日本 [福島] 福島県郡山市の食の未来を豊かにする人たち。第3弾
地元の人にこそ、福島のおいしいものを知って欲しい。 そのために僕ができること。
2021.03.31
text by Saori Baba / photographs by Hide Urabe
居酒屋のテーブルの上にあるものといえば、メニュー。でも、福島県郡山駅前にある「しのや本店」のテーブルには、メニューの隣にもう1冊、地元福島の野菜生産者の詳しい紹介が写真付きで何組もファイリングされている。しかも各テーブルにだ。メニューの料理名にもそれぞれの生産者名が入っていて、こうなると、食べる人は知らずしらず興味をそそられる。
たとえば、季節のおすすめメニューにある「設楽さんのねぎのフライ」をオーダーする。お客はカリッと揚がったねぎを食べて甘みに驚き、この設楽さんってどんな人だろうと、手元にある生産者ファイルに手を伸ばす。こんなふうに、店は地元の生産物を消費する場であると同時に、生産者を知ってもらう情報発信の場にもなっている。
居酒屋の主は、株式会社しのや代表の篠原祐太郎さん。福島の食を支えるプロの間では、つとに有名な行動派だ。地域の生産者と食べ手をつなぐべく奔走する篠原さんの1日を追った。
伝えないと伝わらない。
まずは地元で盛り上がるために
篠原さんは、2014年に郡山駅前に本店をオープンし、現在市内に2店舗、さらに2021年1月28日には、福島産の厳選食材を販売する小売店「旬鮮直 食材しのや」をオープンした。朝採れの新鮮野菜などが毎日並び、奥のセントラルキッチンでは、生産者の野菜などを使った加工品も作る。通常の加工工場では5千、1万と発注のロットが大きくて依頼が難しいものも、ここなら小ロットですぐに対応できるから、生産者とともに新商品の開発もできるという狙いもある。
篠原さん自身は八百屋を開くのは予想外だったと言うが、彼の考えや活動内容を知ると、むしろ自然に思える。それにしても、コロナ禍で多くの人が足踏みする時期に、その原動力はどこから生まれるのだろう。そう問うと、こんな答えが返ってきた。
「福島のおいしいものってなに?と地元の人に聞いても、首をかしげる人がほとんど。こんなにすごい農家さんのおいしいものがたくさんあるのに、知らない人が多いんです。それがもったいない。農家は個人レベルでは情報を発信しているけれど、それは一部にしか届いていない。いや、そもそも農家は野菜を作るのが仕事で、おいしさを伝える役割は、本来小売店や飲食店がやるべき仕事です。だから、自分達がこのおいしいものをもっと発信しないといけない」
実際に篠原さんは、2018年から「ふくしまフードフェス」というイベントを企画・主催し、実行委員長をしている。福島県内の農家、酒蔵、飲食店など約50軒に一軒ずつ声をかけて参加を募り、さらに参加者を12のチームに分けてフードブースを立ち上げてもらい、そこに一般市民を呼び、オール福島食材で飲食を楽しんでもらうというイベントだ。フードブースでは3〜5の生産者がチームになり、生産者同士もメニューを考えながら互いを知ることができるようになっていて、これが横の繋がり作りにもなった。すぐに人気のイベントになり、2年目の2019年には、開成山公園に6,000人を超える参加者が集まる大盛況ぶり(2020年はコロナ禍でオンライン開催)となった。こんなふうに、福島の人にこそ地元のおいしいものを知ってもらおうという想いを、形にしている。
福島県はもっと幸せな土地になるんじゃないか
「震災がなければ、『居酒屋しのや』はなかったかも」。篠原さんはそんなふうに振り返る。
2011年の震災の日、篠原さんは生後3日の赤ん坊と出産直後の妻、1歳の長男とともに、市内の病院にいた。世界が終わるんじゃないかと思うような横殴りの吹雪が院内を吹き抜け、病院のライフラインが止まり、その日の晩ごはんはロールパン1個。当時20代の飲食店社員だった篠原さんにとって、この体験が人生への向き合い方を変えないわけがなかった。
もともと独立を考えていた篠原さんは、どんな店を作るかを考える上で、まずは福島の魅力を全面に出すことを何よりも優先することに決めた。そして2014年に独立する際、居酒屋で欠かせない食材や日本酒などを、もう一度自分なりに勉強し直そうと、畑や酒蔵を訪ねた。生産者と直接顔を合わせ、実際にどんなふうに作られているのかを知ることで、お客にその魅力を的確に伝えられるからだ。「すごい野菜、すごい酒を造る生産者に出会うほど、自分の住む地元福島がもっと好きになっていきました」
福島のすごい野菜をつくる人達
たとえば郡山の隣、須賀川市「設楽農園」の設楽哲也さん。代々続く農家で、冬はねぎ、夏はきゅうり、秋は米とさといもと4種の農産物を手掛けている。冬の終わり、設楽さんの畑はちょうどねぎの収穫時期だ。
「設楽さんのねぎは、甘みもうま味もすごい。今年の冬に新しく手掛けた新品種のねぎも抜群で、僕は“設楽ねぎ”って名付けて売りたいぐらい」。そう話す篠原さんの野菜小売店には、設楽さんのねぎを指名買いする常連もいるという。「夏のきゅうりもばりっと張りがあって瑞々しい。数年前に店の感謝祭の会場で、きゅうりが苦手という小さな男の子が設楽さんのきゅうりに興味を持ち、ついに勇気を出して一口かじったんです。そしたら、おいしい!と言ってパリパリ食べたんですよ、いい表情で。小さい事かもしれないけれど、その人の価値観が変わる瞬間を見たのは、今でも忘れられない。これが食材の力だし、もっと言うと、作っている人の力だと思いました」
今でこそすごい野菜を作る設楽さんだが、最初から家業を継いだわけではなかった。大学卒業後に悩んで選んだのは、農業ではなく一般企業。まず社会人経験を積み、最終的には教師になるつもりだった。農家の長男が後を継がないというのはかなり型破り。だが、人生は誰も予測できない。企業を辞め教師のキャリアを始めて間もなく、設楽さんは事情により家業を継ぐことに決めた。社会人経験を6年経てからの農家デビューだった。そしてその経験が、農業をビジネスにする上で非常にプラスになっている。
エンドユーザーと繋がることは、
農産物の価値を上げ、自分の精神的な支えにもなる
「あまりに身近な野菜は、何も考えずに値段で選ばれることが多い。でも、本来、野菜等農産物は、簡単に安売りなんてできないはずなんです。僕の最終目的は、きゅうりとねぎの消費を増やして市場価値を上げること。健全なビジネスにするためには、これ以上野菜の価値を下げてはいけない」
農家の仕事を継いで10年以上経つ今、前職で培った客観的な観点から自分の仕事を分析し、強く感じていることだ。「農家にとって農作業は最も大切。だから、最終的には自分が安心して農作業に専念できる環境を整えたい。そのためには、良い商品を作った先に、それを卸した八百屋やレストランなどが繁盛する必要がある。そのためには、その場の客、つまりエンドユーザーを増やす必要がある。そのために何ができるかを考えるうちに、農家ライブというイベントを思いつきました」
レストランなどで開催するこのイベントは、最初に設楽さんがねぎについてスライドを見せながらお客に話をする。「農家のこだわりを語るのではなく、種まきや育苗、雑草とりから栽培、収穫に至るまでの、農家からするとごく当たり前の農作業の話です。でも、それを知ってからのお客の反応は、農業があんなに大変だとは知らなかった、もう野菜が高いなんて言わない、残さず全部食べますなど、明らかに変わります。知ると知らないの差は大きい。身近な野菜がどんなふうに作られているのかを知ってもらうのって、大事なんです」
トークのあとは、シェフの作ったねぎのフルコース料理を楽しんでもらうのだが、その後の盛り上がりは想像に難くない。「僕たち農家も、最終的に食べてくれるエンドユーザーを見たいし、コミュニケーションを取りたい。食べておいしいと褒められたら、モチベーションも上がるし精神的な支えにもなるんです。たとえば夏の間、僕は米、ねぎ、きゅうり、さといもの栽培を朝から晩までマルチタスクで進めるんですが、真夏の雑草取りなどひたすらきつい作業を乗り越えるためには、関わってくれている人の応援や、イベントで褒めてくれた人の言葉が、最終的な踏ん張りになるんです」。人との関わりは、そんな厳しいときにこそ生かされるのだ。
◎設楽農園
https://www.facebook.com/shitetsu
特別なしいたけは、
美しい水と空気、生産者の観察力が育てる
郡山市の中心部から西へ向かい、峠を超えた猪苗代湖の南、湖南町の三代(みよ)集落にある中ノ入地区は、標高が500〜1,000メートルと高い土地。空気の澄んだ静けさに包まれたこの地域で、しいたけ農家「愛椎ファミリー」の小椋和信さんは、地域で評判のしいたけを育てている。質の高さは、2014年に「第38回福島県きのこ品評会」において最高賞となる林野庁長官賞(生しいたけの部)を受賞するほど。篠原さんも絶賛するしいたけだ。
「とにかくお客さんからの評判がいいんです。野菜小売店ではしいたけが品切れすると、なんで今日はないの?と言われちゃうくらいファンが多い。肉厚でジューシーだから、グリルするとうま味が凝縮されて食感も香りも申し分ない。居酒屋でも、しいたけメインの料理は人気です」と篠原さん。
小椋さんのしいたけが特別な理由は、まずは水。「しいたけを育てるベースになる“培地”を作るときも、その後の育成でも、使う水はすべて裏山から引いた地下水。この水のおかげで、しいたけ特有のエグみが抑えられ、すっきりした美味しさだけが引き出される、そう感じています。それから、育てるときにしいたけにストレスを与えないことも重要。通常しいたけは成長させるために叩いたりして刺激を与えるのですが、無理に負荷をかけると弱々しいしいたけが大量に生まれる。うちはその逆で、負荷を一切かけない。ストレスフリーで自発的にゆっくり育てることで、ふっくらした厚みもある、きれいなしいたけに育ってくれます」
「そして、一般的には半年で収穫するところを1年かけます。また、しいたけは湿度や温度の変化も苦手で音や振動にも敏感。だから、毎日しいたけの様子を見守りながら成長を管理し、変化に合わせて温度や湿度などを微調整します。とにかくいつも観察し、育ちやすい環境を作ることに徹します。うちは息子が4人ですが、娘を愛でるみたいな感じで育てています」
そんな小椋さんが唯一苦手なことは、生産物の価格設定。「立派な一級品のしいたけができたら、篠原さんに価格を相談しています。常に良い農家さんの素晴らしい野菜を扱っている篠原さんだから、信頼できる。篠原さんの周りには志の高い生産者が集まるので、ときどきそういう方々と話をすることも、僕のモチベーションになる。今自分が欲しいのは、しいたけの素晴らしさをアピールする力。その点も、篠原さんや他の生産者さんを手本にしています。自慢のしいたけの魅力を、自分でうまく説明できるようになりたいんです」
◎愛椎ファミリー
http://aishii.com/shop/
農家と小売店は野菜の取引をするだけでなく、
アイデアを投げあって形にする仲間
「 ニッケイファーム 」代表の大竹秀世さんは、農薬は一切使用せず、有機肥料のみで年間100種ほどの野菜を栽培している。それだけでも驚くべきことなのに、さらに人が試さない珍しい野菜の栽培に挑戦するなど、アグレッシブ過ぎて変人と呼ばれることも。篠原さんとは野菜の取引はもちろん、今後育てる新しい野菜への意見を聞いたり、野菜を使った新たな商品の企画を一緒に考えたりと、アイデアを出し合っては互いを刺激し合う仲間でもある。行動力抜群の2人は、どうやら波長も合う様子。
篠原さんが最近提案したもので一番突飛だったのは、レモン。「レモンサワーが流行っているから、地元福島産のノーワックスの無農薬レモンがあったらいいなと思って。大竹さんに相談したんです」。温暖な土地で育つ果物なだけに簡単ではないのは最初からわかっていたが、大竹さんは難しそうなことに挑戦するのが大好き。実際、現在38本のレモンの苗木を栽培中だ。「難しそうでも、意義があるならやってみる価値がある。もし郡山でレモンができたら、郡山の農業に新しい可能性が生まれるわけですよね。それって夢がある。誰かに求められるなら頑張って答えたいし、個性のある農業に僕は惹かれます」
大竹さんは、同じ苦労でも、誰かの求めに答えようとしてする苦労と、誰からも求められない状況でのそれは、虚しさが全く違うとも言う。「震災直後の数年間は、農作物は作っては捨てての繰り返し、それが終われば保証の請求書類の作成、さらに、離れていった取引先への売り込み電話をかけ続け、たまに電話を受けると、心配どころか取引中止の電話しか来ない。今まで一緒にいた人が離れていった寂しさや求められない孤独の辛さは、辛いという言葉じゃ全然足りなかった。その絶望のどん底からの今だから、求められることがどれだけ有り難いことか。無農薬野菜はカラスや虫などに食べられることがしょっちゅうですが、それは悔しいけれど、でも、求められている限りまた頑張ろうという気持ちになれる。篠原さんのように、本気で野菜を作っている小さな生産者の仕事に理解のある卸し先は、大きな心の支えです」
「生産者を消費者にしっかり紹介してくれることが、どれだけ僕らの救いになるか。だから篠原さんの新店の内装も、できることを手伝いたいと思って棚やカウンターを作りました」。互いに力を合わせれば、もっと大きなものを生み出せる。2人には、信頼をもとにした共通の想いがあるように見えた。
◎ニッケイファーム
https://www.facebook.com/nikkeifarm
地元の旬を味わえるレストランであるために
イタリアン、フレンチ、スパニッシュなど、さまざまなスタイルを料理に活かす「勇菴」オーナーシェフの矢吹勇逸さんは福島の鮫川村出身。地産地消は店のテーマでもある。
「篠原さんからは週に2回、おすすめの旬の野菜を届けてもらっています。僕は福島の人間なので、できるだけ福島産のものを使いたい。それから、小さな店なので食材もロスがないように、必要以上に頼まない。篠原さんと出会ってからは新鮮なものを少量ずつ購入するのも可能になったし、彼のおかげで地元の野菜にも詳しくなれました。また、味はいいのに見た目が悪いからと流通から弾かれる野菜も、積極的に使って料理に活かしています。料理人の技術があれば、野菜の無駄なロスも減らせます」
「福島は食材が豊富な土地で、僕の出身地の鮫川村の実家からは、毎年春になるとタラの芽やコシアブラなどの山菜がたくさん送られてきます。逆にしのやさんに提供することもあるぐらい、箱いっぱいに届くんです。そんな福島の食文化の豊かさを、自分の世代の料理人が発信して、お客様にも興味を持ってもらえるように伝えて行きたい。篠原さんも僕も、見ている方向は同じだと感じています」
◎逸品の店 勇菴
Instagram @__ippinyuuan__
自分の住んでいる土地に誇りを持ち、
気持ちのある食卓を増やしたい
昨年からのコロナ禍で、篠原さんの店も一時休業するなど大変な時期が続いている。今も完全に状況が戻ったわけではない。そんな中、外出制限などで需要が激減した飲食店に対して、震災で苦労した生産者は、かけてくれる言葉が違ったという。また、ある人は無償で食材を提供してくれたり、ある人は、希望を込めてだるまをプレゼントしてくれたり。痛みを知るもののそれは、本当にあたたかく有り難かったという。
「会社は“公器”、つまりみんなが幸せになるための道具であるべきだと思っています。こんなことがあったら楽しい、これは世の中のためになると思うことを、会社で実現していきたい。そして居酒屋に関しては、福島に来ないと食べられない、飲めない、というものを提供する場所にしたい。県外から、わざわざ訪ねたくなるような場所にしたい。だからこそ、これからも福島の食材と日本酒という武器で勝負します」
自分の住んでいる土地に誇りを持てるようになって、気持ちのある食卓を増やしたい。そんな篠原さんの想いが、彼のすべての原動力だ。
「居酒屋しのや」で提供される料理より:
◎旬鮮直 食材しのや
福島県郡山市桑野3-15-6クローネ郡山Ⅱ
☎070-1148-6179
10:00~18:00
オンラインショップ
Instagram @syokuzai_shinoya
◎居酒屋しのや 郡山駅前本店
福島県郡山市駅前2-6-3メッソビルB1
☎024-983-0081
17:00~24:00
日曜休
◎問い合わせ先
福島県郡山市農林部園芸畜産振興課