日本の伝統産品を、ちゃんと売る
醤油専門 販売店主 高橋万太郎
2024.04.22
個性的なラベルと様々な濃さの醤油が入ったミニボトル。「かわいい!」と思わず手が伸びる。これらは高橋万太郎さんが運営するサイト「職人醤油」のオリジナルサイズ(100ミリリットル)だ。
小瓶なら、数種類を一度に空けても風味が落ちる前に使いきれる。最初は見学させてもらった「ここ」と思う醤油蔵にこの小瓶を持って行き、「試しに100本入れてください!」とお願いをして回った。「2軒目以降は、あの醤油蔵が協力しているなら仕方ない、と苦笑いして作ってくれました」。
インターネットで売り始めたところ、売れ行き好調。広告をほとんどせずに口コミで広がり、リピート率も高い。セレクトショップや百貨店からも取扱依頼がまたたく間にくるなど「想像以上の反響でした」。
組織の面白さに目覚め、起業へ
金融トレーダーを夢見ていた高橋さんの転機は、大学時代。京都市内の合同大学祭に実行委員長として関わったことだ。大学受験に失敗してコンプレックスを抱いていたものの、「京大や芸術系など様々な学生と関わるうち、勉強できる奴が社会人として“できる”奴とは限らないと気付いた。それで自信が取り戻せたんです」。
実行委員会の役割のなかで、高橋さんは組織図やスケジュールといった“設計図”を描くマネジメントという得意分野を見出した。組織のなかで後輩たちが逞しく成長したり、価値観の全く違う学生たちが一つの目的でかみ合って力を発揮したりすることが面白い。いつしか高橋さんは「いつか起業を」と夢見るようになっていた。
時を経て残った「宝」探しへ
「営業をしっかりやっておけば、起業も転職もできる」と考えて、営業が強いといわれる精密光学機器メーカーに就職。3年目を迎える正月に起業への思いが強まり、結婚と同時に会社を辞めた。そして自分たちが自信をもって表現できる商材を探して、北海道から山口までを3カ月かけて回る「新婚旅行」の旅に出る。
心に留まったものは地域に根付いた伝統産品。しかし、そこで聞く声は「商品に自信はある。でも売れない」。味噌や醤油に関しては、厳選した材料で丁寧に作っていても「毎日地元で使うものだから高くできない」と大量生産品と変わらない価格で売っていた。都会の消費者に売りこもうにも、小さな蔵では生産量の少なさから大手の流通に乗せられないという事情があった。「ここに自分ができることがある」と直感した高橋さん。「蔵」は地域活性を考えた時に欠かせない中心的存在であること、そして贅沢をしない母が初めてネット購入したのが醤油だったことを思い出し、商材は決定。醤油を探す旅に出た。
物を売ることで、地域を元気にしたい
最初に飛び込んだ醤油蔵で次に訪ねるべき蔵を尋ね、30軒ほど回ったとき、業界の輪郭がおぼろげに見えてきた。
「全国にある約1600の醤油蔵のうち、原料となる米や小麦、塩を仕入れているのは1割程度だと実感しています。実は国の近代化政策で、小さな醤油蔵は合併して大きな工場を作り、原液を分配する効率化を行っています。そんな醤油蔵は原液に甘味をつけたり火入れをしたりという、香りや味わいの最終調整のみをする。そうした醤油と、麹から作っている蔵の醤油が同じ価格で売られているんです」
蔵めぐりをして醤油をわかったつもりでいても、スーパーで並ぶ醤油のどれがいいかわからない自分にもショックを受けた。「少し勉強した自分でもこうだから、皆はラベルの雰囲気と値段だけしか判断材料がなくて困っているのではないか」との思いが、味比べできる小瓶販売というビジネスモデルにつながった。ラベルは醤油蔵で使っている縮小版。「職人醤油」のマークは蓋のシールにしか記載されていない。気に入った醤油は、直接醤油蔵に連絡して購入してほしいとの思いからだ。「こだわった“ものづくり”をしている人ほど、消費者と繋がりたがっているんです。小瓶が売れれば、醤油蔵への注文も増える。蔵との関係もとても良くなりました」。
サイト開設当初は「国産原料で麹から作る醤油蔵」のみを取り扱っていたが、今は少し考えを変えた。「地場に根付いた誠実な造りをしている蔵、自分が惚れこんだお醤油屋さんを紹介しています」
今後は他の伝統産品も売ることで地域を活性化したいと意気込む。「地域コンサルティングをするのではなく、“よそもの”として一緒に商いをしたいんです」。抱え込むのではなく、同じ方向を見て手をつなぎ、共に歩みたい。そう高橋さんは思っている。
(雑誌『料理通信』2011 年10月号掲載)
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