「人と一緒に食べる」を仕組み化する。
食卓マッチングサイト運営 山本雅也・藤崎祥見
2022.08.25
「自分でごはんを作るのは面倒だけれど、ちゃんと作られたものを食べたい」「誰かと食べたいけれど、仕事先の人とはちょっと」。一人暮らしの食のジレンマは尽きない。そんな時、第三者のサービスとして食卓の選択肢を提供するのが「キッチハイク」。Web上に設けられたソーシャルなプラットホームで、料理を作りたい人=クックと、料理を食べたい人=ハイカーが、サイト上でつながるマッチングサイトだ。
他者と共にする食卓。「大切なのは何を食べるかより、誰と、どう食べるかだ」と、2013年に「キッチハイク」を立ち上げた山本雅也(写真左)さんと藤崎祥見(写真右)さん。「人と一緒に食べることは、今よりもっと価値化されて、社会の仕組みのひとつになる」が、彼らの見ている未来だ。
誰かと一緒に食べない民族はない
山本さんと藤崎さん、共に社会人スタートは2008年だ。当時、博報堂DYメディアパートナーズで働いていた山本さんと、野村総合研究所で働いていた藤崎さん。12年に共通の知人の紹介で知り合った。いつか「世界を変えたい」と考えていた二人は、「社会を良い方向に変えるには、人がいい形で繋がることが大切」と意気投合する。
「その頃読んだ文化人類学の本で、地球上の民族で共食しない共同体はないというフレーズに出合いました。知らない人と食卓を囲むことは、想像以上に凄いことで、人と一緒に食べることが仕組みになれば社会はよくなるんじゃないか」と山本さん。一方の藤崎さんは、実家が寺。彼もまた人とのコミュニティのあり方を考えていた。
「寺はかつて地域コミュニティの中心にありました。西本願寺で住職の資格を取得し、家業を継ぐこととも真剣に向き合った結果、今の時代に自分がやるべきこと、それはインターネットの力とお寺生まれの経験を活かし、その役割である良きコミュニティを作ることだと思いました」
事業は、山本さんが世界を旅して、各国の家庭の食卓を訪問し、食で人と人が繋がる瞬間をリアルに体験することから始まった。「世界の旅人が、各国の余所の家庭の食卓を体験できるサービスが作れたら世界はもっと楽しくなる」という仮説を検証する、フィールドワークを兼ねた450日の旅だ。山本さんの世界の食卓体験は、2017年に上梓した『キッチハイク!突撃!世界の晩ごはん』に詳しい。アジア、北中南米、北アフリカ、ヨーロッパ。世界の食卓は、刺激と優しさと意外性に満ちていた。並行して藤崎さんは、食卓を提供する側と食べたい側をマッチングするシステム構築を開始した。
帰国後に開拓したのは、日本に住む外国人の食卓だ。当時は旅するように食卓を訪問できるサービスを目指した。しかし間も無く、旅と食卓という方向は、サービスの幅を狭めるという結論に到る。
食卓はもっと広い。16年4月からは、旅先から日常へとサービスをシフトさせた。今、キッチハイクのサイトに行くと、様々な食卓のポップアップ情報がある。料理好きが自宅で料理をふるまう食卓、一緒にパンを作るワークショップや、小料理屋スタイルの食卓。その様相は、思い思いの形で自由に拡がる、一期一会の食卓だ(2018年時点)。
内食・中食・外食・みん食
2018年4月某日、「みんなの食卓」(通称みん食)と呼ばれる会に参加した。開催時間は2時間と短い。参加人数分のミールキットが予め会場に届けられ、会場には調理道具・調味料も揃っている。クックが調理し、食事が出来上がれば皆で配膳し、席に着く。食事を媒介に自然と会話が弾む、不思議で懐かしい光景は、給食みたいだ。参加者には、週3回利用するヘビーユーザーもいた。「知らない人のごはんを知らない人と食べるなんてと思ったけど、行ってみたらありだった」という誰かの言葉に皆が頷く。ここは、自分を“知らない”人が集う、気兼ねのないユートピアだ。旅先で偶然出会った人にプライベートな話をついしてしまうような、不思議にオープンな空気がある。
2018年現在、キッチハイクのサービスを利用して、毎日1300人が様々な食卓でマッチングされている。1クリックで食事が届けられる時代に、わざわざ出かけて他人と食事を食べる。利便性や合理性を高めるネットサービスとは真逆な不合理。デジタルなサービスを通じて生まれるのは、リアルな体験と交流だ。
2030年、日本人口の半分は一人暮らしになると言われる。その時、山本さん、藤崎さんがいうように「内食・中食・外食と並ぶ選択肢に、みんなで食べる“みん食”」は、ありかもしれない。実際にサービスを利用する人々を目の当たりにして、ちょっと先の食卓を想像してみる。食卓はその時、家族を離れて、社会が提供するものになっているかもしれないのだ。
◎株式会社キッチハイク
https://kitchhike.com/
(雑誌『料理通信』2018年7月号掲載)
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