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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

早川紀子さん(はやかわ・のりこ)

手打ちパスタ道具職人

Sep 27, 2021

text by Reiko Kakimoto / photographs by Hide Urabe
情熱と忍耐でやり遂げなさい、と

コルツェッティ。美しい模様が刻まれた木製のスタンプのようなこの道具は、イタリア北西部・リグーリアに伝わる、メダル型パスタを作る際に使われる。伸ばした生地を2つのコルツェッティで挟み、ソースが絡みやすいような模様をつけるものだ。

こうした伝統的な木型を作れる職人は、イタリア全土に3人しかいないと言われている。今にも絶えようとしているこの技を日本で引き継ごうとしているのが早川紀子さんだ。なんと木工の世界に入ったのは2017年という短いキャリアながら、イタリア料理のシェフたちから、すでに多くのオーダーが入っているという。

道具に一目惚れしてイタリアへ

そもそも食の世界に入ったのは点心師になりたかったから。「仕込みなら何時間でもできる。包丁を使うのも、細かい作業も好きです」。でも新メニューを考えたり、皿に表現するのは難しい。「食に関する何かには携わりたいけれど、料理は作れない」と思っていた、と早川さんは苦笑いしながら振り返る。大箱のレストランが長かったのも、レシピがあらかじめ決まっていて、アレンジの必要や余地がないからだ。

豊かな自然の景色に魅せられて、白馬のペンションや、イタリアのアグリツーリズモで働いたり。コルツェッティと出合う前の早川さんは、自分のどこかに適切なパーツが足りなくて、逡巡しているような印象だ。イタリア料理人の夫と結婚し、同系列の店で働いた時に、運命の出合いがあった。

「仕込みでコルツェッティのパスタを作ったんです。その時に、現地の木型職人の1人、ピチェッティさんの木型を持っている人がいて・・・。一目惚れでした。イタリアでも今、手彫りできる職人さんは3人しかいなくて、皆高齢で後継者がいないと聞き『それなら、私が行かなきゃ!』と思いました。いつまでもその気持ちは消えなくて」

その後、「エノテカ・アリーチェ」の食材店で働いている時も、その思いは強まるばかり。出入りをするインポーターさんなどに「コルツェッティを作る人に会えたら、作りたいと言っている日本人がいると伝えて」と話していたところ、とある料理人さんが職人さんを紹介してくれるという。渡りに船で、イタリアに行くことにした。

「師匠に会う前に変な癖がつくといけない」

早川さんが凄いのは、現地に着くまで一度も彫刻刀を握らなかったということだ。敢えて練習を封印し、旋盤を回して木材を削る技術だけを(なんと3カ月で!)習得してイタリアに向かった。

コルツェッティの模様は、家紋などがモチーフになっている。木目とは垂直方向に削るため、深く彫るのが難しい。現地価格に近い¥5,500/個で販売している。お店のロゴなどオリジナル柄は、プラス¥1,100で応相談。

現地の風を伝えたい

コルツェッティの木型職人は沿岸に2人、ヴァレーゼ・リーグレという山間部に1人いる。早川さんが師事したのは、山間部のピチェッティさんだ。彼は手彫りスタイルだが、他の職人さんは彫刻刀を木槌で叩いて彫ったりする。呼称も沿岸はコルツェッティ、山間のものは「クロゼッティ」という。サイズも若干クロゼッティが大きいのだとか。

「実はピチェッティさんのところにいたのは、正味2日間なんです。作っているところを見せてもらって、一緒に彫って、こうやるんだと教えてもらって。だから修業でもなくて、研修」と、早川さんは言う。しかし帰国してすぐに工房にこもり、彫りの練習を始め、1カ月後に初作を完成させたというのだから、恐ろしい集中力だ。

完成品を写真に撮って師匠に送ったら、一言「ブラボー!」とだけ返事があった。「何を作ってもブラボーしか返信がない(笑)。その言葉を信じるしかないですね」

師匠の教えは「とにかく深く彫ること。深ければそれだけ、パスタにソースが絡みやすいから。あとは情熱と忍耐力を持ってやりなさい」。その言葉を胸に、週2日の仕事の休みは、1日も残さず工房での作業に費やした。何かに憑かれたようにコルツェッティを作り続けていた。

料理人さんたちに見てもらうと、思いの外反響があり、口コミであっという間に評判が広がった。「アリーチェで4年間働いて、多くの料理人やインポーターとの関係性ができていたのが大きかった」と振り返る。肉をのせるボード、お店の看板など、木工でできるものの注文も来るようになった。

「イタリアの各地でなくなりつつある調理道具があります。それらが完全になくなる前に行って、見て、私が継いでいきたいです。誰かがやらないと残らないから」

2018年5月、「風を感じる工房」という意味の、「Bottega Sentire il Vento(ボッテガ・センティーレ・イル・ヴェント)」名で独立をした。現地の風を感じて、文化や歴史を丸ごと道具に込めたいと願ってつけた名前だ。いつか、イタリアからも注文を受けるのが、早川さんのささやかな夢だ。

ハンガー、看板からキタッラの器具まで。「挑戦するのでご相談を」というのが早川さんのスタンス。注文の品の範囲も増えている。

(写真左)上下の木型は木目が繋がっているのが特徴なので、どこか失敗しても、一から作り直しだ。旋盤にかけて削っていく。工房内には技術の高いスタッフがいるため、相談することも。
(写真右)硬いブナの木材を削るため、彫刻刀はすぐに折れたり摩耗したりする。「削っていると、木が固すぎて体の方がずれてしまう」という。今後は金属を使った調理道具にも挑戦する予定。

 

◎ Bottega Sentire il Vento
okiron819@gmail.com

雑誌『料理通信』2018年12月号掲載)

 

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