HOME 〉

PEOPLE / 生産者・伴走者

どんな色、形が「今」なのか

ボタニカルクリエイター 井上隆太郎

Jan 26, 2023

text by Reiko Kakimoto / photographs by Daisuke Nakajima
自然を切り取る「ボタニカル」

フーディーズが絶賛するレストランの料理には、幾つかの共通項がある。その一つは「ボタニカル」だろう。自然を切り取るかのように皿の上にそっと配される、小さなハーブやエディブルフラワー。口中で広がるフレッシュで豊かなアロマは、料理の印象を鮮烈に残す。バーでも、スピリッツやカクテルを語る際にも「ボタニカル」は外せないキーワードだ。

エディブルフラワーの栽培農家は、確かに日本でも少なくはない。けれど、最前線で走るシェフやバーテンダーが頼りにする農家は限られている。井上隆太郎さんはその一人だ。

一体、何が違うのだろう? 井上さんの作るボタニカルは、その色彩も、大きさも、揃えも、今の時代の空気感を的確に捉えている。一言で言うと「センスがいい」のだ。

千葉・鴨川市に2016年、移住した。現在は約1000坪の畑に、自然農法でハーブとエディブルフラワーを栽培する。農薬や肥料不使用はもちろん、土に鋤も入れない。要するに極めてナチュラル。「自然に近い状態で育てたい。雑草との戦いで、時間と手間がかかりますが」

その日の夜明けとともに収穫した花やハーブが朝8時に鴨川から発送され、その日の夜には都内のレストランやバーなどに登る。グラムでの量り売りだけではなく、一輪一本単位でも納品するスタイルは、取引先からも評判だ。

エディブルフラワー農家としてイベントに声がかかることもある。ブーケのように美しいフレーバーウォーターや、ハーブティーなどを作って供することも。草木や花で会場を飾り、かつボタニカルなフードを組み合わせる空間づくりは、井上さんにしか表現できない驚きに満ちている。


飾る花から食べる花へ

ラグビー好きの少年は、10代の終わり頃から「なんだかよくわからないうちに」植物の魅力にとりつかれ、90年代に花の専門学校を卒業。折しもガーデニングブーム。庭付きの家を借り、造園の研究に打ち込んだ。「気候温暖化の影響や生産技術の向上、海外からの植物も増え、越冬できる木や草花がどんどん変わる。その実地を知りたくて」

業界大手の第一園芸で仕入れを学んで独立。花屋、インテリアグリーンの店舗を手がけた後、2006年にバーを開く。「朝は市場で花を仕入れ、昼はショップに生け込みに回り、夜はバーに立って。5年くらい24時間体制で働いた時期です。土地柄かお客様に芸能関係の方や社長が多く、ディスプレイの依頼をくれた。飲んでいるお客様とカウンターで話す時間が、花の営業にも繋がりました」

ディスプレイの顧客にはハイファッションブランド、コスメティックのメーカーなどが名を連ねる。ある時は空間全体がジャングルに、またある時は5000本の白いバラがアーケード状にふわりと広がる。「死者の日」がテーマのパーティーではオレンジと紫のヴィヴィッドなプレゼンテーションが目を引いた。クライアントによって、見せ方やそのテイストは多彩だ。

「花を仕入れる時に見るのは『クライアントのイメージに合うかどうか』。花屋は自身のカラーを売りにするところも多いですが、自分はカラーを持たずに、あくまでお客さんが望むものを実現したい」

続ける中で、食用のハーブや花を仕入れられるか聞かれる機会が増えた。「届けるならオーガニックの安全な花を届けたい」。その思いが、井上さんを畑へと誘った。

ボタニカルな新しいスピリッツを

一時は都内に4店舗を構え、15人近く雇用していたが「飲食も花もやりたいことではあったけれど、あの時代は多分『経営者』になりたかったんだと思う」と振り返る。経営に集中したくても、依頼は井上さん指名。何年も続けていくうちに、植物のことを考える時間がなくなり、身軽になることを決意した。鴨川への移住を機に社員を手離し、店も経営譲渡などで整理した。今は栽培面積を増やし、より畑に注力している。

ディスプレイの仕事でハイファッションの最前線を見続け、同時に、土や自然と対峙してきた。両極の間で時代を捉える的確な視点が培われるからこそ、井上さんのボタニカルは他とは一線を画す存在感がある。「今興味があるのはスプラウト。無消毒のタネで、無農薬でなくてはスプラウトとしては食用にできない。それを土耕栽培でやりたい」。

もうひとつ。千葉の薬草園跡の土地を利用して、蒸溜所を作るという。「ユトレヒト」元オーナーで、2016年までドイツのクラフトジン蒸溜所で修業していた江口宏志さんのプロジェクト「Mitosaya薬草園蒸溜所」に参画。「ジンやウォッカと横並びになるような新しいスピリッツを作りたい」と井上さん。当分、目が離せない。

井上さんのユニフォーム。古いオーバーオールは、ポーチやポケットが多い機能的なデザインで重宝している。ディスプレイの現場作業はもちろん、畑作業もこれで。

井上さんのハーブ&エディブルフラワー。「花って、基本葉っぱや果実と同じ味がするんです」。ミント、香菜・・・確かにこれらの花は、葉をより鮮烈にした味わい。

井上さんのディスプレイの仕事のひとつ。アイラ・ドライ・ジン「THE BOTANIST」主催のカクテルコンペティションのディスプレイは、グリーン1色のグラデーションでまとめた。

「ファーマーズガーデンテーブル」も企画、実施する。畑の真ん中にテーブルを設置して、青空の下、バーテンダーやシェフ、ミュージシャンを招き、午後から夜まで音楽、酒、食事を愉しみ、翌朝はヨガなどで豊かな時間を過ごすというプログラム。

※現在、井上隆太郎さんは植物のディスプレイ業務から農業へ完全に移行。「苗目」という農業法人で様々な作物を栽培し、自然の中から生まれるハーブやエディブルフラワーの力強い味や香り、また植物の新たな可能性を広げる活動を続けています。(2023年1月追記)



◎ 苗目(なえめ)/cafe naeme farmers stand(2023年4月オープン予定)
千葉県鴨川市細野1125
☎050-1560-5698 
Instagram:@naemekamogawa

(雑誌『料理通信』2017年1月号掲載)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。