HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

山地酪農で育てた野草牛の生乳の味
岩手「田野畑山地酪農牛乳 milk port NAO」

地方のチーズ工房

2025.04.10

text by Tamaki Akasaka / photographs by Yasuhiro Yahata

連載:地方のチーズ工房

日本の柔らかい水と草で育った牛のミルクを使い、土地の菌で醸す国産チーズ。かつての豆腐屋さんのように、作りたてのチーズを地元の人に提供する、“おらが街のチーズ工房”を紹介します。

チーズを通して
山地酪農を世界へ

「山地酪農」とは、牛の生命力を生かし、日本に多い中山間地(傾斜地)を活用して山の傾斜地などに一年中放牧する酪農スタイル。理学博士の故・猶原恭爾氏が命名・提唱したもので、全国でも実践する酪農家は数軒に限られている。

岩手県田野畑村にある「志ろがねの牧(吉塚農場)」と「くがねの牧(熊谷農場)」はその山地酪農を実践する希少な2軒だ。両農場が設立した田野畑山地酪農牛乳では、搾乳した牛乳を「田野畑山地酪農牛乳」として販売している。

牛たちはと在来野草ニホンシバを中心に四季折々の多様な野草を食み、牧草が雪に覆われる冬期は、夏の間に刈り取った乾草を飼料にしている。穀物飼料や配合飼料で育つ乳牛よりも乳量は少ないが、牛乳の味は「濃厚なのに雑味がなく、後味がすっきり」「季節による違いが楽しめる」と評判だ。


草を求め、急勾配の傾斜地も難なく歩く牛たち。糞尿が大地に還って有機肥料となるので、エサである野草や乾草は無農薬・無化学肥料。
 野草牛の生乳から作られる「田野畑山地酪農牛乳」

この牛乳を使って乳製品工房「milk port NAO」でチーズを作っているのが、田野畑山地酪農牛乳の社長であり、吉塚農場の四男・吉塚雄志さんだ。看板商品は、牛乳に生クリームと乳酸菌、レンネットを加えて固め、型に詰めて水分を抜いた後、塩を加えて約2週間熟成させた「白仙(山地ダブルクリーム)」。フレッシュチーズでありながら熟成するため、購入直後は雑味のない清らかな味だが、熟成が進むごとに奥深くなる旨味を楽しめる。

 

熟成9日目の「白仙(山地ダブルクリーム)」。赤い斑点はボリビア産岩塩の粒で、「後味としてほんのり出てくる塩気が特徴」と吉塚さん。地方食材が一堂に集まる「にっぽんの宝物Japanグランプリ」で部門別準優勝。2022年には世界最大級のチーズコンテストのひとつ、World Cheese Awardsでシルバー賞を受賞するなど、海外での評価も高い。

作り方のポイントは、熟成中の水分量と塩。水分量は毎日チェックして調整し、塩は様々な種類を試した末に、現在はボリビア産岩塩を使用している。この製法は吉塚さんが北海道での研修時に学んだものだ。他にも多様なチーズの製法を学んだが、自社の生乳の味をもっとも生かせると思い、この製法を選んだ。

すべては、牛乳の味ありき。
「チーズを通して山地酪農を世界に広める」ことを目指している。

吉塚雄志さん。チーズ中の水分量によって熟成の速度や味が変わるため、約2週間の熟成期間中は、毎日手で触って水分量を確認し、調整する。
30数頭の乳牛を育てる農場では、毎日朝夕の2回、家族総出で搾乳を行う。農場は、吉塚さんの父である公雄さんが山地を開墾して始めた。

吉塚雄志さん(左)と農場長である長兄の公太郎さん。雄志さんは公太郎さんが家で試作したチーズを食べたことがきっかけで、職人の道に。

「白仙(山地ダブルクリーム)」(1ホール¥2,300)のほか、「低水分モッツァレラ」(約100g¥1,000)も製造・販売。

地方を元気にする、工房の魅力
「希少な山地酪農で生まれたチーズ」

◎田野畑山地酪農牛乳 milk port NAO
岩手県下閉伊郡田野畑村蝦夷森161-15
☎0194-34-2725(事務所)10:00~17:00 日曜休
※要予約で見学対応可
http://yamachi.jp/

(雑誌『料理通信』2020年6月号掲載)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。