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PEOPLE / 生産者・伴走者

レモンは、「搾る」だけでなく、「食べる」もの

シトラス・ファーマー 菅 秀和

2024.01.29

シトラス・ファーマー 菅 秀和
text by Yoko Soda / photographs by Shinya Morimoto
人生の分岐点にレモンがあった

手にすると、ずっしり重く、爽やかな香りが立ち上る。鮮やかな黄色の皮ごと口に含めば、優しい酸味の奥に甘味も感じる。「レモンは食べるフルーツ」。柑橘農園「たてみち屋」の菅秀和さんは、広島県生口(いくち)島でレモンを始めとする柑橘類を栽培する。

サロン・デュ・ショコラ

生口島の隣、大三島の出身。卸売市場で魚の仲卸、スーパーマーケットや飲食業界の販売・営業、開発など様々な仕事に携わってきた。転機は2012年。元職場の営業先だった観光農園の社長から、柑橘栽培事業への誘いを受ける。その社長は、農業をサービス業と捉え、六次産業化を実践するなど魅力的な仕事ぶりで常々関心を覚えていたのと、その園地が一人住まいの母親の隣島だったことから引き受け、3haの管理を任される。

家族で築百年超の古民家を借りて移住。その家主が、たてみち屋の前園主、立道氏だった。故人である立道氏の後継者がいないレモン園を継いでほしいと、その妹さんから菅さんに持ちかけられたのだ。

長い間剪定もされず荒れた状態の園に、放っておけず使命感すら感じ、「40歳になり、これが農業で独立する最後のチャンスかもしれない」と2014年4月に後を継ぐことを決意。屋号も敬意を払い『たてみち屋』に変更した。

7カ所に分散した、全1haの柑橘園をひとりで切り盛り。「おいしい果実は健康な木から」と菅さんがまず取り組んだのは「身土不二」を軸にした土づくり。山口県梶岡牧場の堆肥「ヒューマス」を用いて土壌改善を目指し、薬草の発酵液を潅水、改善に努める。日照や樹勢の改善・回復のために、間伐や縮伐を進める。4月まで収穫、その後は管理作業。果実の保存と選別、発送と仕事はエンドレスだ。

全部で7カ所、1haの畑を預かる。そのうち、レモン園は7割。10月後半~4月末までが収穫期。無農薬や有機栽培にも取り組み、平成29年には有機JAS認証取得を目指す。

全部で7カ所、1haの畑を預かる。そのうち、レモン園は7割。10月後半~4月末までが収穫期。無農薬や有機栽培にも取り組み、平成29年には有機JAS認証取得を目指す。

農業に関わることになった7 年前に買った長靴と時計。長靴は丈が長く、土や水が入りにくい。時計は色と付けやすさで選んだ。初代は壊れ、今は同じものを探して購入。この2つを身につける度に、初心を思い出すという。

農業に関わることになった7 年前に買った長靴と時計。長靴は丈が長く、土や水が入りにくい。時計は色と付けやすさで選んだ。初代は壊れ、今は同じものを探して購入。この2つを身につける度に、初心を思い出すという。


「食べるレモン」の取り組み

国産レモンは日本の全流通量の約10%。その6割を広島県産が占め、さらにその6割が瀬戸田町産。町には約八百戸の柑橘農家がある。「糖度6~7の外国産に比べて、完熟国産レモンは糖度が10もある(温州みかんで糖度11~13)。さらに有機認証取得を前提とした栽培なので、皮まで安心して美味しく食べられます」

レモンが食べてもおいしいフルーツであることを広く知ってもらうために、菅さんは日々の作業の合間に様々な取り組みを始めている。そのひとつが、鎌倉のスパイス商「アナン」とのコラボ。代表のメタ・バラッツ氏とは、尾道自由大学でのイベントで知り合った。レモンの皮もスパイスになると教えられ、即立ち上がったのが「citrus spice project」。パウダー状のレモンピールを使った魚介用ミックススパイスを試作中だ。「ここは瀬戸内の島。魚介類をおいしく食べるためのスパイスがあったらいいなと思って」。

また、広島のクラフトビール専門店「GOLDENGARDEN」の企画にて、静岡「ベアード・ブルーイング・カンパニー」でレモンビールを醸造。4月18~19日の「地ビールフェスタinひろしま 2015」でお披露目予定だ。「国産で無農薬や有機栽培のレモンは、もっとニーズがでてきます」。皮や果汁を使った多彩な商品が生まれれば、その分、レモン自体を知り得る機会も増えると、新商品の開発も積極的だ。

「レモンというハードでソフトが色々できる」。都内の有名飲食店とも取引が始まる。
塩レモンのワークショップではレモンを皮ごと食べる普及活動の一環として「レシピだけでなく、栽培やレモンにかける思いも直接伝えました」。福山市のバーテンダー協会の勉強会では、同じカクテルでも国産と外国産の違いで味が変わることを伝えた。「僕は有機野菜のスーパーでの店頭販売や、営業を担当して製品の販路を広げる職にも就いていた。色々な仕事をやってきたから幅広い活動や行動ができる」

いいものを作り、どう売っていくかという才覚が、これからの若手農家に必要になってくると菅さんは言う。他業種とのコラボなどでユニークな商品を開発し、販売手法や販路を考え、「自ら販売活動をして、存在感を高められる努力をすべき」。自身がそのモデルケースとなるべく、菅さんは模索を続ける。

「僕は仕事を楽しんでいます。自分が遊んで愉しんでいないと、面白いこと、楽しいことを提案できません。遊びの中に仕事のヒントがあると思う。やっていることがすべて将来への仕込みなんだと思ってます。レモンひとつで繋がる縁で、ぼくのこれからが拓けていくんです」

将来は? と尋ねたら「3~5年後には法人化。小売と生産に部門を分け、1次加工製品を販売。雇用を生み、研修生を募り就農者を増やしたい」。具体的で明確だ。

レモンの付加価値を、新しい製品や体験でアピールすることで、地域振興や環境問題に少しずつつなげることができる。「レモンを通して、地域をオモシロくしたい」

収穫したレモンは倉庫で保管。菅さんがひとりで選別し、出荷している。ちなみに、糖度10の果実は、「食べるレモン」としてアピールし、販売。5月からは冷蔵保管。クール便で出荷。

現在(2024年)は、長野「野沢温泉蒸留所」や山形「奥羽自慢 HOCCA WINERY」岐阜「飛騨クラフト」など、全国の酒蔵や蒸留所から、たてみち屋のレモンを使ったバラエティ豊かなリキュールやジン、シードルなどが多数製品化されている。



◎citrus f arms たてみち屋  
http://www.tatemichiya.com/

※現在、たてみち屋では、イタリア系品種の大玉レモンや、グレープフルーツ、ライム、フィンガーライム、ベルガモット、ポンテローザ、仏手柑など、約14品種の香酸柑橘を試験栽培中です。ご興味ある方は、たてみち屋までお問合せください(2024年1月追記)

(雑誌『料理通信』2015年5月号掲載)

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