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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

世界のキッチンから、リアルな“お家ご飯”を

在日外国人 料理教室運営 棚瀬尚子(たなせ・なおこ)さん

2022.06.13

世界のキッチンから、リアルな“お家ご飯”を 在日外国人 料理教室運営 棚瀬尚子(たなせ・なおこ)さん
text by Reiko Kakimoto / photographs by Daisuke Nakajima
アレンジ抜きの各国家庭料理を学ぶ

外国人のお宅を訪ね、その国の家庭料理を学ぶ。「ニキズキッチン」は、そんな夢のような料理教室だ。2000年に1人の先生から始まった教室は、いま横浜・東京などの首都圏のほか、大阪、福岡でも教室を開講する。流動的ではあるが、毎月平均50人程度の先生がクラスを持ち、生徒の数は月平均1300人程度。去年(2015年)は約1万5000人もが受講した。

運営スタッフは代表の棚瀬尚子さんを含めて10人程度。開催告知や予約受付などのサイト運営のほか、先生へのケアも行う。
「『ニキズキッチン』の教室は、どこを受けても満足できるクオリティがある」と受講生からも好評なのは、棚瀬さんの働きに負うところが大きい。 

また、パン会社とコラボした世界のパン料理紹介、書籍やテレビ出演など、世界の家庭料理を知りたいというオファーも引きも切らない。日本橋三越本店では2015年、地下の惣菜店各店と、31カ国の料理教室講師がコラボし、世界の惣菜を売り出すフェアを開催した。各社から依頼される「世界の家庭料理」の内容から適切な講師をアレンジするのも、棚瀬さんの主な仕事のひとつだ。


食から広がる文化交流

棚瀬さんは、祖父や母の友人の米国人やギリシャ人夫妻が遊びに来る家で育った。異国への興味は強く、棚瀬さん自身もホストファミリー制度に応募し、様々な国の人を家に招待した。その度に本でその国の料理を調べて作り、もてなしたという。

初めて異国の食文化に触れ、異国文化に対する興味と料理がクロスしたのは、横浜の米軍基地にある家庭に英会話を習いに行った時のことだ。
「ある時『スパゲッティーパイ』を作って出してくれました。パイシートでスパゲッティとミートソース、サワークリームを包んでオーブンで焼き、切り分けて食べる料理です。感激し、何度もそのパイを作りました」

しかし実際、外国人家庭との交流は難しい。外国人からは「日本人は『遊びに来て』と言ってくるが、実際には誘ってもらえない」「防犯上、知らない日本人を家に上げるのは怖い」という声も聞いた。交流をしたいと思っている人たちをつなげる手段として「料理教室」はできないだろうか? その一方、セキュリティやプライバシーを守るにはどうするか? 棚瀬さんの頭で少しずつ構想が膨らんでいった。

料理教室の先生たちが帰国時にくれた調理道具。ドイツのスペッツェル器(左)やコスタリカのニンニク潰し(右上)など、お国柄が感じられる。

料理教室の先生たちが帰国時にくれた調理道具。ドイツのスペッツェル器(左)やコスタリカのニンニク潰し(右上)など、お国柄が感じられる。

料理教室の受講風景。原則1講座に6人までという少人数制で、人気講師は受付開始数時間で定員となることもしばしば。友人宅で教わるようなフレンドリーさが魅力。

料理教室の受講風景。原則1講座に6人までという少人数制で、人気講師は受付開始数時間で定員となることもしばしば。友人宅で教わるようなフレンドリーさが魅力。


「ライフワーク」だからできる

2000年、横浜の米軍基地近くのスーパーで「料理教室の先生募集」と張り紙を出した。「あとはスーパーで買い物をしている人をスカウトしたり(笑)、人に紹介してもらって」先生を見つけ、ホームページとタウン誌、メルマガなどで生徒を募集した。当時はインターネット人口が少なかったため集客には苦労したが、逆にユーザーのモラル意識は高く、「(セキュリティなどの)体制を作りつつ続けられたので、始めたタイミングはよかった」と振り返る。出す料理はアレンジ抜きの各国家庭料理だ。「初めの頃、アメリカのお菓子は甘すぎるから、砂糖の量を減らしたら? と提案したことがあったんです。『それでは私の国の料理を教えることにならない』と返されて、全くその通りだと。以来、日本人向きに味を変えないことは一つの指針です」

先生の数が増えてからは、先生同士でレッスンのコツを教えあう仕組みを作った。「趣味ではなく、仕事としたいという人が増えました。日本には、日本語が話せない外国人が働ける仕事場がとても少ないんです」

一方、仕事に対する指示は厳しい。1回の教室で教えるレシピは5品。棚瀬さんが目を通し材料や分量など再現可能なレシピに落とし込む。教室が2年間は続けられるよう、ストックを作る。テーブルコーディネートや写真撮影のアドバイスをすることもある。「献立、レシピ、コスト、時間など、『ニキズキッチン』で守っている基準があります。『不可能だ』と言う人もいるけれど、私自身、10年間すべての料理を作ってきて、可能な要求だとわかっています。結果的には生活がかかっていて、料理への情熱がある人が付いてきてくれますね」

事業は大きくなったが、昔も今もビジネスとしては考えていないという。
「当時、辛いことがあって、どこか逃げ場所が欲しかった。そんな私を助けてくれたのが、料理教室の先生になってくれた外国人の人たちでした。今度は私が助ける番。私にとってニキズキッチンは、ずっとライフワークなんです」※

食を通して、いろんな国の人たちと助け合ったり、会話が自然に生まれる場になれたら。そんな熱い思いが、アットホームな料理教室を支えている。

料理教室を受講していた生徒さんが作ってくれたフォトブック。生徒と先生の距離が近く、アットホームな雰囲気が感じられる。長期に渡って通う“ファン”の多さも、ニキズキッチンの特徴のひとつだ。

料理教室を受講していた生徒さんが作ってくれたフォトブック。生徒と先生の距離が近く、アットホームな雰囲気が感じられる。長期に渡って通う“ファン”の多さも、ニキズキッチンの特徴のひとつだ。

世界の料理写真が載った、手作りのじゃばら型冊子(左上)。教室の内容を説明するのに用いる。料理教室の先生たちのレシピは書籍としても紹介された(右)。

世界の料理写真が載った、手作りのじゃばら型冊子(左上)。教室の内容を説明するのに用いる。料理教室の先生たちのレシピは書籍としても紹介された(右)。


※2022年6月現在、ニキズキッチンではコロナ禍の影響により仕事が減った先生たちの力を活かすべく、「ニキズ・フードクリエイション」という会社を立ち上げています。ブルドックソースのアメリカ版の監修や、テレビ番組のフードプロデュ―スのほか、ウズベキスタンの食に関わる国家プロジェクトへの参画など、多岐に渡り活動中です。

◎Niki’s K ITCHEN 
https://www.nikikitchen.com/

(雑誌『料理通信』2016年6月号掲載)

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