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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

「世なおしは、食なおし」

フードステイツマン 高橋博之

2024.08.22

text by Reiko Kakimoto / photographs by Masahiro Goda
食べ物付き、の月刊誌。

『東北食べる通信』を見たことはあるだろうか。オールカラーのタブロイド版、食べ物つきで1号2580円(送料込み)※2015年取材当時。月刊で1号で人の生産者に密着し、深いストーリーを伝え、後半ではレシピやその食べ物、地域の紹介が続く。定期購読者は1500人。2015年現在、300人が予約待ちだ。


編集長で発行元「NPO法人東北開墾」代表を務めるのは高橋博之さん。毎月、デザイナーで撮影もこなす玉利康延さんと取材し、泊まり込みで編集をする。発足時には復興庁等の支援を得たが、現在は単月黒字が続く。収入のメインは雑誌の売上と、後述するCSA活動。「一種の社会貢献活動ですが、自分で稼いだお金じゃないと続かない」と高橋さん。この仕組みが評価され、2013年にはグッドデザイン金賞を受賞した。

同時にこのモデルを全国に広げるため「NPO法人日本食べる通信リーグ」を設立し、東北以外の地域の「食べる通信」創刊をアシスト。発行元は地域に根ざしたNPOのほか、漁協や企業も。雑誌製作や仕組みづくりのノウハウを共有しつつ、ロゴ、雑誌サイズ、価格、発行頻度は発行元が自由に決められる仕組みだ。

思い通りにならない人生

18歳、「二度と故郷には戻らない」と啖呵を切って上京。大学時代にアルバイトで報道番組のADを経験し、ジャーナリズムへの憧れを持った。新聞記者を目指し入社試験を受けること100回以上。就職浪人3年目に、見かねたOBが代議士秘書のアルバイトを紹介してくれた。1年間勤め、その経験をもとに再び記者を目指すが夢は叶わず。

「でも目標に向かって何度も挑戦するうち、様々な形で助けの手を差し伸べてくれる人もいた。大きな力に導かれるように次の目標も見えてきました」。そして政治で地元に貢献したいと帰郷。「どのツラ下げて、ですよ。両親には、何の背景もないのに県議を目指すなど恥ずかしいと言われました」

帰郷の翌日から、高橋さんは辻立ち演説を始める。朝は畦道に立ち演説、昼は有権者訪問、夜は商工会議所の宴席にもぐり込む。県議会議員の選挙では、花巻市300の公民館すべてをまわり、計480回の車座集会を行った。集会では1時間自分の思いを語り、1時間は参加者の要望を聞いた。

「共感と参加という、現在していることの原型がある」と高橋さん。要望の内容をすぐに調べて、出来ないこともすべて回答を出したら「返事をもらったのは初めてだ」と驚かれた。結果はトップ当選。地縁の強い土地に新風を吹かせた。

議員時代、目を開いたのは豊かな郷土芸能だ。しかし担い手がいない。農家の息子は都会にいるからだ。「損得の世界で、縄文時代から続いてきた集落がどんどん潰れていく。非効率で生産性がないからと排斥されるのは、障害者、高齢者、一次産業、地方のすべてに当てはまる。命の価値としては等しいはずなのに」。そんな価値観を変えたいと思っていた時、震災が起きた。

震災後、都会から多くのボランティアが訪れた。そこで初めて生産者と消費者が出会い、消費者が「自分ごと」として食材や生産者と向き合った時、両者が違いを理解し変化したのを肌で感じたという。「農山漁村にこそ希望の種を蒔く」と出馬した知事選に敗退した時、思い返したのはあの感覚だった。今度は事業者として、生産者=消費者の関係を変えよう、と。

『東北食べる通信』は、基本的に髙橋さんとデザイナーの玉利康延さんの2人が中心になって作る。玉利さんはNPO法人「カタリバ」、「西粟倉・森の学校」、「100万人のキャンドルナイト」などのソーシャルビジネスのデザインを手がけてきた。

食を通じてふるさとをつくる

一次産業というと遠く聞こえるが、誰もが食べる。「背景を知って食べるといっそうおいしい。そこから生産者への興味を持ってもらえたら」。以前、ある牡蠣農家から自慢の牡蠣を1個100円で売りたいと相談された。30円で漁協に卸すままだと、価値も伝わらずじり貧になるのだ。そこでフェイスブックを通して牡蠣が出荷されるまでのストーリーをつぶさに紹介したところ、多くの人が喜んで購入してくれたという。これが「食べる通信」の雛形となった。目的は部数を増やすことではなく、生産者と消費者をつなぐコミュニティ作りの入り口を作ること。だからお互いが顔を覚えられる1500人を上限部数と決めた。

最終的にはCSA(Community Supported Agriculture)、1人の生産者を複数の消費者が支える仕組みを作りたいという。欧米で広がる、消費者・生産者の新しいつながり方だ。アメリカでは地産地消ができるローカルコミュニティが中心だが、高橋さんは都市と地方のより広範な「地図上にはないコミュニティづくり」を目指す。「食べる通信はその入口。気になった生産者がいたら、繋がって応援したり産地を訪ねたりして、自分のふるさとにしてほしい」

食はフラットだ。食べる人すべてを受け入れる。だからこそ、食には社会を変える力がある。「世なおしは、食なおし」にはそんな思いが込められている。

食材と雑誌を梱包という斬新なスタイル。「業界を知らなかったからできたこと。」極寒の漁協で梱包・発送作業をすることも。

「これが僕の家です(笑)」と髙橋さん。PC関係、仕事に関係する本、着替えなど。格好はラフ、「素足が好きだから」と雪駄が定番スタイル。

試食イベントや、くるまざ交流会、産地訪問会など、読者イベントも多数開催する。「この雑誌は、生産者と読者の“お見合いの場”なのです」と髙橋さん。

◎NPO 法人 東北開墾 
http://kaikon.jp/

(雑誌『料理通信』2015年12月号掲載)

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