焼津「サスエ前田魚店」前田尚毅さんの1日
全国区の魚屋になっても静岡ファーストは譲らない
2022.06.02
text by Kyoko Kita / photographs by Kiyu Kobayashi
60年以上続く町の魚屋でありながら、全国の料理人から絶大な信頼を寄せられる魚の仕立て人、前田尚毅さん。
地元を牽引する魚屋としての矜持を貫き、豊かな漁場を前に新鮮な魚がもつ味と香りを届ける前田さんの魚仕事に迫ります。
【13:30】
チームで客を喜ばせる
夕方4時近く。2時間前に御前崎港で揚がったばかりの魚を積んだ小型トラックが、焼津の「サスエ前田魚店」に帰ってきた。職人たちの威勢の良い掛け声と共に作業場に緊張感が走り、魚は手早くシートの上に並べられた。100 尾近い金目鯛に、サヨリ、サワラ、ハマグリ。店主の前田尚毅さんは、胸元がオーロラのように輝く大振りのカツオを見て、「めちゃくちゃ良い!」と目尻を下げ何度も繰り返した。
サヨリは身体の中心を持っても頭から尻尾の先までピンと反り返っている。「3時間前まで泳いでいたからね。これを今夜、『成生(なるせ)』で使うんですよ」。今や全国の食通が何カ月も予約を待つ静岡の名店「てんぷら成生」。店主の志村剛生さんとは10年以上前から二人三脚で歩んできた。「成生」だけではない、この作業場からは日々、名だたるすし屋、和食店、レストランに魚が届けられる。
【15:40】
「まずは地元の元気な店に声をかけて、あとは早いもの勝ちです」。注文の電話に応えながらも、ずらりと並んだ魚たちを一尾一尾見て、時に腹の辺りを触り、どの魚をどの店に送るか振り分けていく。その最中にも、前田さんが太鼓判を押す地元の若い料理人がやって来て様子を見守っていた。
「いつもお任せで買わせてもらっています。尚毅さんはCTスキャンのように魚の脂のりや水分を瞬時に判断するんです。僕がどんなふうに焼くかも考えて魚を選び、提供時間まで逆算して冷やし方を変え、店にもよく食べに来て、次はこうしてみようと提案してくれます」と、市内の和食店「茶懐石 温石」の杉山乃互(だいご)さん。前田さんのもとには、料理人だけでなく漁師も頻繁に訪ねてくる。
「どういう魚が旨いのか、獲った後の冷やし方などいろいろ教わっています」と、前田さんの旧友であり40代で夢を叶えた漁師1年目の山内正晴さん。そんな剥き出しの向上心に前田さんは、「思いを共有してくれる漁師が持ってきてくれる魚はどんなものでも買い取ります。自然が相手だから魚種は選ばない。その代わり、良い状態で持ってきてもらえるよう注文はします。漁師、魚屋、料理人が一つのチームとして結束すれば、もっとお客さんを喜ばせることができるはず」
【16:30】
波、風、漁師の心理を読む
実はこの日、午前中に飲食店から注文が入っていたのを、前田さんは夕方まで待たせていた。「波や風の向きが午後から良くなることがわかっていました。しばらく時化が続いて漁に出られなかった船がここで一気に出る。量が捕れれば価格も下がります」。状況を伝えると、前田さんに全幅の信頼を置く料理人は納得して電話を切ったという。読みは見事的中し、2週間ぶりの大漁となった。
毎朝3時、前田さんは漁師や県の試験場、各市場などから情報を集め、漁師の心理も読んで、どの浜に行くか狙いを定める。仕入れた魚はすぐに仕分けして発送、あるいは料理人自ら引き取りに来る。一緒に水揚げされた魚が市場に並ぶ頃、前田魚店が出荷した魚は地元の料理店では、もうまな板の上。「前浜ならではのライブ感を大事にしたいんです」
水揚げ3時間の鮮度
地元の飲食店だけでなく、配送に2日かかる北海道の店にもピークの状態で届ける努力を怠らない。前田さんが重視するのは、何よりも鮮度だ。「熟成させるという考え方も確かにある。けれどうちは、3時間前まで泳いでいた、この鮮度感のまま届けたい」。そのために欠かせないのが「冷やし込むこと」。ただ冷やせば良いという話ではない。氷水だけで6種類を使い分ける。海水の塩分濃度や氷の厚さを変え、その氷水を対流させてさらに温度を下げたりもする。「冷やし方一つで身の締まり具合や旨味の出方をコントロールできます」
鮮度を生かし旨味を引き出す技がもう一つある。おろした魚にヒマラヤ岩塩を振り、斜度をつけた板にのせて余計な水分を抜く「脱水締め」だ。塩の振り方、斜度、時間をその都度変えていることは言うまでもない。
【18:00】
閉店後の18時半、作業場に「威風堂々」の音楽が流れ、発送作業はいよいよクライマックスを迎えた。箱詰めは若い衆の仕事かと思いきや、すべて前田さん自身が行う。集荷の締切時間が迫っていることを職人たちに急き立てる大声とは裏腹に、前田さんが魚を扱う仕草はどこまでも丁寧だ。「チーム」の要として、できることをやり尽くしてバトンを繋ごうとする執念が伝わってきた。
【18:30】
<前田さんの魚仕事>
1冷やし込み
「揚がった魚を鮮度のいい状態で芯まで冷やし込む」が前田さんの信条。魚の筋力、状態に合わせて海水の塩分濃度や氷の厚さを変え、魚の体温が上がり細胞膜を壊す酵素が働き出すのを防ぐ。
2脱水締め
「鮮度のいい状態で魚の余分な水分を抜くと旨味が持続する」と前田さん。脱水のスピードによって早いと身がぎゅっと締り、ゆっくり脱水すると火入れしてもパサつかないと言う。
3集荷ぎりぎりに梱包
輸送時の状態で魚の味は変わるため、梱包作業は前田さん一人で行なう。宅急便の最終受付の前30分が戦場となる。「顧客の運送コストを抑えて、いい魚を買ってもらう」ため、なんと常温便で発送。ただし梱包の仕方とぎりぎりまで作業を待つことで届いた荷物は氷が溶けていないとシェフ談。
◎サスエ前田魚店
静岡県焼津市西小川4-15-7
☎ 054-626-0003
10:00~18:00
日曜、第2・4水曜休
JR焼津駅、西焼津駅より車で10 分
https://sasue-maeda.com/
※新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため要請に合わせて営業時間が変わることがあります。
(雑誌『料理通信』2020年4月号掲載)
◎掲載号はこちら
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