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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

ワインセラーをまるごとアプリ化。日本の飲食業の ITリテラシーを上げる

レストランビジネスイノベーター 栗野友明

2023.07.24

レストランビジネスイノベーター 栗野友明
text by Noriko Horikoshi / photogpraphs by Hiroaki Ishii
外食産業のデフレ化

こじんまりとした感じのよいレストランで、胃も気分も心地よく満たされた食事の後。伝票の数字を目にして、えっと思うことがある。それも、けっこう頻繁に。不当に高いという不満ではない。その逆である。


慢性的な人手不足

これだけの料理の完成度、行き届いたサービスにして、この値段? ありえない。むしろ、安すぎると言っていいレベルでは。海外に出かけて帰ってくると、ことさら強くそう思う。

なぜ、かくも日本の飲食業の水準は高いのか。日本人ならではの職人気質と完璧主義のなせるワザ、と言ってしまえば話は簡単だ。しかし、外食産業のデフレ化が止まらない今、本来は美質でもあるべき職場風土が、ボディブローのような痛手に取って代わっている。高いレベルを維持するための人材が集まらない。たとえ確保できても居つかない。飲食業界全体で、慢性的な人手不足に苦しむ状況が続いているのだ。

栗野友明さんがマネージメントを担当するイタリアン「ラ・ルーナ・ロッサ」もまた、例外ではない。「利益を上げて生き残るために、選択肢は大きく分けて2つ。少ない人数で無理して回していくか。人を増やして単価にのせていくか。理想的なのは後者だけれど、資金面で余裕がある店は多くない。ほとんどの店は、人が足りない、入れ替わりが激しくて教育が間に合わないジレンマを抱えながら、日々営業しているのが実情です」

ワインセラーをまるごとアプリ化

人が集まらない理由は、いろいろあるが、「他業種に比べて圧倒的に仕事が過酷であるにもかかわらず、待遇が見合わない。就職先としての魅力に欠けることが大きい」と栗野さん。“目標” や“やりがい” が、以前ほどモチベーションとして意味を成さなくなっているのは確かなようだ。その現実を嘆くのではなく、直視しながら解決の道を探らなければ、飲食業の未来はない。それも、できるだけスピーディーに。そのために、ITの技術をツールとして活用できないだろうか。経営システム工学専攻の理系男子、栗野さんは昼も夜も考え続けた。

そして、昨年(2016年)10月、飲食店向けのアプリ開発会社「チーヴォ」を設立。自社プロダクト第一弾として、簡単な操作でワインの検索・管理が行えるiPhone 専用アプリを発表する。3店舗展開の「ラ・ルーナ・ロッサ」のオペレーションを統括する中で、「最もアプリの力を借りるのにふさわしく、単純に解決できる部分がワインの選択と管理だと感じていた」からだ。

社名と同じ“CIVO” の名前をもつワインアプリは、使用店舗ごとに必要な検索条件を設定できる自由度の高さが特長。産地やブドウ品種やヴィンテージはもちろん、香りや味わいのイメージ、料理とのペアリングまで、きめ細やかな情報をデータ化することにより、従業員の誰もがソムリエ級の的確な提案を行えるようになる。さらに、在庫管理データベースと連動しているため、注文と同時にボタンを押せば、棚卸しの作業の省力化にもつながる。「ワインセラーが丸ごとアプリに入っているイメージ。在庫を確かめにセラーに出向く時間と手間が省けるので、よりお客様へのサービスに注力できます」と自信をのぞかせる。

目黒川に面した「ラ・ルーナ・ロッサ」。もともと栗野さんの修業時代の憧れの店にしてホームグラウンドとも呼ぶべき場所。3店舗を統轄する立場となった今も、マネージャーとして同店のフロアを仕切る。

目黒川に面した「ラ・ルーナ・ロッサ」。もともと栗野さんの修業時代の憧れの店にしてホームグラウンドとも呼ぶべき場所。3店舗を統轄する立場となった今も、マネージャーとして同店のフロアを仕切る。

新しいビジネスを着想する時は、本や雑誌からヒントを得ることが多い。店のロッカーの一角には、ビジネス書や雑誌のバックナンバーがぎっしり。

新しいビジネスを着想する時は、本や雑誌からヒントを得ることが多い。店のロッカーの一角には、ビジネス書や雑誌のバックナンバーがぎっしり。


利益を出し続けることが原点

とはいえ、少し気になる。ワインはレストランの華。そのチョイスはいわば食事のハイライト。そこをアプリ化するなんて、と憤る反対派も多いのではないか。「実際、抵抗を持たれる店がほとんどです。職人の聖域を侵すに等しいですから。でも、機械に代えられるところは代えて、人間味が必要なところは残す。そんなメリハリの付け方も、手法としてありだと思う」

残念ながら、日本の飲食業界はITのリテラシーが低い。キャッシュフローの理解でも大きく遅れている。それが、シェフ、オーナー、マネージャーとして、「ずーっと現場を離れずに仕事をしてきた」栗野さんの率直な感想だ。レストラン業界への思い入れは人一倍強い。夢がある仕事だと、胸を張れるような環境であってほしい。「それには、まず利益を継続して出していける店であること。作業をお金に替えるのがビジネスだと心得ること。どんなに小さな店であっても、事業体である以上、利益を上げなければ続ける意味がない。アプリが足りない何かを補ってくれるのなら、活用するほうがいい。それを理解してもらうことが大事だと考えています」

第1号のアプリは、3店舗の「ラ・ルーナ・ロッサ」のほか、同業のレストラン2店で試験的に使用が始まった。ワインの専門商社やディストリビューターからもオファーがあり、将来的には自動発注システムを組み込んだ改訂版も構想中という。思いの外ゆっくりと、しかし着実に、“改革”は進行している。

ワイン検索・管理アプリの「CIVO」。検索条件の設定はパソコンから行い、データがスマホやタブレットに同期される。産地やヴィンテージ、味の傾向など、リクエストに応じた条件から検索すれば、候補銘柄が一瞬でリストアップされる仕組み。

ワイン検索・管理アプリの「CIVO」。検索条件の設定はパソコンから行い、データがスマホやタブレットに同期される。産地やヴィンテージ、味の傾向など、リクエストに応じた条件から検索すれば、候補銘柄が一瞬でリストアップされる仕組み。

自称「メモ魔」。“アイデア帖”と呼ぶノートを持ち歩き、なければiphoneのメモに、思いついたことは何でも書き留める。「ノートとボールペンとスマホと名刺。この4点セットで仕事してます」

自称「メモ魔」。“アイデア帖”と呼ぶノートを持ち歩き、なければiphoneのメモに、思いついたことは何でも書き留める。「ノートとボールペンとスマホと名刺。この4点セットで仕事してます」


栗野友明
早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻科(経営システム工学専門分野)修了。在学中は飲食店のアルバイトを6年間続ける。「アプレミディ・グランクリュ」に勤めた後、東京・中目黒「ラ・ルーナ・ロッサ」へ。その後、池尻大橋のイタリアンレストラン「スオロ」オーナーシェフとして独立。同店を閉店後、「ラ・ルーナ・ロッサ」に戻り、取締役として会社全般のマネージメント業務を担当。2017年「CIVO」設立。

◎CIVO( チーヴォ) 
https://civo.site/

(雑誌『料理通信』2017年10月号掲載)

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