フランスの米と水で醸す日本酒を
SAKE醸造家 マリコ・レヴェイエさん(Mariko Léveillé)
2021.12.27
日本酒の海外進出が近年注目される中、ヨーロッパに拠点を置き、日本酒造りに奮闘する若い日本人女性がいるという。
可憐さを残した初々しい佇まいのマリコ・レヴェイエさん。そのプロフィールはかなり個性的だ。舞台衣装の世界から一転して日本酒の世界に飛び込み、奈良の蔵元で中世から続く伝統的な酒造りを学び、昨年(2017年)にはこの蔵で欧州市場向け銘柄を立ち上げた。現在はベルリンに住み、秋にはフランス南西部で蔵を立ち上げる予定だ。
酒造りを始めた理由がふるっている。「初めて日本酒を飲んだ時においしかったので、自分でも造ってみたいと思ったんです」。手仕事が好きというそれだけで。
彼女の母親は洋裁上手で家中に布やボタンが溢れていた。服は幼い頃から母の手製。ごく自然に自分でも服を作るようになり、高校では、演劇部で舞台衣装を担当。 その後服飾専門学校に通い、 アパレル業界でのOL生活を経て、フランスに移住する。
パリでパタンナーとして働いていた時、知り合いのフランス人に連れられて入った店で初めて日本酒のおいしさに開眼したが、その後移り住んだベルリンではおいしい日本酒が手に入らず、ならいっそ自分で酒造りをしてみようと思い始める。
「当時は何も知らなかった。ビールみたいに自分で造れるものだと思っていました」
思いついたらなんでも一度はトライしてみるというマリコさん、新潟の地域活性プログラムに参加し、半年は米作り、半年は酒蔵での研修を行う。初めての米からの酒造りは 「単純に、楽しかった。太陽の下で体を動かす農作業は、本当に気持ちよくて。植物が伸びていくのを見るのも」。
後に、酒造りの世界に入る決定打となる。「同じ“つくる”でも、服を作るのと酒を造るとの一番の違いは、お酒は生き物だという点にあると思うのです」
酒造りの醍醐味とは
自分には完全にコントロールしきれない領域があるのが酒造りの醍醐味だとマリコさんは考えている。だからこそ、人為的に味を設計していくのではなく、自然に委ねる酒造りをしたかった。全量、蔵付き酵母で醸す美吉野醸造の扉を叩いたのも、それが理由だ。ベルリンから履歴書を送ったため、美吉野醸造の橋本晃明専務は、ドイツ人かと思ったそうだ。
季節雇用社員として酒造りに携わって2年目のこと。橋本専務からヨーロッパ向け銘柄の立ち上げプロジェクトを任される。酒質設計から始まり、醸造、パッケージング、販売、マーケティングまで。
「酒造りだけではなく、ヨーロッパに紹介、販売するところまで責任を持たなければならない。ここで挑戦しなければ今後ヨーロッパに行っても意味がないと思いました」
タンク1本を任され、取り組んだのは野生酵母の酸を活かした山廃造り。「ヨーロッパではいまだに、日本酒は蒸溜酒だと思い込んでいる人が多いので、その誤解を解くために、真逆の商品を提供したかった」。そのために、仕込み水の一部に酒を用いる仕込み方を採用し、14度、甘めのワインのような味わいに。ファッション業界時代の腕を生かし、瓶の形も、ラベルも、英語でのウェブサイトも自分でデザイン。販路拡大のための試飲イベントなども積極的に行う。2017年に発売した「ナチュール・ナチュール」は大好評を博する。
その折、海外から視察に来ていた醸造家グループに出会う。「彼らは日本酒造りができる人材を探していて、私はヨーロッパで日本酒を造れる場所を探していた。願ってもない出会いだったんです」。意気投合して、新蔵、ブラッスリーシュヴァリエの共同経営者に。日本に近い軟水を水源に持つ場所をフランス南西部マザメに見つけ、現在は実現に向け様々な準備中だ。
日本酒造りが存在しない場所に蔵を建てるのはたやすいことではない。フランスでは工事期間が長引くことはしょっちゅうだし、日本にしかない機材や道具、または輸入しようとしてもヨーロッパの認証に対応していないものもある。精米機は高価なため、精米済みの酒米を日本から取り寄せざるをえない。来年(2019年)の1月から稼働というところまでこぎつけた。試験的に低精白のフランス産米を使った醸造も行うという。
将来は仏産米と水で醸したい
国境をまたぎ、次々と新しいプロジェクトに取り組むマリコさん。波乱万丈に見えるが、自分では大変な覚悟をしてきた意識はないという。「自然な流れなんです。いい時にいい場所にいていい人に巡り合った。将来的には、フランス品種の米を作り、自分で精米し、酒造りをしたい。フランスの水と米で醸してこそ、初めてフランスの酒と言えると思うんです」。マリコさんの日本酒は、彼女の人生と同じように、飲む人を優しく驚かせる味になるに違いない。