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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

90歳。「毎年、去年と同じ仕事ができるかを、確かめたい」

生涯現役|「野田岩 麻布飯倉本店」金本兼次郎

2022.09.01

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Masashi Mitsui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


金本兼次郎(かねもと・けんじろう)
御歳90歳 1928年(昭和3年)1月1日生まれ
「野田岩 麻布飯倉本店」

12歳で店の手伝いを始め、20歳前後から鰻を焼き始める。1957年、5代目として店を継ぐ。下北沢、銀座、日本橋、さらにパリへと多店舗展開を進め、ワインやキャビアとの食べ合わせなど、新しい試みを実現。2007年、厚生労働省の「卓越した技能者(現代の名工)」に認定される。


フランスには、これまで100回以上行きました

8人兄弟の長男なもので、小さい頃から「五代目」と呼ばれて育ってきました。生まれも育ちも、ここ麻布飯倉です。12歳から店を手伝い始め、下働きを経て、鰻を焼くようになったのが20歳前後。以来、かれこれ70年間、鰻を焼き続けてきました。

鰻は、身のふっくら感と焼き加減が大切。裂いた鰻は、丁寧に串を打って素焼きし、小一時間ほどじっくり蒸して、余分な脂を落とします。その後、タレをくぐらせ、両面を繰り返し、備長炭で焼きあげます。みりんと醤油で作るタレは、代々受け継がれている伝統の味。鰻の産地や状態によって、炭火の加減や焼き時間を見極めることはもちろん、焼く時の団扇の扇ぎ方にも細心の注意を払います。

朝は4時に起きて、4時半過ぎには仕込み作業を開始。目処がついた頃に朝食を摂ります。普段の食事は、肉より魚が多いですね。昼は2時くらいに、店のみんなで賄いを食べます。自分で鰻を焼いて、お茶漬けで食べることもありますよ。夕食は、営業が終わった9〜10時くらいに、お湯割りを飲みながら、湯豆腐や魚などを軽くつまみます。

もう何十年も、毎日欠かさず食べるのが、ボウル一杯の生野菜。結婚前、帝国ホテルで働いていた妻が、外国人客が生野菜をたくさん食べる姿を目の当たりにして、健康のために取り入れた習慣です。夫婦そろって今も健康でいられるのは、この野菜習慣のおかげでしょうね。

私は、休日も体を動かしていないと嫌な性分。だから用事がない時には、基本的に歩きます。元旦は、鎌倉と片瀬江ノ島間を20キロ近く歩くのが定番。正月も寝てばかりだと、ご馳走をおいしく食べられませんから。

これでも若い頃は毎晩、仲間とお酒を飲み歩いていたんですよ。でもそのせいで、50代で肝臓を壊してしまい、「これではだめだ」と生活を一変させました。自分が健康でなければ、従業員やその家族も守れないですから。

パリ店は、今年(2018年)で21年目になります。フランスには、これまで100回以上行きました。今でも年に3〜4回は飛びますよ。飛行機移動も、まったく苦にならないんです。パリ店立ち上げの時には、鰻の仕入れ先を探すのに、相当苦労しましたが、今ではありがたいことに、売り込みもいただくようになりました。

フランスは美食の国だけあって、本物の仕事で作られた、本物の味を食べられるのが魅力。還暦を過ぎてから10年ほど、毎年フランス中の三ツ星レストランを食べ歩く旅もしました。そんな経験から、例えば志ら焼にキャビアを組み合わせてみたりと、洋風にアレンジした鰻も店で出しています。国内産からフランス産の名品まで、ワインも充実させています。

何事も継続してやることが大事ですが、鰻を焼くことも然り。毎日やっていないと、勘が狂ってしまいますから。医師からも、「続けていないと忘れてしまう」と言われています。何より、緊張感のある時間を持った方が幸せです。

今、始まったばかりの90代をとても楽しみにしています。毎年、去年と同じ仕事ができるかを、確かめたい。だからもっともっと、頑張って生きようと思っています。

うな重。創業からおよそ200年続く、伝統の味。戦時中、空襲があった時には、「タレも防空壕に持ち込んでいました」(金本さん)。



毎日続けているもの 「鰻」

◎野田岩 麻布飯倉本店
東京都港区東麻布1-5-4
☎03-3583-7852
11:00~13:30最終入店
17:00~ 20:00最終入店
日曜休(土用の丑の日、月曜不定休あり)
都営線赤羽橋駅より徒歩5分

※新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

(雑誌『料理通信』2018年2月号掲載)
※年齢等は取材時・掲載時点のものです。

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