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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

丸若裕俊さん(まるわか・ひろとし)

プロダクトプロデユーサー/プロジェクトプランナー

2019.12.01

日本各地で培われてきた伝統工芸に時代の息吹を吹き込み、現代に生きる存在として再構築するという提案を行なってきた。その延長で、茶の世界へ活動領域を広げ始めたのが2年前。
昨年、茶の栽培から販売までを手掛ける会社を設立し、NEXT STAND TEA HOUSEと銘打つ「GEN GEN AN」をオープン。
伝統工芸のプロデュースと並行して、高水準のGREEN TEAシーンを牽引する。

text by Sawako Kimijima /photograph by Masahiro Goda




伝統を刷新する。

江戸前期(17世紀)の古九谷の大皿に衝撃を受けたことが、現在の仕事のきっかけである。当時、23歳。それまではファッションの世界に身を置いていた。
古九谷の衝撃が大きかった反面、現代の作品に対する落胆も大きかったという。かつてあったはずの圧倒的なパワーが抜け落ち、日本の伝統工芸はぬけがらになってしまっているのではないか。そう感じたことも今の仕事の動機のひとつだ。
何の伝手もないままに窯元をはじめ多種の職人を訪ねてはコミュニケーションを重ね、200以上の伝統工芸の職人との関係を築き上げる。08年、PUMA×九谷焼プロジェクト――自転車のサドルとハンドルを上出長右衛門窯が制作――のプロデュースで一躍名前を知られるようになった。

伝統工芸に新しい視点と空気を持ち込む仕事の性質から"日本文化の再生屋"と呼ばれる丸若さんは、14年、パリのサンジェルマン地区にギャラリー「NAKANIWA」をオープン。フランスの日常を体感しながら、海外での暮らしに日本の伝統文化はどう位置付け得るかを考え始める。翌年には、有田焼創業400年事業の一環で、フランス人の有田焼の受け止め方を探るマーケティングリサーチ「SEEDS of ARITA」にも参画している。
器から茶へ
パリと日本を行き来するようになった丸若さんの傍らには、いつも茶があった。軽くて保存性に優れるなど手みやげとして卓越。共に飲めば会話が弾む。茶を介して互いの文化の違いが見える。茶はコミュニケーションを加速度的に前進させるツールだ・・・・・・と、茶の可能性に目覚め始めたちょうどその頃、出会ったのが佐賀県嬉野の茶師、松尾俊一さんだった。
「パリのギメミュージアムから有田焼の日常的な使い方をレクチャーするワークショップの依頼を受けた。そこで、日本酒、和菓子、日本茶を有田焼で体験する企画を立てた際、窯元さんに紹介されたんですね」

丸若さんと松尾さん、問題意識が同じだったのだという。
「日本の伝統文化の成り立ちやあるべき姿を考えると、伝統文化の現状に対し『そうじゃないだろう』と思う点が多々ある。僕は工芸に、彼は茶に」 
生産性の高い品種に植え替えられ、機械化され、均質化されていく量産型の茶づくりに組みせず、在来の茶樹で栽培し、薪による釜炒り製法に取り組んでいた松尾さんと意気投合。手を携えてEN TEAを立ち上げ、同時に茶葉店「GEN GEN AN」をオープンした。

16年秋開催の「DINING OUT ARITA&」で器をプロデュースした経験も丸若さんの背中を押したという。「料理のコンセプトを聞いて、食材、色彩、形状を思い描きながら、器の造形や色を導き出していった。ディナー当日、器と料理が一緒になった時の高揚感は忘れられない」。

料理によって、器はさらに輝く。その体験が仕事の領域を食へと拡げさせた。
「良い器があれば、良い茶を飲みたくなる。良い茶があれば、良い器が欲しくなる。互いに引き合うものでしょう?」


土地の個性と茶樹の個性
「茶をやるなら、単なるバイイングではなく、栽培者と組んで土から向き合わないと、自分が目指す茶にならない。伝統工芸の作家たちとコンセプトワークから共に手掛けるように」
松尾さんと連携して作る茶の基本は、土地の味を茶葉に映し出すことにある。

「彼は茶農家の生まれながら、脳科学を学び、医療機関で言語聴覚士として働いていた。就農が遅かった分、徹底的にデータを取って栽培と製茶に取り組むんです」
土壌、日照、気温、品種をはじめ、月齢と生育の関係、月の満ち欠けによって茶の香りや風味がどう変化するかまでデータを取って探求する。

栽培と製茶の拠点は佐賀県嬉野。15世紀半ば、平戸に渡って来た明の陶工が茶栽培の適地を求めて移住し、自家用の茶樹の栽培を伝えたことに始まる伝統の産地だ。明から導入された南京釜によって「釜炒り玉緑茶」という独特の製法――精揉(茶葉を細長く真っ直ぐに整える)しないため、丸くぐりっとした形状(ぐり茶とも呼ばれる)で、渋味の少ないまろやかな味わいに仕上がる――を持つ。しかし、いつしか茶樹は生産性の高いやぶきた種に取って変わられ、製法も他産地と変わらなくなっていた。
そんな中で、松尾さんは、百年前、二百年前の唐釜を使って、薪で炊いて、嬉野という土地を映し出してきた。「ペットボトルと対になる茶」と丸若さんは笑う。

加えて、従来の茶づくりとは異なるアプローチにも取り組む。
「色、香り、味、すべての要素がどれも高い次元で実現したオール5の優等生を良しとしてきた。でも、人間に得手不得手があるように、茶にも得手不得手がある。香りが良い茶、味に長けた茶、色に特徴のある茶、それぞれ個性がある。僕たちはその個性を特化させる栽培をする」
そして個性を際立たせる火入れとブレンド。そんな茶づくりにも取り組む。
茶が料理の余韻を引き延ばす
口や喉を潤す、料理の味をより豊かに感じる状態に口内を整える、食材の臭みを消す、食材の脂を切る、等々、料理シーンにおける茶の役割は数知れないが、「料理や菓子の余韻をどう引き延ばすかが茶の役割」と丸若さんは考える。飲食店から茶の依頼を受けた時にセレクトで意識するのも"切る"より"延ばす"だ。GEN GEN ANでは、金曜限定で愛媛のジビエのイノシシを使った肉まんを提供するが、「茶が肉の脂を甘くする」と丸若さん。「ワインと料理のマリアージュのような、茶と料理の関係をもっと探求して広めたい」。

店が建つのは渋谷東急ハンズ前。「ここで出す茶ははっきりした味に淹れています。取り巻く情報量が多い場所だけに、飲む人の意識や神経が拡散しているから」

NEXTSTANDTEAHOUSEのキャッチフレーズにふさわしく、容器にティーバッグと水を入れて振るだけですぐ味わえる水出し茶もある。短時間で、色鮮やかに、水でもおいしく抽出される茶葉を使うことで具現化されたアイテム。個性を生かす茶づくりはこんなふうに活かされる。
GEN GEN ANという名は、街角で茶を売りながら禅と茶の本質を説いた禅僧、売茶翁の最期の住まい、幻幻庵に由来する。「根本を見失わず、表現は自由に」。そんな思いを込めている。


◎ GEN GEN AN
東京都渋谷区宇田川町4-8
昭和ビル1F
火・水・日・祝11:00~19:00
木・金・土・祝前日11:00~23:00
月曜休
各線渋谷駅より徒歩5分
www.gengenan.net/

丸若裕俊(まるわか・ひろとし)
1979年、東京都生まれ。アパレル勤務などを経て、2010年に株式会社丸若屋を設立。日本各地で培われてきた伝統工芸や最先端の工業技術に時代の空気を取り入れて再構築し、新たな提案を行う。2017年4月、東京・渋谷に茶葉店「GEN GEN AN」を立ち上げ、9月にはパリの「メゾン・エ・オブジェ」でお茶を題材とするインスタレーションをチームラボと行ない、高い評価を受ける。

























































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