私がこの店を「分煙」にした理由。 ――人気店主が語る「分煙」ホスピタリティ―― VOL.1 「カフェブリュ」の分煙の考え方。
1970.01.01
photographs by Hide Urabe
「分煙」か「禁煙」かは、いまや店づくりにおける重要なテーマのひとつです。
吸う人も吸わない人も共に快適に過ごせる環境づくりは、ホスピタリティ向上のために欠かせない要件と言えるでしょう。
スペースや予算に限りがある場合、「分煙」ではなく「禁煙」にするケースが少なくありません。そんな中で、「分煙」を貫くお店の話を聞くと、日本人ならではのサービス精神や、人を思いやる気持ちを大切にする生き方が見えてきます。
東京・神泉にある「カフェブリュ」は、“日本ワインの聖地〞だ。日本ワインのオーソリティとして知られる店主の岩倉久恵さんを慕って、生産者やレストラン関係者、ワイン愛好家が頻繁に訪れる。
その「カフェブリュ」が禁煙ではないと聞けば、驚く人も多いだろう。ワインを専門的あるいはマニアックに味わう場合、たばこが吸えないケースのほうが多いからだ。しかし、岩倉さんは禁煙にはせず、「分煙」という形をとった。その背景には、岩倉さんのいろんな思いがある。
徹底的に利用者の立場に立つ。
「カフェブリュ」は、朝10時にオープンして深夜0時まで営業する。途中、アイドルタイムはとらない。しかも、年中無休。
自家製トーストがうれしい午前中のカフェタイム、自慢のミルフィーユバーグかパスタが大満足のランチタイム、近隣で働く人々のミーティングにも使われる午後のコーヒータイム、そして、17時からはワインと料理でレストラン的にもバル的にも利用できる。岩倉さんいわく「四毛作」のメニュー展開で客層を限定しない。その上で、〝日本ワインの聖地〞として高い評価を得ているのである。
岩倉さんは、大学卒業後、12年間にわたって外食企業に勤務して、飲食店の立ち上げやメニュー開発、スタッフトレーニングなどの経験を積んだ。初めて自分の店を手掛けたのは04年。小さな立ち飲み屋からのスタートだった。07年まで、毎年1〜2軒のペースで店をオープンさせては話題を呼んだが、いずれもが酒とつまみを主体とする夜の店。「昼営業は、この店が初めてなんですよ」と岩倉さん。
昼営業に踏み切ったのは、「この物件の前の業態がカフェだったから。夜のみの営業にしてしまったら、それまでの利用者が困るのではと思ったんですね」。
店の構造を活用した「分煙」。
初のカフェ業態、昼営業に取り組むにあたって、岩倉さんはたばことの向き合い方を考えた。
「私が飲食業界に入った当時、店でたばこが吸えるのはごく当たり前のことでした。お客様に快適に過ごしていただくサービスのひとつとして、いかにスマートに灰皿を換えるかに心を砕くといった、たばこへの対処がありました。そのせいか、自分の店でも、ごく自然に喫煙可を貫いてきたんですね」
お酒が嗜好品であるように、たばこも嗜好品だ。酒の文化があるように、たばこの文化もあるだろう。たばこへの風当たりが強くなっても、岩倉さんは〝吸える店〞という姿勢を崩さなかった。
「事前にご説明をしたり、座っていただく席を配慮したりといったコミュニケーションによって、吸う人も吸わない人もひとつの空間で過ごせるようにと心掛けてきました」
それを「カフェブリュ」で「分煙」に踏み切ったのはなぜか?
「お店を立ち上げる前に、スタッフみんなで話し合ったんですね。夜ではなく昼の営業時間帯になると、たばこを吸わないお客様の利用が多くなるのではないか。であれば、分煙にしたほうがよいのではないか」
分煙を可能にする店の構造になっていたということもある。
「前の店がテラス席にしていた手前のスペースを、私たちは壁と屋根を付けてサンルームのような造りにしています。その壁と屋根の接合部にたまたま10cmくらいの隙き間があって、そこから空気が抜けていくんです」
つまり、絶えず換気されている状態になる。その構造を利用して、手前のサンルーム部分を喫煙エリア、奥を非喫煙エリアにした。その上で、入口の外に灰皿を設置。最近ではベンチも置いて、外でも腰掛けて吸えるようにしている。「うちのお客様だけじゃなくて、道行く人が座って吸っていくこともしばしばです」と、岩倉さんは笑う。
「分煙」が作り出す風景。
「分煙にして、吸う人にも吸わない人にも、より気持ちよく過ごしていただいているのを感じます」と岩倉さん。予約時あるいは入店時に必ず「お吸いになりますか、なりませんか?」と尋ねて、席を割り振るのだが、吸う人が堂々と、ゆったりと愉しんでいくのを感じるという。
「会社で根を詰めて仕事をしてきて、お昼くらいは座ってたばこを吸いたいって思われるようです。喫煙所はどこも立ったまま吸うケースが多いからか、ランチ時くらい座って一服したいのでしょうね。外から店の中を覗き込んで、喫煙エリアの席が空いていないと、入らずに帰ってしまわれるケースが少なくありません。食べ終わってから外で吸えばいいや、ではないんですね」
また、夜の様子からは「たばこを吸う人にとって、お酒とたばこは同時進行」という光景が見受けられるそうだ。
「吸う人と吸わない人が同席される場合は、ほぼ非喫煙エリアに座ることになります。吸う人が吸わない人に合わせるんですね。そして、吸う時は喫煙エリアや外に移動して吸うのですが、その際、ワイングラスも持って移動するんです。二つは切り離せないんだなって。たばこだけ吸って戻ればいいわけではない。そんな光景を見ていると、喫煙エリアを設けて本当によかったと思うのです」
ひと言交わし、ひと言添える、心配り。
個人オーナーの店の場合、経済的にも規模的にも分煙設備を整える余裕がなくて、禁煙にしてしまうケースは少なくない。
「時流もありますよね。私たちも『こんな良いワインを出していて、たばこを吸わせるのか』と言われたことは一度じゃない。けれど、店側のちょっとした努力で、吸う人と吸わない人、両方を受け入れられるなら、そのほうがいいと思うのです」
禁煙という線を引いてしまったほうが簡単かもしれない。けれど、岩倉さんはそうはしない。「社会にはいろんな人がいて、いろんな考え方がある。自分と違う考え方を否定してしまったり、排除してしまったら、そこから何も生まれないから」。
ちなみに岩倉さんはたばこを吸わない。それでも、同じく岩倉さんが営む中目黒の和食店「煮炊屋 金菜」、こちらの店は喫煙可だ。
「店とお客様とのコミュニケーションに負うところは大きいと思います。お客様の入店時に『お吸いになりますか?』と必ずお聞きして然るべき対応をしたり、『こちらのお客様、たばこが苦手なのですが』と伝えたり」
ひと言交わし、ひと言添える。その心配りが果たす役割は無視できない。
「私の目標は世界平和なんです」と岩倉さん。「それはまた大きく出ましたねと言われそうですが(笑)。肌の色が違い、生活習慣も思想も違う同士が、地球上で共存していくことを理想とするように、私の店でも、いろんな考え方の人が共存してほしいと思うんですね。大きな目標を達成するには、小さなところから実現しないと。私にとって、分煙は世界平和への第一歩なんです(笑)」。
「分煙」は日本の文化だから。
欧米ではホテルやレストラン等、屋内においては禁煙となっているケースが多く、「分煙」によってたばこを吸う人と吸わない人が共存していることは、日本独自のおもてなしと言われている。それを成り立たせているのが、岩倉さんのようなきめ細やかなサービスの力なのだろう。
この辺りは民泊の外国人が多く、「カフェブリュ」へも訪れるという。店内に吸えるスペースがあると知って、驚きながらもうれしそうに「あちらの席へ移っていいか」と聞かれることもあるそうだ。
「分煙のお陰で、たばこNGのワイン愛好家、お酒もたばこも嗜む人、ハードワーカーの喫煙者、いろんな人々を受け入れられる。お酒の文化とたばこの文化、どちらが欠けてもいけないと考える私にとって、分煙は、長い歴史の中で培われてきた大切な文化を守り伝える手段だと言えます」。
◎カフェブリュ
東京都渋谷区円山町23-9 平井ビル1F
☎ 03-5428-3472
10:00~24:00(土日祝 12:00~)
無休
京王井の頭線神泉駅より徒歩3 分
◎煮炊屋 金菜
東京都目黒区青葉台1- 27-12 fスタジオ1、2F
☎ 03-5725-9025
11:30~14:00LO 17:00~翌1:00 LO
無休
東急線中目黒駅より徒歩10 分
【実践編】 吸う人も吸わない人も快適な環境に。
ここまでご紹介してきたように、「分煙」か「禁煙」かは、現代の店づくりにおける重要なテーマのひとつです。「分煙」を体系的に知り、吸う人も吸わない人も共に快適に過ごせる環境づくりについて考えてみませんか?
◎分煙に関するお問い合わせ
日本たばこ産業株式会社