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「A2」の牛肉が意味するもの。
第7回辻静雄食文化賞受賞 くまもとあか牛生産者・井 信行さん

People / ProducerAug. 25, 2016

photographs by Masahiro Goda



熊本県阿蘇郡産山村で「くまもとあか牛」を育てる井 信行さんが、第7回辻静雄食文化賞を受賞しました。(八木久美子著『慈悲深き神の食卓 イスラムを「食」からみる』と同時受賞) 7月4日に行われた贈賞式では、「農業以外知らない自分が、こんな最高の賞をいただいて、感動と責任の重さを感じています」と語った井さん。
いえいえ、とんでもないです、この受賞が私たちに気付かせてくれること、たくさんあるような気がします。

「今の牛肉の体系からすると、ランクは低いです!」





なぜ、井さんが辻静雄食文化賞を受賞したのか――その意味を考えることはとても大切です。
優れた和牛の生産者は全国各地にたくさんいます。品評会で賞を獲得している生産者もいれば、巷で評判の生産者もいます。みな高い評価を得るべく、凌ぎを削り、切磋琢磨しながら、牛を育てています。
そんな中で、辻静雄食文化財団は、井さんの何を評価したのか?
贈賞式の挨拶で「草を食むのが牛の本来の姿。草原を活用したあか牛飼養が見直されていることはうれしい」と語りました。




象徴的な出来事がありました。
井さんを紹介する記事を作成するために、撮影用の肉を送ってもらったところ、届いてきた肉は「A2」のナカバラ。電話口の向こうで井さんが明るく言います、「今の牛肉の体系からすると、ランクは低いです!」。
確かに「A5」からすれば「A2」の肉は格下です。

しかし、辻静雄食文化賞の観点は別のところにありました。
「A5」「A2」といった基準では、井さんの牛肉や井さんの仕事を見ていない……。
「A2」の肉が届いてきたことで、井さんの受賞には、「A5」という価値観や「A5」を取り巻く背景への問いかけという意味もあることを、肉自体が語っているように感じられたのでした。


ミシュラン二ツ星「ル・マンジュ・トゥー」谷昇シェフが撮影用の肉を焼いてくれました。牧草を燃やして表面をさっと焙るだけです。


「ル・マンジュ・トゥー」谷シェフ特製の牛丼。調味は塩のみ、わさびをほんの少量添えています。肉の味の濃さがよくわかります。




「くまもとあか牛」を育てて60年。

井さんは、「くまもとあか牛」を阿蘇の草原で育てて、60年になります。

「使役牛ですから、農家なら、どこの家にもいたんです」
くまもとあか牛の生産者になった理由をそう話します。
「父が分家だったのですが、分家は家を継ぐわけではないから、水田や山林をたくさん譲り受けたりはしない。つまり、財産がないんですね。そこで、父は大工になった。でも、食べるだけで大変で。私は牛飼いになろうと。当時は牛が身近で、牛を飼うのは平等だったんです」




ご存じのように、「くまもとあか牛」は和牛の一種で褐毛和種です。
和牛には、黒毛和種、褐毛和種、日本短角種、無角和種の4種*があって、うち褐毛和種は「くまもとあか牛」と「土佐あかうし」の2系統があります。
数的には黒毛が98%と圧倒的多数を占め、褐毛は2系統を合わせても約24500頭という少数派です。




*和牛4種
【黒毛和種】…中国・近畿地方が主産地の役牛に外来種を交配した品種。国内で飼養される肥育牛に占める割合は45%。和牛に限れば98%に達する。脂肪交雑、肉のキメ、締まり具合に優れた遺伝子を持ち、歩留まりもよい。
【褐毛和種】…在来種にシンメンタールを交配した熊本系「くまもとあか牛」、朝鮮牛を交配した高知系「土佐あかうし」の2 系統があり、約24500 頭が飼養されている。赤身とサシがバランスよく混ざった肉質が特徴。
【日本短角種】…南部牛にショートホーンを交配。皮下脂肪が厚いが、脂肪交雑は少ない。東北地方で放牧を取り入れた飼養がなされ、赤身肉の評価が高い。岩手、青森、秋田、北海道などで8000 頭飼養。
【無角和種】…在来種とアンガス種の交配。山口県で160 頭飼養されるのみ。
付記:「国産牛」として、ホルスタイン、ホルスタイン交雑種などがあり、国内肥育牛の53%を占めるが、「和牛」ではなく「国産牛」の表記になる。



黒毛が圧倒的多数を占める理由としては、サシが入りやすい肉質に負う部分が大きいと言えるでしょう。
「黒毛和種が和牛の98%を占める背景には、1991 年、GATT ウルグアイラウンドで牛肉の輸入数量制限が撤廃された際に、輸入牛肉との差別化のため、“和牛の特質=サシ(脂肪交雑)”に狙いを定めたという背景があります。この時、霜降りの度合いと肉の歩留まりが高いほど格付けが高くなる価値体系を強化。それによって、サシの入りやすい黒毛和種偏重が進行したという側面があります」と指摘するのは、“やまけん”こと、農と食のジャーナリスト山本謙治さんです。

やまけんさんの話を聞くと、井さんがいかにマイノリティであるかがわかります。と同時に、サシ化が進行したのはそんなに昔じゃなかったんだってことも。

牛は何を食べるべきなのか?









サシの多いA5が最上級かつ高価格で取り引きされるため、サシを入れる肥育技術も磨かれました。

「本来、牛は草食・反芻動物で、草を食べます。消化器官がそのようにできています。ただ、草はカロリーが低くて、草=粗飼料だけ食べている牛はサシが入りにくい。商品として考えると、商品価値は低いと言わざるを得ません。そこで、商品価値を上げるために、サシの入りやすいコーンや穀物=濃厚飼料を食べさせ、サシが入りやすくなる育て方(食べる回数を増やす、ビタミン量を減らすなど)をします。それが、日本が誇る和牛の飼育技術です」とやまけんさん。
と聞くと、ふと思うのです、それは牛の生理に合っているのだろうか?

しかも、その濃厚飼料の多くが輸入に頼っているという現実があります。主として米国産や豪州産などのコーンや穀物です。それらを、出荷までに1頭あたり約5 トンも食べさせるというのです。
そこでまた、疑問がよぎります、その牛を和牛と呼んでいいのだろうか? 種としては和牛だけれど、その体は輸入飼料でつくられている……。

放牧と国産の粗飼料で育てる。









井さんは、「くまもとあか牛」を放牧と国産の粗飼料で育てています。
井さんが住む熊本県阿蘇郡産山村は、阿蘇北外輪山と九重山麓が交わる波状高原と急傾斜部分から構成される高原型純農村です。村の8割以上を山林と野原が占めています。
「この大草原を活用しない手はないでしょう?」と井さん。
標高700m、20haの敷地で、繁殖、肥育、出荷まで一貫して手掛けてきたのです。繁殖期、および、生まれた仔牛が10カ月くらいまでは親子放牧で育て、その後、牛舎で肥育。「九州農業試験場や行政とも研究を重ねながら取り組んできました」。
1997年には、村の仲間と牛肉の直販組織「うぶやまさわやかビーフ生産組合」を設立して、自分たちの手で販売も手掛けるようになりました。
繁殖期、および、生まれた仔牛が10カ月くらいまでは親子放牧。阿蘇の外輪山上の草原で。




与えるのは阿蘇を中心とした国産飼料です。

牧草・地元牧野組合
飼料米・自家産
米ぬか・自家産
大麦・熊本県菊池産
小麦・熊本県菊池産(一部本州)
大豆・熊本県菊池産
ふすま・熊本県菊池産
オカラ・熊本県阿蘇産
牡蠣殻・熊本県八代産
塩・熊本県天草産

ざっと、こんな感じです。

褐毛を粗飼料で育てるとどんな肉質になるか、と言えば、赤身になります。間違っても「A5」にはなりません。撮影用に送られてきた肉のように、たとえば「A2」であり、冒頭の井さんの発言、「今の牛肉の体系からすると、ランクは低いです!」になるのです。
「霜降り人気の前に、長い間、苦しい闘いでした。でも、最近、赤身肉への関心の高まりを感じます。明るい兆しが見えてきましたね」

これからの和牛飼養のモデル。





放牧という方法を取り入れたのは「それが一番低コストだったから」と井さんは笑います。
きっかけはそうだったかもしれません、でも、低コストなだけでなくて、放牧は大地にとってのメリットも高いと言えます。牛が草を食べることで植物や土壌の新陳代謝が促され、土中の微生物の活動が活発になる。また、肥育用に草を刈り取り、野焼きをしてといった年間通しての草地管理によって、景観が保たれ、生物多様性の維持や水源涵養も担うからです。そうです、サステイナブルなんです。
井さんは米や野菜も栽培しています。その米で造られた焼酎「千年の草原」。




辻静雄食文化賞受賞理由の一部に次のようなフレーズがあります。
「阿蘇外輪山上に広がる豊かな草原で、あか牛(褐毛和種)を放牧型粗飼料によって肥育し、赤身に特化した牛肉を生産している。井信行さんを代表とする産山村の畜産は、放牧、採草、野焼き、飼肥などの適正な管理により、生物多様性の保全、草原の景観維持や水源涵養にも貢献し、輸入飼料に頼らない今後の和牛飼養のモデルのひとつとなっている」

井さんの牛肉が「A2」であるには理由がある。そして、その理由は、私たちに「和牛とは何か?」を考えさせて余りある、そう思いませんか?
井さんが携わる「うぶやまさわやかビーフ生産組合」の肉は、料理通信主催「全国お宝食材コンテスト」の第3回選定品になっています。






井 信行(い・のぶゆき)
1935年、熊本県阿蘇郡産山村生まれ。16歳から牛を飼い始める。1988年、子牛の販売で阿蘇郡一となり、規模拡大のため、繁殖牛舎を新設、牧草地用原野を買い増す。1995年、共同で肥育用の牛舎を新設し、一貫経営をスタート。同時に低農薬米の栽培に着手。1996年、コイを使った無農薬米栽培を開始。1997年、牛肉の直販組織「うぶやまさわやかビーフ生産組合」を設立。







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