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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

人生を変えるほどの衝撃を受けた鰹節を残すために。

「タイコウ」 鰹節コーディネーター 大塚麻衣子

Apr 07, 2022

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

料理人から鰹節の世界へ身を転じたのは、ある鰹節に衝撃を受けたからだった。東京・晴海、1971年から建つ「東京鰹節センター」に仕事場を構える「タイコウ」の鰹節である。同社は、老舗の鰹節問屋で丁稚から大番頭まで勤め上げた稲葉美二(『東京鰹節物語』の著者)が興した稲葉商店を前身とする小さな荷受け問屋だ。現在、2代目・稲葉泰三社長が頑なに昔ながらの仕事を貫く。衝撃を受けたその鰹節を残したい一心で、大塚麻衣子さんはなかば押しかけるようにタイコウに入った。

鰹節の目利きがいなくなる。

天日干し中の鰹節を一本取り上げて、「見ればわかります」と大塚麻衣子さんは言う。漁法(巻き網か一本釣りか)、産地(遠洋か近海か)、魚質(鮮度や脂質)、製造技術(煮込み具合、カビ付けの環境)、だしの味、ほぼすべてが読み取れるらしい。
「巻き網で獲ると、カツオが網の中で激しく暴れ回るため、表面には傷が付き、形にねじれや崩れが出るんですね。対して、一本釣りのカツオは魚体が美しく保たれる。だから、ほら、一本釣りの鰹節は形が整っているでしょう。それから、こういう皮目のちりめんじわは、脂ののりが良いとできるんですよ」。手に取った節を例に説明してくれた。節には素材の素性や個性、職人の仕事が刻印されているというわけだ。

それらはだしの味にも反映される。「網の中で暴れたカツオの体内には乳酸が溜まります。これは鰹節になっても残り、だしを取った時に酸味として発現する。また、脂ののりの良い鰹節で取るだしは、コクや厚みがあって、力強い味わいになる」
見事なまでに因果関係が存在している。
「その因果関係を読み解ける目利きがすっかり減ってしまったんです」と大塚さんは危機感を募らせる。

タイコウが扱うのは基本的に近海一本釣り。「皮目のちりめんじわは脂ののったカツオの証」。煮る工程で脂が落ちて皮にしわがよった跡だそうだ。

東京鰹節類卸商業協同組合(1887年設立)に加盟する89の鰹節問屋が入居した「東京鰹節センター」の1階にタイコウはある。

元はと言えば、大塚さんは料理人である。築地の割烹で働いた経験を持つ。
「その店では、だしを引かず、市販の粉末だしを使っていたんです」
思いがけない実態に愕然として、独学でだしについて学び始めた。築地に店を構える鰹節屋に話を聞くものの、疑問が解決しないことが多く悶々としていた時、タイコウの稲葉泰三社長のだしとり教室に参加。様々な事柄が一気に腑に落ちる。押しかけスタッフとしてタイコウに通い詰め、2018年正式入社、現在は取締役営業兼目利き見習いである。

「鰹節の世界に首を突っ込んで知ったのは、中身が変わってしまっていること、その事実に当事者たちも気付いていないか、もしくは黙認しているということでした。でも、奇跡的にタイコウには変わる前の仕事が残っていた。社長の稲葉の身体の中に、昔の目利きたちの鑑識眼や優れた生産者の仕事の記憶が蓄積されていた」
稲葉社長が受け継いでいる本来の鰹節のあり方、仕事のあり方を残さなければ失われてしまう。せめて自分がそれらを伝える役目をという使命感が彼女を動かした。


選別と熟成で頂点の味に。

鰹節は、生産者-問屋-仲買-小売店&料理店、という経路で流通する。
問屋は何をするかと言えば、「鰹節を完成させるのが仕事」と大塚さん。
「生産者から問屋に送られてくる時の鰹節って、実は7割ほどの仕上がりなんですよ」

届いた鰹節を一本一本見定めて、それぞれが頂点の味になるように仕上げるのが問屋の仕事だという。天日干しにして、乾燥させながら熟成を進めるのだが、その期間は短くて2~3カ月、長ければ1年以上。「脂がのった節は7~8カ月は寝かせて熟成させますね」。頂点の見極めは個体別というわけである。
フランスにチーズの熟成士という職業がある。MOF(Meilleur Ouvrier de France フランス国家最優秀職人章)が設定されているなど、高度な技術職として認識されている。フランス人にとってチーズは生産者が生み落とした時点で完成ではない。最良の食べ頃に熟成させて完成品となる。ピークの味まで到達させる熟成士の見極めと技術が必要。タイコウの仕事はそれと似ている。

天日に干すことで、鰹節の表情が変わる。カビの色が変わり、重みが増し、豊かな香りが漂う。

そんな問屋の仕事が、バブル期に徐々に消滅していった。
「熟成させずとも売れたんです。昔の仕事を知る者からすれば7割の仕上がりも、知らない人にはそれで十分だったりする。熟成させずとも出せば売れるという中で、いつしか問屋の仕事が省かれていきました」
ひとつのモノを作り上げる工程がいくつにも細分化されて、工程ごとに高い精度を誇る専門職の集合体になっているのは、日本特有の技の突き詰め方だろう。漆器に木地師、塗師、蒔絵師らがいて、浮世絵に絵師、彫師、摺師がいる。京都の西陣織も、燕三条の金属加工も同様である。
「表に出る仕事、隠れた仕事、分業になっていて、各々がプロフェッショナル。そこには分業の意味がある。その意味を見失うと、仕事が抜け落ちていき、質の劣化が始まる」


料理人の仕事に合わせて鰹節を仕上げる。

タイコウの仕事には、節ひとつひとつを見極めて熟成を施すだけでなく、料理人一人一人の料理に合わせて節を選んで熟成させるという側面もある。そこで発揮されるのが、大塚さんの料理人経験である。
「まず、西と東では鰹節の生かし方が違います。大阪は昆布を引き立てるように鰹節を使い、東京は鰹節の風味を立たせるようにだしを引く。東京の料理人は旨味がよく出るように350~400gの大きい鰹節を求めるのに対して、京都はそれより小さめの280~300gサイズで脂肪分が少なくあっさりしただしが取れる背節を求めます」
地域の食嗜好を踏まえつつ、個々の料理人のだし使いや調理特性に合わせて節を選び、熟成をかけ、一人一人カスタマイズしていく。
「本枯節がいいのか、荒節がいいのか。節の状態で納品するか、削って納品するか。割烹であればやさしいだしが取れる節がいいし、とんかつ屋さんであればコクのあるだしがとれる脂ののりの良い節がいい。料理人の仕事に寄り添うように鰹節を仕上げて納めるところに問屋の存在意義はあります」 

硬質で削りに技術を要する本枯節は稲葉社長自ら腕をふるう。削り易く熱して削る問屋が大半である中、タイコウでは加熱せずに削る。

たくさんの刃が付いた削り器。切れ味が生命線なので最大で100kg削ったら砥ぎに出す。

透き通ったピンク色の削り節。赤みを帯びた色合いは加熱せずに削ればこそ。

削りたてを酸化しないように速攻でガス置換して袋詰め。


変化に流されずに生産者と二人三脚。

タイコウが仕入れる生産者は、鹿児島県枕崎市の宮下鰹節店、たった一軒だ。
稲葉社長は、先代から会社を引き継いだ時、いくつかの決断をした。雑節(さば節などほかの節)は扱わず鰹節一本に絞る。仕入れの際に値切らない。全量買い取る。問屋としての要望をきっちり言う・・・。代替わりは折しもカツオ漁が竿釣から巻き網へ移り、遠洋巻き網が主流の時代に入った頃。つまり漁法が変わり、魚質が変わり、水揚げまでの処置が変わり、鰹節の製法が変わっていった頃。そんな中で本来の鰹節づくりを貫く決意表明だった。稲葉社長の執念に応えて二人三脚で品質を追求してきたのが宮下鰹節店の宮下誠さんなのである。

宮下さんが使うのは近海一本釣りのカツオのみ。包丁で身を三枚におろして背と腹に分ける。大釜で約2時間煮て旨味を閉じ込めたら、薪で燻して水分を抜きつつ香味を付ける焙乾を繰り返すこと約2カ月。これで、荒節ができあがる。本枯節は、さらにカビ付けと天日干しの工程へ。カビ菌がカツオの水分を抜き脂肪を分解、タンパク質をアミノ酸に変えて、より濃縮した旨味と香りを生み出す。作り始めから約半年後、タイコウへ送られると、前述のような選別と熟成の工程が施される。

「近海(一本釣り)」「(本)枯れ節」「血合い抜き」

「あえて血合い抜きを求める料理人はいますね」と、血合い抜きを手に取って見せてくれた。節の持ち方にも扱いの習熟度が表れるそうだ。

稲葉社長が宮下さんと二人三脚でやってきたように、大塚さんもまた、二人三脚で理想の鰹節を追い求める若手の生産者を見つけたいと考えている。
「一人、心当たりの人材がいるんですよ。次の世代につないでいくための今後の私のミッションだと思っています」



大塚麻衣子(おおつか・まいこ)
1984年熊本生まれ。築地の割烹で料理人修業をスタートし、その後、「d47食堂」へ。料理人として働きながら、だしに興味を持つ。退社後、バイオ分析会社で働く中で営業・経理の経験を積む傍ら、タイコウに通い詰めて営業の手伝いをする。2018年、タイコウ入社、2022年より取締役営業兼目利き見習いに。noteで、料理人も鰹節屋も知らない、忘れ去られてしまった鰹節話を書いている。

◎タイコウ
http://www.taikoban.info/renew/

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