それまでは社交ダンスの教師をしていました。叔父が経営していたダンスホールで、先生に習っているうちに、先生よりうまくなっちゃった(笑)。ダンスを極めようとしていましたが、教え子だった妻と結婚してから諦めました。器量良しで笑顔が絶えない、素晴らしい妻だったけれど、ダンスだけは上達しなくてね。当時ダンスは、ペアで教師をやるものだったけれど、夫婦でやるのは難しそうだと。そこで仙台へ職探しに出た時に出会ったのが、キャバレーのバーテンダーでした。
最初のキャバレーは、毎夜、ホステス、生バンド、お客ら総勢600人以上が飲んで歌って踊ってという、とにかく華やかな世界でした。先輩の技を盗み見てレシピを覚え、福島や郡山のキャバレーを経て、酒田へ戻ったのが30歳。妻と2人で、「ケルン」を開いた時は、本当に嬉しかったですねえ。
当時はトリスバー全盛期で、1杯50円のハイボールがとにかく売れた時代。うちはビスケットを無料のおつまみとして出していて、他の店から「困るからやめてくれ」と言われたこともあった。でも、「これは売り上げを上げるための知恵なんだ」と教えました。ビスケットをつけると、喉が乾くからお代わりされやすい。結果的に売り上げが伸びるわけです。そんなこともあって、開店から20日で開店資金の借金を超える額を稼いでしまいました。
「雪国」が生まれたのは、店を開いた4年後のことです。寿屋(現サントリー)主催のコンクールで、グランプリを獲ったのが、広く知られるようになったきっかけ。実は、シェーカーさえ振らずに、その辺にあったお酒でヒョイっとできてしまったものなんです。温泉宿でぽっと思い浮かんだアイデアをささっと色鉛筆で描いて、味見のためにちょっと舐めてみて。私ね、下戸だからお酒が飲めないんですよ。ネーミングも、店にかけてあった俳句からとりました。だから、自分がグランプリをとるなんて、本当にびっくり。ありえないと思っていたから、バーコートを脱いで普段着に着替えていました。表彰の時は、一人だけ平服という間抜けなことになってしまいましたが、今となっては良い思い出です。
店は、朝から夕方5時までは、息子夫婦が喫茶店をやっています。私は夕方5時に交代して、夜7時から3時間半、バーを営業します。ありがたいことに週末は観光客の方でほぼ満席です。食事は、1日2食。朝兼昼食は、11時くらいに、夕食は店を交代した夕方5時から開店までの間に食べます。好物の野菜と果物、それから買い置きしていた冷凍食品や惣菜なんかが多いかな。大の甘党なので、甘いものもよく食べますよ。趣味のパチンコも、景品は全部甘いものに交換しています。
私は幸せなバーテンダーです。何せ、自分が創ったスタンダードカクテルを一生作り続けられる。こんな幸せなことはありません。新たな出会いに感謝しながら、もう少し踏ん張らないとね。
毎日続けているもの 「雪国」( カクテル)
◎ケルン
山形県酒田市中町2-4-20
☎0234-23-0128
10:00~17:00(喫茶)、
19:00~22:30(バー・22:00LO)
不定休
JR酒田駅より徒歩20分
※新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。
(雑誌『料理通信』2018年4月号掲載)
※年齢等は取材時・掲載時点のものです。
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