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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

いつでも、どこでも「へい、お待ち!」

ノマド魚屋 浅井和浩・有美

Jul 25, 2022

text by Reiko Kakimoto / photographs by Daisuke Nakajima
魚と人をつなげたい

住所を持たない「ノマド」な魚屋だ。
業務内容を大きく分けると、ケータリングと魚捌き教室の2つ。シェアハウスやオフィスなどにピチピチの魚を持ち込んで、解体ショーから刺身盛りまでライブで行う。

お魚捌き教室は、築地を巡り、一般客でも買いやすい仲卸を訪ね、紹介しながら鮮魚を買い求め、近くの調理室で刺身におろす。

法人とのタイアップも増え、お見合い会社のイベントや親子の食育教室に加え、海外観光客に向けた日本の観光情報サイトとの連携ツアーも少なくない。

目標は「魚と人をつなげること」。「特に(一尾)丸の魚に対する心理的なハードルを下げたい。百円均一で買った包丁1本でも、魚は捌ける。キーボードタッチや自転車と同じように、練習したら誰でもでき、料理の幅が一気に広がる。より豊かな生活の楽しみを知ってもらいたい」と「魚屋あさい」の浅井和浩さん。


ある日、父は漁師を目指した

和浩さんが小学生の頃、電機メーカーに勤めていた父が突然、漁師に「休日弟子入り」した。これが和浩さんと魚との最初の出合いだ。「とにかくパワフルな父で、今は農家になりました(笑)。父を手伝い、休日に地引網を引いたり、百本以上揚がった太刀魚をひたすら捌いたりするうち、中学を卒業する頃には一通りできるようになっていました」

自分も漁師にという気持ちはわかず、和浩さんは就職。「しかし会話もなくパソコンに向かう生活が肌に合わなくて。一度地元に帰る時に思い出したのが魚のことでした。一生の仕事にという強い気持ちはなかったのですが、第一次産業、特に魚の流通や市場を見てみたいと思ったんです」
地元・沼津の仲卸で働き、鮮魚の流通を理解し始めた頃、折しもインターネットを通じて地方や築地の仲卸業者同士が情報交換できる仕組みも出来始めていた。

「中央卸売市場を通さない、一種の市場外流通ですね。僕もしましたが、北海道や青森、沼津、高知など、今日何が揚がっているかをメーリングリストやミクシィのコミュニティ欄に流して、手を挙げた仲卸に売るんです。中央卸売市場を通すと日数もかかるし、マイナーな魚は目立たない。そうした網からこぼれてしまう魚を、地方の仲卸が直に取引できるような仕組みづくりが徐々にできてきました。またネット売買もできるようになった時代でもありましたね」。新しい流通の形の夜明けを感じ、「もっと何かができるはず」と和浩さんは上京する。


最強のパートナー

今につながるビジネスモデルを見出したのは、友人のホームパーティだ。「魚が食べたい」というリクエストに応え、沼津から魚を取り寄せた和浩さん。発泡スチロールの箱をゲストの見る前で開けると、予想以上の歓声が上がった。丁寧に捌いた魚が、あっという間に食べられるのを目の当たりにし、「すごいことが起きている」と身震いした。

居酒屋の刺身盛りは代わり映えのしない一般魚が多いし、本腰を入れて食べようと思うと1万円以上の出費を覚悟しなくてはならない。「もう少し気軽に魚を楽しんでほしい」と始めたケータリングが、徐々に口コミで知られるようになった。

妻の有美さんと出会ったのは、その少し前のこと。東京の大手広告会社でイベント運営や編集などの仕事をしていた有美さんは、結婚、出産を機に退職する。
「育児といっても時間はあるし、社会との接点も欲しかった」という有美さん。ちょっと手伝うつもりが、あっという間にホームページを立ち上げ、イベントの企画運営、法人への営業(なんと1年で10社と契約!)と八面六臂の大活躍をする。「妻が関わってから、一気に“仕事”の形になりました。英語も喋れるから外国人向けのクラスも開講できるし、魚屋の自分にはない発想力を持っています」と、和浩さんは妻を評価。

市場で魚を買い、近くの調理場で魚を捌くという、ライブ感あふれる「お魚捌き教室」。有美さんが英語で開催する回は、海外観光客で大盛況。

豪華な尾頭付き刺身盛りのほか、前菜や煮(焼き)魚、バラチラシ、あら汁などが付くケータリングコース。シェアハウスに呼ばれることも多いとか。30人程度集まれば、1人3000~4000円程度と割安だ。


一方、魚の目利きはもちろん、築地ツアーでお世話になっている仲卸との関係は、和浩さんのキャリアがあってこそ。これ以上ない最強のパートナーシップだ。

目下の取り組みは、家庭に丸のままの魚を届ける仕組みづくり。築地市場の仲卸の中には、買い過ぎた魚など、安くてもいいから引き取り手を欲している鮮魚が一定数あるという。そうした旬の魚を引き取り、各家庭に手ごろな価格で届けたいという。
2016年中には始動予定というこの仕組みを買い支える客層は、期せずしてケータリングや魚捌き教室の参加者が下地となった。

市場から直送するから鮮度も抜群。下処理は出荷前に市場でもできるし、なんだったら出張して刺身もござれ。なるほどこれなら固定した「店」は要らない。「魚屋あさい」は、「へい、お待ち!」と軒先まで来てくれるような、もっと身近で軽やかな形態の魚屋さんなのだ。

「日本野鳥の会」(野外フェスなどで、若者に人気!)の長靴。畳んで持ち運べるのが便利。ノマド魚屋必携の道具だ。

刺身の盛り合わせなどに使う木箱。元々は釜揚げしらすを入れるセイロとして使われていた。尾頭付きを盛るのに丁度よい深さとサイズ。

◎FISH & DISH 魚屋あさい
東京都杉並区成田東2-33−9
☎ 03-4400-5320
https://www.fishanddish.com/

(雑誌『料理通信』2016年8月号掲載)

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