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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

竹島英俊さん (たけしま・ひでとし)

水牛乳チーズ職人

2021.06.10

イタリア料理界には、
つながっていたかった


「モッツァレッラ・ディ・ブッファラ(水牛乳100%で作るモッツァレッラ)」。これを日本で作るという凄さは、なかなか伝わりにくいかもしれない。

まず、水牛が手に入りにくい。国内で水牛を育てる牧場は数カ所しかなく、口蹄疫や狂牛病が出ていない清浄国から輸入しなくてはならない。飛行機で運ぶと、1頭約300万円の計算だ。さらに水牛は乳量が少なく、1日約30リットル出すホルスタイン種に比べ、1日5リットル程度しか出ない。しかし、水牛乳は牛乳と比べて脂肪分もタンパク質も高い。モッツァレッラにすると、独特の食感と長い余韻のある味わいになるのは、乳の性質が違うからだ。

この水牛モッツァレッラ作りを、ある時天啓を受けたように始め、困難や悲劇を乗り越え作り続ける人がいる。千葉県木更津市に作られた自然との共生体験施設「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」内で水牛飼養とチーズ製造を担当する竹島英俊さんだ。水牛の飼い方と、その乳を使ったモッツァレッラ作りをイタリアで修業してきた日本人は、竹島さんをおいて他にない。


text by Reiko Kakimoto / photographs by Hide Urabe


心が叫んでいるんだ


竹島さんは情熱の人だ。理屈じゃなくて、激情の塊が猪突猛進しているような人だ。

モッツァレッラ作りの始まりもそうだ。書店で手にとった書籍で、イタリア田舎暮らしの様子を見て、雷に打たれた。「心が叫んだんです。モッツァレッラ作りを見て、ああ、俺のやりたいことはこれだ!って」

前職を辞してナポリへ。30軒ほどのモッツァレッラ工房を回った。片言のイタリア語で話しかけ、しつこく通ううち、「窓から見るだけなら見せてやる」と根負けしたオーナーがいた。そこで半年休まず、一部始終を、言われた通りひたすら窓から覗き込み、チーズ作りを細部まで頭に叩き込んだ。半年後、ビニール袋をチーズに見立てて真似しながら見ていると「そんなにやりたいならやれ」と工房に入れてもらえ、2年モッツァレッラを作り続けた。次の修業先は、約600頭の水牛飼養からチーズ生産までを一貫して行う工房。泊まり込みで働き、水牛の飼い方を教えてもらった。その頃から、イタリアと日本、水牛の輸入先であるオーストラリアを行き来しながら、日本での牧場開業準備を始めていった。


イタリアの味をずっと目指して


実家が農家な訳ではない。敷地の取得ひとつにも苦労があった。農地、しかも牛(さらに水牛)だ。どの自治体も色好い返事はくれなかった。帰国ギリギリで、やっと宮崎県の廃業した牧場地を借りることができた。牛も先述の通り、自らオーストラリアに飛び、オーナーに直談判して20頭入手。1億8000万円ほどかかった初期投資金は竹島さん自身が7000万円負担し、残りは父が持ち物件を売却して息子の夢に出資をした。こうして08年、宮崎県の都農町で水牛飼養とチーズ作りが始まった。

2年後の2010年3月。牛も42頭まで増え、年商も4000万円まで順調に伸びていた矢先に口蹄疫が発生する。

「この時のことは僕の心の中にまだうまく入ってないです。入ると壊れちゃうから」。明るくインタビューに答えていた竹島さんの顔が、泣き笑いのような表情に歪んだ。

水牛は全頭処分した。「でも、モッツァレッラ作りから完全に手を引こうとは思いませんでした。イタリア料理の世界とはつながっていたかったので、イタリア料理店で働きながら、必ず再起を図るぞと腐らずに考えていました」

いつかチャンスがある。その情熱にアル・ケッチァーノの奥田政行シェフが力を添えた。北海道の新得町(しんとくちょう)、さらには現施設の代表、小林武史さんに竹島さんを紹介したのだ。30ヘクタールの敷地で農業、食、アートを軸にしたサステナブルファーム「クルックフィールズ」のプロジェクトに合流する形で、竹島さんは2018年、再びオーストラリアや竹富島などから買い集めたヨーロッパ系水牛とともに、木更津に移住した。 

現在、牛舎には種牛(雄)3頭、経産牛(雌)27頭、子牛が5頭いる。竹島さんは朝3時から搾乳をし、4時から2名のスタッフとチーズ作りを始める。その日の昼までには出来たてチーズが飛行機で全国に運ばれ、契約店の店頭に並ぶ。刻々と風味と状態が変化するフレッシュチーズだからこそ、圧倒的な鮮度の良さが、竹島さんのチーズの強みだ。「僕の目指すチーズは、最初から変わらずイタリアで感激したあの味。牛の飼料設計もほとんどイタリアの修業先と同じ」と言う。クルックフィールズにとって、水牛の飼養は「存在感があり、生命の営みが可視化できて、予想以上に核となっている」という。「ガイドツアーも、ここでやりたいことの一つ。僕が感激した時の体験が共有できたら嬉しいですね」
(写真左)モッツァレッラは乳を凝集した「パスタ」に湯を注いで練りあげる。弾力のあるチーズを手で切って成形。現地ではパスタを練る人、送る人、切る人と3人1組で作る。「全員が熟練していないと90点の出来を目指せない」と竹島さん。
(写真右)前職の北海道・大樹町で飼っていた水牛を9頭千葉に連れてきた。その他、10頭を追加購入したという。種牛は近親交配にならないよう世代交代する。妊娠した雌牛は約10カ月で出産し、その後8カ月乳を出す。


(写真左)搾乳牛にはトウモロコシを中心に、ホールクロップ、乾燥牧草を与える。飼料設計は修業先とほぼ同じ。一部、千葉県産のコメを混ぜている。
(写真右)取材時は搾乳した生乳を一晩冷やし、翌日チーズの原料に使用していた。チーズ工房が完成した現在は、搾った乳をすぐにチーズ工房に運んで使う。できたチーズはその日のうちに全国の売り場に並ぶ。






◎ KURKKU FIELDS
千葉県木更津市矢那2503
☎0438-53-8776 
10:00~17:00(ダイニングは11:00~16:00LO)
火、水曜休
※酪農場は立ち入り不可。チーズツアーなど限定開催。
https://kurkkufields.jp/
Instagram:@kurkkufields

雑誌『料理通信』2019年9月号 掲載)

























































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