グラスが引き出す食への好奇心
第1回 「香りを抑えることで引き立つ味もある」
ワインジャーナリスト 西田恵×木村硝子店 木村祐太郎
2016.11.05
text by Reiko Kakimoto / photographs by Masahiro Goda
グラスによってワインの香りも味も変わることは、多くの人が体験していることでしょう。グラス選びはとても大事。でも、セオリーに縛られすぎると窮屈になります。ワインとグラスの関係はもっと自由でいいのかもしれません。
「グラスを変えてみると、ワインの新たな魅力が見えてきますよ」と語るのは、木村硝子店の木村祐太郎さんです。そこで、ワインジャーナリストの西田恵さんをお迎えして、グラスとワインの関係について語り合っていただきました。第1回目の題材は、木村硝子店の「ベッロ」。脚なしで口が開いたワイングラスです。このグラスで、あるワインを飲むと、意外な効果が現れるのだとか……。さぁ、その効果とは?
「ベッロ」誕生の背景
“日本人の味の楽しみ方に沿うグラス”というコンセプトで、木村祐太郎さんがデザインした「ベッロ」。ワインジャーナリストとしてご活躍の西田恵さんに、まずは試していただきましょう。
(西田恵さん 以下敬称略):
(持ち上げて)わ! 軽い! 薄いですね。
(木村祐太郎さん 以下敬称略):
薄いけれど、唇が当たる縁の部分に少し丸みがあるでしょう? この触感にこだわりました。薄いグラスは繊細さやシャープさが命ですから、職人さんは縁もシャープにしたがるんです。でも、僕は柔らかくしたかった。職人さんにとっては、このダマっぽい縁が許しがたかったみたいで、この部分を巡って随分揉めました(笑)。
西田:ふふふ(笑)。その成果は後ほど試させていただきましょう。
西田:まずはそもそも、どうして、こうしたワイングラスを作ったのですか? 脚もないし……。
木村:脚に関しては、僕自身がワイングラスをデザインする時に、「脚がなければならない」というセオリーに縛られていたという経緯があります。それでワイングラス(の設計)はすごく窮屈だと思っていて。でも、ある時、イタリアのフィレンツェにあるステーキ店でビステッカ・アッラ・フィオレンティーナとワインを頼んだら、無骨なコップがどかどかと出てきたんです。そのコップで飲むワインのおいしかったこと! その時、分析せずに楽しんでワインを飲むというスタイルが、コップでならできることを知りました。
西田:確かに食堂などでワインがコップで出てくること、ありますね。あの感じ、私も好きです。
木村:そのコップを、もう少し無骨すぎない、日本の食卓で女性が手にしても美しく見えるような、きれいなディテールにできたらいいなと思ったんです。
元々、ワイングラスの口は開いていた ! ?
西田:口がすぼんでいるワイングラスが多い中で、「ベッロ」は朝顔型に開いていますね。
木村:ええ。今、ワイングラスと言えば、その多くが口のすぼんだフォルムですが、実は昔のワイングラスのボディって、こういう朝顔型をしていたんですよね。
西田:そうですね。美術館や博物館で見るワイングラスは、「ベッロ」のような形状の下に脚が付いているものが多いですね。
木村:口をすぼませて、内部を大きく膨らませた形のグラスは、香りも味もとりやすくて、分析的に飲めるから、ワインをいろんな要素に細分化して把握したり、性質を深く理解するには優れています。でも、僕にとっては味の構成要素をバラバラに味わっているような感覚もありました。そうではなくて、香りも味も、まとまった状態で味わいたいと思ったんですね。味の要素が渾然一体となった状態でつるっと口の中に含まれるイメージです。で、最終的に行き着いたのがこの朝顔型のフォルムでした。グラスの中に鼻を入れて嗅ぐように「香りをとる」のではなく、グラスからふわっと漂う「香りを感じる」のがより自然だな、と。
西田:なるほど。通常のワイングラスは、鼻を近づけた時に初めて香りがとれますね。でも「ベッロ」のグラスは手元に寄せた時から香りが上り、漂います。
木村:グラスの選択肢の一つとなればいいな、と思っています。ロマネコンティなどのすばらしい造りのワインは、香りをとりやすいグラスのほうがいいでしょう。一方で、カジュアルに楽しむなら、「ベッロ」のようなグラスもあっていいかな、と。
ワインの新しい潮流、グラスの新しい楽しみ方。
西田:これまでワインは、ほぼ決まった基準に従って評価がされてきたのだと思うんです。でも今は、ビオの造り手だったり、新世界のワイナリーの台頭があったりして、様々な価値観が提示されています。グラスをめぐる状況もワインの潮流と似通っていますね。自然派ワインがワイン本来の造り方への原点回帰と言えるように、「ベッロ」も、ワイングラスのロジック以前への原点回帰というか、時代をさかのぼる考え方でお作りになっている。
木村:それは意識しています。ロジカルで分析的なワイングラスが一般化した今、ヨーロッパの裏側の国で同じことの後追いをしていても仕方がないかな、と。
西田:ワインが多様化して、レストランでもオレンジワインがリストに載るようになりました。ワインの多様化に合わせて、グラスもいろいろ楽しみたくなりますね。
木村:ええ。選択肢を用意しておきたいですね。
西田:「ベッロ」の形状は日本の食卓にしっくりなじみそうです。レストランと違って、家は天井が高くないし、出す器も大きいものはない。和食器も混じり合う中で、脚のないグラスの方が収まりがよいと思います。お茶碗の形と同じく、広がっている形であることも、日本の食卓になじみやすい要素かもしれませんね。
木村:デザインしている時には気付かなかったのですが、スタッキングも可能なんです。ワイングラスは場所をとりますが、「ベッロ」は重ねて収納できる点もご好評をいただいています。
香りを抑えることで引き立つ味わい
――「ベッロ」で飲みたいワインとして、西田さんはアルザスのゲヴェルツトラミネールを挙げてくださいました。
西田:アルザスのワインには、香りが甘く強いものがあります。ゲヴェルツトラミネールやリースリング、ピノグリ、ミュスカなど、華やかで甘い香りのものが多いせいか、「アルザスのワイン=甘い」と捉えられがち。でも実は、味わいは意外とドライです。
――香りで誤解されてしまっているわけですね。
西田:その点、香りより味に集中できるように作られた「ベッロ」は、アルザスワインの良さを引き出してくれると思うんです。試してみましょう。
木村:ショールームのグラスをどれでもお試しください。口のすぼまった従来型の脚付きワイングラス①と、コップ②と、「ベッロ」③にしましょうか。
西田:(試飲して)この3つのグラスで、味が全然違います! ①は、味が集中していますね。味の濃いところが感じられるので、ワインの評価がしやすいと思います。②はカジュアルな味わいになる。③は味が広がりますね。縁がほんの少し外に反っているからか、香りと味が一度にふわっと入ってきます。
木村:柔らかな口当たりは、先ほど申し上げた縁の加工が影響していると思います。シャープに仕上げると、味にエッジが出てきますから。
西田:①のような通常のワイングラスだと香りが集中するので、とても甘くて蜜のようなニュアンスが強調されます。そうすると「重そうだな」って構えてしまうんですよね。それが最初の一杯だと、香りが強すぎて、料理に合わせづらくなる。ソムリエでも使いこなすのが難しいワインだと思います。
木村:ああ、なるほど。
西田:その点、「ベッロ」は口が広く開いているので、香りが適度に分散される。構える必要がなく、②のコップほどカジュアル過ぎないのもいいですね。
木村:ちなみに「ベッロ」には4サイズあって、Mサイズをワイン用にお使いになる方も多いです。
西田:(試飲して)Lサイズでいただくよりも、味を強く感じますね。味わいの輪郭が引き締まるというか。そして、香りが分散する分、ドライな味が引き立ちます。アルザスワインを食事と合わせるシーンでは特にお薦めですね。
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