HOME 〉

PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

鈴鹿にも、ナチュラルチーズを、もっと身近に。

チーズ職人& ピッツァイオーロ 久保田将司

2022.10.24

text by Yoko Soda / photographs by Shinya Morimoto
フランスで学び、チーズ職人の資格を取得

近鉄鈴鹿線・鈴鹿市駅から徒歩3分。黒い外壁と牛のイラストが描かれた看板を掲げる店が、久保田将司さんが2017年8月9日に開業したピッツェリア。1階奥には船便でイタリア・ナポリから運ばれて日本伝統のかき落としで仕上げられた薪窯、2階にはピカピカのチーズ工房を備えた店だ。


久保田さんとナチュラルチーズとの出会いは、東京のワインバーで働いていた24歳の時。チーズ販売会社主催の講習会に参加したり、休みにバイクで北海道のチーズ工房を周るうちに興味が深まっていった。「ナチュラルチーズは種類が多く、味わいも香りも様々。熟成期間によっても更に違ってくる。知れば知る程心が躍りました」

学ぶなら元々チーズ文化が生活に根付いているヨーロッパで、と渡仏。本格的な専門知識を得るため、国立乳製品専門学校に通い、チーズ作りの基礎や理論を化学的に学んで足場を固めた後、フランス国家認定のチーズ職人の資格を取得した。卒業後は、国立ナンシー大学チーズイノベーション科に編入。産学官連携も盛んなこの大学で、「これからのチーズを今の社会に実地としてどう生かすか」などを学んだ。並行して、AOC(原産地統制呼称)のチーズ工房を巡って製造現場を学ぶなどし、2010年に帰国。北海道の農業法人でチーズ製造に携わった。


チーズ文化黎明期のベトナムでナチュラルチーズの指導職に

転機は13年。当時、急速に外食市場が拡大しつつあったベトナム・ホーチミンで、本格的なピッツァ窯を導入し職人が焼くピッツァを供していた「ピッツァフォーピース」のオーナーと出会ったのだ。新鮮で本格的なモッツァレッラの入手がまだ難しかったため、チーズ製造部門を現地ベトナム人スタッフと本格的に拡大するという。その指導職を任されたのだった。

元仏領だったベトナムは、欧州の食文化が浸透しやすい土壌。少し前の日本のように、家庭の食卓にもプロセスチーズだけでなくナチュラルチーズが上がるようになってきていた。実際に乳業の国内生産規模が2010年以降の6年間で過去2倍を超えるなど、産業として大きく発展していた。

久保田さんはその波に乗るように、製造と販売提供を行なう。「食べ慣れていない人でも食べやすい味わい」を考え、モッツァレッラやカマンベールの他、裂けるチーズの製造と販売も挑戦し、ベトナム全土とカンボジアへ営業行脚に出る。久保田さんの作るカマンベールは、在ベトナムフランス人からも支持を得、14年にフランスのエスコフィエ協会から日本人初のチーズ職人としてメンバーに選ばれる。

「アジア各国の仏料理人達にチーズ職人として認められ、また違う経験ができました」。フランスとの乳や気候の違いなどの壁も乗り越え、品質の高いベトナム産チーズを作ることができたのは、チーズ製造の技術だけでなく理論から身に付けていたから。現場での修業経験だけでは成し得なかっただろう。

ベトナムのフランス領事館で開催されたエスコフィエ協会ガラパーティーでの、サカール会長との思い出のショット。チーズ職人としての称号が授与され、自らが作ったチーズが晩餐会で供された。


チーズ工房兼ピッツェリアで地域活性

チーズ文化黎明期のアジアでその魅力を伝え広める中で、久保田さんの心の中である思いが去来する。それは、地元・鈴鹿に帰って、自分の手でチーズを作り、チーズ文化を浸透させる事。鈴鹿には幹線道路が通り、車の便はいい。車ですぐの場所に緑豊かな牧場があり、農家に近しい立場で新鮮な乳が入手可能だ。チーズ工房併設型ピッツェリアはぴったりの営業形態。その青写真を描くべく、職を辞して、アジアからインド、そしてヨーロッパへと各国で見聞を広めた。

ナポリの伝統的なピッツァや、北欧の独創的なピッツェリアで刺激を受ける中、「海外での出店も考えました」だが、ベトナムで得た手応えは、酪農が衰退しつつある、生まれ育った町にも必ず生かせるはず。「今、自分が出来ることで、挑戦的に進んでいかないといけないと強く思って」と鈴鹿に帰郷する。

「厳しい環境にある地方の酪農を、チーズを作ることで元気にしたい」と久保田さん。ピッツェリアの休業日。朝6時半、久保田さんは車で15分の所にある牧場まで生乳を取りに行く。戻ってすぐに2階のチーズ工房に入り、加熱、殺菌して加工を始める。モッツァレッラ、ブラータ、リコッタ、マスカルポーネ・・・。こだわるのは、地元のホルスタイン種の乳を使った“メイドイン鈴鹿”のチーズだ。ナチュラルチーズを作っても食べ方がわからない人が地方には多い。だから、食べるところまで自分が提案する。それには、ピッツェリアが一番。家族利用もしやすい業態だ。「テーマはナチュラルチーズをもっと身近においしく、です」

モッツァレラなどのフレッシュや白カビなどが浸透したら、次のステップは熟成のおいしさを伝えること。「仏のチーズ熟成士のように、熟成期間の違いによる味の変化も提案していきたいです」

口溶けの良い仕上がりになるように研究を重ねた「モッツァレラ」と「ブラータ」。「将来的には、白カビのカマンベールタイプ、ラクレットタイプも作りたい」

2階チーズ工房横の壁面に架けられたチーズカッター。今は右下のイタリア製を使用しているが、「フランスのハードタイプやラクレットを作るようになったら、左上のフランス製を使う」と久保田さん。

ピザ生地を寝かせる木箱。ピザボールの大きさと熟成庫のサイズに合わせて、ヒノキを用い、山口県の工房で特注した。ピッツァは常時10種類程。できたてのモッツァレッラを使用した「マルゲリータ」が一番人気。480℃、75秒で焼き上げる。2019年にはミシュランのビブグルマンを獲得。


◎PIZZERIA E CASEIFICIO Motivé
三重県鈴鹿市神戸9-5-20 
☎059-318-4831 
11:00~14:00LO、17:30~21:00LO 
日曜、月曜休
http://mo-ti-ve.com/

(雑誌『料理通信』2018年5月号掲載)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。