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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

自由な発想を形にした“コーヒーダストバー”を携えて。

東京「ベアポンド・エスプレッソ」田中勝幸 Katsuyuki Tanaka

2022.02.17

自由な発想を形にした“コーヒーダストバー”を携えて。東京「ベアポンド・エスプレッソ」田中勝幸 Katsuyuki Tanaka

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

バリスタの田中勝幸さんがサードウェーブコーヒーの息吹をNYから持ち帰ったのは2009年。東京・下北沢の古い駄菓子屋を改装して開いた「BEAR POND ESPRESSO(ベアポンド・エスプレッソ)」は、日本における米国直系サードウェーブの発信地となった。以来、孤高の存在として異彩を放ってきた田中さんだが、固定観念に囚われずに生きるその自由な魂が今、新たな活動をスタートさせようとしている。独自に開発した「コーヒーダストバー エクスペリエンス」を携えて、全国キャラバンに出ようとの目論見である。

コーヒー100%のタブレットを独自開発。

コーヒーダストバーとは、コーヒー100%のタブレットだ。一見、チョコレートのように見えるが、成分的にはコーヒーと少量の砂糖のみ。カカオ分や凝固剤などは一切含まない。
田中さんが独自に開発した。製法の特許は取得しておらず、レシピ公開も厭わない。ただ、「現時点ではまだ明かさないでおこうと思う」。その理由は後ほどお伝えしよう。

田中さんがアトリエで手作りしている。パッケージもすべて手製。製法の特許は取得していないが、「コーヒーダスト」という呼称に関しては日米で登録商標を取った。

田中さんがアトリエで手作りしている。パッケージもすべて手製。製法の特許は取得していないが、「コーヒーダスト」という呼称に関しては日米で登録商標を取った。

きっかけは2018年にアメリカのホテルから持ち込まれた案件だった。そのホテルとは、1999年のシアトルを皮切りに歴史的建造物の再生や地元コミュニティのプラットフォームとなることで急成長したホテルチェーンである。
「NYのブルックリンに新しくホテルを造るので、そこでコーヒービジネスをやらないかという誘いでした。テナントとして入ってくれではなく、事業を一緒にやろう、と」

気鋭のホテルがコーヒー事業に乗り出すにあたり、パートナーに選ぼうとしたのがベアポンドだったという事実は、田中さんを知る人ならたぶん驚かない。味蕾に喝を入れるかのような強烈な個性を放つ彼のエスプレッソは、どれほどコーヒーのイノベーションが起きようとも揺らがない存在価値を持つからだ。クオリティが底上げされて高い次元での背比べになった今のコーヒー界で勝負できる人材を探したら下北沢にいた、というストーリーは想像に難くない。

しかし、コロナ禍を経て、NY案件は成立せずに流れた。
流れて、この一件を契機に誕生したコーヒーダストバーが田中さんの手元に残ったのだった。
「ミーティングやプレゼンの場で僕が淹れるエスプレッソを飲ませたいなと思うでしょ。でも、マシンをNYへ持っていくわけにはいかないからね、フラストレーションを抱えていた。あぁ、ベアポンドの味を名刺代わりにポケットから出せたらなって考えたのがコーヒーダストバーの始まり」
サードウェーブコーヒーの浸透以来、バリスタの技術を味わうとか、農園限定の豆を買って淹れるといった、「飲む」と「淹れる」楽しみは浸透したものの、「食べる」はまだ広まっていない。コーヒー味のスイーツはあっても、コーヒーの使用比率が低くて「コーヒーを食べる」と呼ぶにはふさわしくない。「コーヒーそのものを食べる形が何か実現できないか?」という発想は、田中さんの中でくすぶり続けるテーマでもあった。

コーヒーダストバーをポケットからすっと取り出す。

コーヒーダストバーをポケットからすっと取り出す。


未来予測が教えてくれた「ウェーブは終わる」。

NYでコーヒービジネスに参画するならば過去を読み解いた上で未来を予測してみようと、コーヒートレンドを振り返ったことも、田中さんをコーヒーダストバーの開発へと向かわせた。
「資料のひとつにCoffee Market Evolution Modelというものがあって、Development Waveが5段階で示されている。1st.伝統的なコーヒーカルチャー(19世紀後半〜1960年代初頭)、2nd.ブランドチェーン(1960年代初頭〜1990年代)、3rd.職人コーヒー(1990年代後半〜)、4th.科学的アプローチ、5th.コーヒービジネスと論じられている」
3rd.職人コーヒー(1990年代後半〜)がいわゆるサードウェーブコーヒーであり、田中さんが身を投じたのはこの時期から。ちなみに、このモデルでは各ウェーブの特徴や消費者および提供者の動機も定義されていて、ウェーブの特徴であれば、1st.利便性、2nd.ライフスタイル、3rd.クラフト、4th.サイエンス、5th.特選。消費者/提供者の動機であれば、1st. 手軽さ、2nd.楽しさ、3rd.愛好、4th.探究、5th.嗜好といった具合だ。

コーヒー市場の進化モデルを見ていて、田中さんは思った。
「ウェーブは線じゃなくて球体だ。球体の連なりとして捉えたほうがいい。ウェーブごとに分かれているのではなくて、球体がチェーン化していき、前のウェーブの要素が重なっていく。そして、最も重要なのは、球体を貫く一本のラインが通っているということだ。それは高品質というプリンシパル、原理原則。つまり、どんな段階においても常においしさを求め続けているということ」

「ウェーブは線ではなく球体の連なり。前のウェーブの要素が重なっていく」と図式化して解説。

「ウェーブは線ではなく球体の連なり。前のウェーブの要素が重なっていく」と図式化して解説。

高品質という一本のラインが浮かび上がった時、田中さんにはクラフトとかサイエンスといったウェーブは影に見えたという。ウェーブに本質があるわけではない。ウェーブとは時代性や社会状況が投げ掛ける光の反射によってできた現象であり、影にすぎない。
「影を追いかけても魅力はないよね。光が差し込み輝くと、みんながその光に魅了されてムーブメントが起きる。カッコいい存在かもしれないけれど、時代性が移ろえば、光の角度は変わるから影は色褪せる」

もうひとつ、田中さんが気づいたことがあった。
「Coffee Market Evolution Model では、Development Waveが“5th.コーヒービジネスまでしか書かれていないんだけど、それはそこまでしか見えていないからじゃなくて、ウェーブがそこで終わるんじゃないかってこと」
SNSの浸透によって人々の消費行動や価値観には変化が生じている。それと照らし合わせるとウェーブの終わりを意識せざるを得ないという。
「リップル(波紋)やグローバルヴィレッジ(世界村)という考え方が登場しているでしょう? ウェーブじゃなくてリップル、波じゃなくて波紋です。ウェーブは国際市場への影響力の強い国からしか起こせない。だから、アメリカ発信と決まっていたけれど、波紋はどこでも起きる。日本だろうが、インドネシアだろうが。SNSのおかげでどこでもリップルが発生するようになって、若い子たちが世界中のあちこちでリップルを起こしている。こうなると、ウェーブはもはや威力を持たないよね。だって、リップルがカッコいいという価値観の子たちにとって、大きな波なんてただの“普通”にすぎないから」

ウェーブのストラテジー(戦略)ではなく、リップルのストラテジーで生きていこう。それは今に始まった話じゃない。ベアポンドはいつだってそうだった。「コーヒーダストバーでリップルを起こす」――田中さんはそう決めた。

「ダスト」という言葉からもわかるように、テクスチャーに微細なザラツキがある。あえてザラツキを出して、違和感ではなく快感をもたらすのが鍵。

「ダスト」という言葉からもわかるように、テクスチャーに微細なザラツキがある。あえてザラツキを出して、違和感ではなく快感をもたらすのが鍵。

「エスプレッソのコーヒー成分は18%、エンジェルステイン(ベアポンド独自の濃密エスプレッソ)は50%、コーヒーダストバーは100%。これらの数字からコーヒーダストバーの作り方を想像してみて」

「エスプレッソのコーヒー成分は18%、エンジェルステイン(ベアポンド独自の濃密エスプレッソ)は50%、コーヒーダストバーは100%。これらの数字からコーヒーダストバーの作り方を想像してみて」

「ちなみに、エスプレッソとして提供するエスプレッソと、ラテのベースとなるエスプレッソは別物。前者のエスプレッソにダストはなくて、ラテベースにはダストがある。あくまで食感の話だけど」

「ちなみに、エスプレッソとして提供するエスプレッソと、ラテのベースとなるエスプレッソは別物。前者のエスプレッソにダストはなくて、ラテベースにはダストがある。あくまで食感の話だけど」


トリガー(引き金)になる。

コーヒーダストバーでリップルを起こす。ただし、そのリップルとはコーヒーダストバーのリップルではなくて、新しいことをやってみようよというリップルだ。
「僕が広めたいのは、自由な発想があれば、もうひとつアイテムが増やせるよってこと。コーヒーダストバーである必要はない。だから、コーヒーダストバーのレシピは公開してもいいし、しなくてもいいと思っている」
ウェーブはメソッド、リップルは自由。田中さんはそう捉える。メソッドから外れたものはクレームになり、クレームはすべてネガティブに感じられるから、ウェーブに乗っかっていると臆病になる。でも、個人のパフォーマーであればメソッドなんて関係ないし、ネガティブなクレームすらも肥やしにできる。
「世間に合わせない“我が儘”こそ、作り手の特権。コロナ禍を経て、新しい社会が来るのだから、生まれ変わろうよ、新しいことをやってみようよ、その気運を引き起こす役割を果たそう。トリガー(引き金)になる、それがベアポンドの生き方だと思う」

コーヒーダストバーでリップルを起こすべく、田中さんは全国をキャラバンするつもりだ。自分で車を運転して、妻の千沙子さんと柴犬の夏と一緒に全国のカフェを回ろうと思っている。
「新しいもの作りました、売り方は普通です、ではダメ。単なるモノじゃなくて、新しい体験にしなければ。伝道していく中で付加価値が付いていく。自分の手で育てていくということ。手売りで10個20個と売っていく」
まさに「エクスペリエンス」。なるほど、売り方としてもぴったりの名称である。

「僕の守護霊が言うんだ。コロナ前と同じことをやっていても、あなたはただのおじさんになっちゃうよ」

「僕の守護霊が言うんだ。コロナ前と同じことをやっていても、あなたはただのおじさんになっちゃうよ」

「みんな、成功の固定観念に縛られて、視野が狭くなっている。小さくまとまるなよと言いたい」

「みんな、成功の固定観念に縛られて、視野が狭くなっている。小さくまとまるなよと言いたい」

下北沢に「BEAR POND ESPRESSO」をオープンしてからの道のりを振り返って、田中さんは思う。ベアポンドは僕が有名にしたんじゃない。コーヒーを愛する若者が有名にしたんだ。僕は大きくすることが得意じゃないし、そこにはあまり興味がない。
「これまでは『下北沢に来い』だった。今度は僕からみんなに伝えに行く。『自由な発想を形にすれば、リップルの石になれるよ』って」

田中勝幸(たなか・かつゆき)
1957年東京生まれ。大学卒業後、広告代理店勤務を経て渡米。アリゾナ州立大学に入り、4年の過程を2年半で卒業後、NYの広告代理店、そしてフェデックスに勤務。年収2000万円を超えるポジションの傍ら、NYのコーヒーシーンが変貌していく中でエスプレッソへの傾倒を深め、ロースター等が主催するパブリック・カッピングに頻繁に参加するようになる。2008年、18カ月に渡るバリスタ・トレーニングを受けて、CCCバリスタ認証タンパーを取得し、フェデックスを退社。2009年、帰国して「BEAR POND ESPRESSO」をオープン。


◎BEAR POND ESPRESSO
東京都世田谷区北沢2-36-12
☎03-5454-2486
11:00~ *営業時間は新型コロナウイルスの感染状況によって変わります。
不定休
小田急線、京王井の頭線下北沢駅より徒歩5分
https://bearpondespresso.com/
Facebook:@ Bear Pond Espresso 
instagram:@angelstain

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