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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

柴田香織さん(しばた・かおり)フードナビゲーター

第3話「ぶれない軸を持つ」(全5話)

2016.06.01

日本での実践

日本に帰国してからの仕事は、ギリギリまで考えていなかったという柴田さん。しかしそこに渡りの船、バンタングループから仕事の依頼が来たのです。

当時バンタンは、食と農のプロを養成する大学の設立を目指していました。その前身として、大人向け食の学校「フードマエストロクッキングスクール」が食べ手養成講座を開講。コーディネーターとして白羽の矢がたったのが柴田さんでした。

実はこの時、声をかけてくれたのは、バンタンに転職していた広告代理店時代の元同僚。柴田さんは在伊中、知人の依頼で、働く女性向けのコミュニティサイトでエッセイを書いていました。その記事を読んで「食科学大学」の取り組みに興味を持った元同僚が連絡をくれたのです。






Photographs by Toshio Sugiura,Text by Kyoko Kita




講座の企画立案に、講師陣の選定、シラバスの作成。一つの講座を丸ごと任されました。
ただおいしいかまずいかだけでなく、味わいの違いを感じ取り、その理由や背景に目を向ける。
フードリテラシーを養うこの講座は、大学院で学んだこと、日本でやりたいと思っていたことの実践の場となります。

繋がる力

結局、しばらくして大学設立の話は流れ、講座も終了。柴田さんは個人で「フードリテラシー研究会」を立ち上げ、継続していくことに。

そしてこの研究会と、やはり縁あって引き受けた一般誌のイタリア特集での現地取材&執筆をきっかけに、仕事は広がっていきます。

・料理誌での執筆
・朝日新聞のコラムの執筆 
・有機野菜などの宅配会社「オイシックス」の食質監査委員
・新青森駅開業駅弁の開発
・農林水産省「日本食文化を通じた地域活性化に向けた調査委託事業」有識者メンバー
・秋田県「体感・実感・食感あきたの郷土料理なっとく事業」の受託
・青森県「西北地域 飲食店タイアップ料理開発業務」受注

「売り込みはしたことがない」という柴田さん。別の仕事や勉強会などで知り合った人が声をかけてくれるのだとか。
「本当はお世話になった方にお礼状を書いたり、こまめに連絡しなきゃいけないんでしょうけど、なかなかできません。でも、しばらく間が空いてしまっても、一緒に仕事をしたり話をした時の印象が良ければ、必ず何かの機会にまた繋がります」。

「時間が空いても繋がる」理由は、柴田さんの人柄によるものだけではないでしょう。

・「フードリテラシー」という独自の視点
・現地(イタリア)に暮らし、地方の食の現場を訪ねた経験
・要点を押さえた取材力と明快な原稿力
・広告代理店時代に培われた、効果的にものをPRする発想力
・長い会社員経験で磨かれたビジネス感覚
・生産者や専門知識の深い人、食の業界でユニークな活動をする人など、幅広い人脈

「何か面白いネタを持っていそう」「新しい人と繋がることができそう」「鋭い意見をもらえそう」、そんなふうに思わせるものが柴田さんにはあるのです。

生産者と売り場の橋渡し





百貨店の食品部門に関する仕事の依頼は、仕事の幅も人脈も広がってきた2010年に持ち込まれます。百貨店全体のシーズンテーマに沿って、キャンペーンテーマを構築、バイヤーへの情報提供やコーチング、食品フロア独自の媒体編集などの仕事です。

「もともとは百貨店の仕事に興味があったわけではないんです。ただ、誘ってくださった方が魅力的だったので、興味を持ちました。食品を伝えるメディアとして、百貨店というのは大切なのではと思うようになりました。

取材などを通じて出会った生産者の方たちは、良いものを作っていても、広告予算やPRする場がありません。百貨店で商品を販売できれば、それが一つの実績になりますから、その橋渡しができたらよいなと思ったんですね」。

そういった商品が店頭に並べば、百貨店にとっては独自の売り場作りに繋がり、消費者も本当に上質な食材に出会うことができる。まさに三方良しです。

2014年の4月からは百貨店の仕事を継続しながら、他の仕事も再開しました。
「活動範囲を広げた方が、今の仕事にも良いアウトプットができると思います」。

食の核心





多岐にわたる仕事をこなす柴田さんですが、食の仕事をしていく上で大切にしているキーワードがあります。
世界11カ国のクラスメートと共に、イタリア各地、時にスペインやクロアチアなど近隣諸国を巡る中で見えた、食の核心。

それは、「アイデンティティ」と「倫理」。

アイデンティティとは――?

「それを食べることで、自分が何者かの証明になるもの。ローカルフードや、家庭の味もそうかもしれません。
たとえばわかりやすい話だと、イタリアにいる時、よく納豆が食べたくなったんです。クラスメートのフィンランド人はトナカイが食べたいと言っていた。不思議なもので、自分の国にいる時は何とも思わないのに、離れてしまうと恋しくなるんですよね。
食材も調理法もグローバル化していますが、だからこそ、家庭や自分が所属する社会が食べ継いできた食べ物が大切になってくると思います。
今は、袋を開けてチンすれば食べられるものもいっぱいありますが、それだけで食生活が成り立ってしまうのは人間として危険なこと。五感も衰えるし、らしさのようなものが危うくなるんじゃないかな」。

では、倫理とは――?

「たとえば遺伝子組み換えを良しとするか、受け入れられないものとするか。自分の中で線引きできるかどうかで食べるものが変わってきます。
遺伝子組み換え一つとっても、立場や見方によって様々な意見がありますが、判断材料を提供していくことは、私の義務じゃないかと思っています」。

新しい仕事の依頼が来た時や迷った時、自分自身の心にこの2つのキーワードを投げかけます。
その食は、誰かのアイデンティティに繋がるものだろうか、
自分の倫理観を裏切るものではないだろうか。
この仕事によって、誰かが自身のアイデンティティや倫理観を見つめ直すきっかけになるかもしれない。

「フリーランスで仕事をしていくことに不安を覚える人もいると思います。
でも何のしがらみもない分、自分の信念を貫き通し、守り抜くことはできる。
それはある意味で大きな安心です」。

〝You are what you eat.” という言葉があります。
「何を食べよう?」、一日3回365日繰り返される選択は、その人の“生き方”そのもの。
食の仕事は、たくさんの人の生き方にメッセージを届ける仕事でもあるのだと、柴田さんの言葉が教えてくれます。




柴田香織(しばた・かおり)
大学卒業後、広告代理店に就職。2005年、イタリアスローフード協会が設立した「食科学大学」に第一期生として入学し、大学院で1年間学ぶ。帰国後、フリーランスとして料理誌等での執筆、地方自治体の食の地域振興などに携わるほか、ワークショップの開催を通して“文化としての食”を伝える。2011年、(株)伊勢丹研究所に勤務。食品フロアのディレクションを担当。2014年4月〜フリーランスの活動を再開。

























































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