「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」青木定治×「農業生産法人(株)GRA」岩佐大輝
トップパティシエと新世代イチゴ農家が語る、これからの農業 -前編-
2021.04.26
text by Kei Sasaki / photographs by Masahiro Goda
農業大国フランスで30年以上のキャリアをもつ「パティスリー・サダハル・アオキ・パリ」青木定治シェフにとって、農業とお菓子づくりは密接に結びつくものです。その青木シェフが東日本大震災からちょうど10年を経た今年3月、宮城県亘理(わたり)郡山元町を訪ねました。会いに出掛けたのは、この地をイチゴ産地として復活させた新世代農業生産法人「(株)GRA」代表の岩佐大輝さん。2人が語る日本の農業と地域の未来、これからのイチゴ栽培とは?
目次
津波にのまれた“宮城の湘南”をイチゴ産地に蘇らせる
パリと日本を行き来する生活を続けながら、折を見ては日本各地の果樹農家を訪問しているという青木シェフ。今回訪ねた亘理郡山元町は、宮城県の東南端に位置する太平洋沿岸の小さな町。“宮城の湘南”ともいわれる温暖な気候を生かしたイチゴの栽培が盛んで、隣接する亘理町とともに東北屈指の生産量を誇る「イチゴ王国」だ。
イチゴ農園は、海岸沿いの平地に連なる。豊かな日照量に恵まれた気候条件と、海に近い水はけのよい土壌。イチゴ栽培にとっての好条件がそろう土地だが、2011年3月11日の東日本大震災では、一切が津波に流された。イチゴ農家も文字通り壊滅したが、見事に再生し、さらに魅力的な産地として発展を遂げている。
岩佐さんが震災の翌年に設立した「農業生産法人(株)GRA(以下GRA)」は、最先端のICT(情報通信)技術を駆使したIT農業で、イチゴの最高級品「ミガキイチゴ」のブランド化に成功。青果卸や料理人など食のプロはもちろん、全国で地域創生に取り組む人々からも注目されている。
「ここは2012年に建てたハウスで、GRAで一番古い圃場になります。栽培しているのは宮城県が開発したニコニコベリーという品種。多汁で、中の果肉まで赤いのが特徴です」と案内してくれたのは栽培担当の菅野亘さん。
イチゴ畑というと、かまぼこ形の畝が並ぶ畑をイメージするが、GRAでは創業時から養液栽培を取り入れている。1メートルの高さに栽培ベンチを設置することから高設栽培とも呼ばれるこの栽培方法は、イチゴの新しい栽培方法として注目を集めている。
紫外線の照射で可能になる「低農薬イチゴ栽培」
「養液・高設栽培は、作業効率が高い。土作りや畝立てが不要で、作業は立ったままできる。温度や施肥を管理しやすく、新規就農者でも栽培技術を習得しやすいのも特徴です」
栽培ベンチの中には、潅水用のチューブが通っていて、イチゴの生育期に合わせて必要な量の肥料と水が与えられる仕組みになっている。温度管理もコンピューターで制御。ハウス内の温度が上がれば窓が開き、栽培ベンチ内の温度が下がればチューブに温水を流して加温することができる。さらに、GRAのイチゴ栽培に欠かせないのが、天井から紫外線B波を照射するパナソニックの「UV-B電球形蛍光灯セット(以下、UV-B)」だ。
「イチゴは元々、病害虫に弱い作物で、大敵といわれるのがウドンコ病。発生するとイチゴに白いカビが生えた状態になり生食用として出荷できなくなる。UV-Bは夜間に3時間紫外線を照射するだけで、ウドンコ病予防に効果てきめん。農薬散布量は、導入前の1/4程度まで減っています」
菅野さんの説明を聞きながら、UV-Bが設置された天井を見上げる青木シェフ。
「見た感じ、ふつうの電球と変わらないですね。このシンプルな設備に、そんな効果があるなんて、興味深いです」
青木シェフの言葉通り、電球形蛍光灯と同じ仕様で設置も簡単ゆえ、導入しやすい点もメリットなのだとか。GRAは国と共同で、他社に先駆けてUV-Bを使用した試験栽培を行ってきたが、その劇的な効果を見た近隣農家が次々と導入しているという。
農業を“人間らしい仕事”にするためにテクノロジーを使う
圃場の視察を終えた青木シェフは、GRA代表の岩佐さんに話を聞くことに。岩佐さんは、地元山元町の出身だが、東京でITビジネスを軌道に乗せた実業家。東日本大震災で大きな被害を受けた故郷を復興させるために、2012年、非営利団体GRAと農業生産法人GRAを立ち上げた。地場産業であったイチゴ生産にITで構造改革を起こし、新規就農者のロールモデルを作り上げた立役者だ。
「イチゴ生産者の代表と聞いて、想像していた感じの方とは違いますね」と笑う青木シェフとは、すぐに意気投合。パティシエが農産物に求めるもの、農業や産地のあり方などについて、予定時間を超えて話が弾んだ。
「圃場を見ていただいて、いかがでしたか?」と、青木シェフに尋ねる岩佐さん。
「清潔で、管理・手入れが隅々まで行き届いているというのが一番の印象です。イチゴも、果肉まで赤いニコニコベリーから、あふれるような香りがあるハナミガキまで、個性豊かな品種が栽培されている。とても興味深かったですね」
伝統や慣習、生産者の経験値に重きを置かれる農業の世界で、異端児として闘ってきた岩佐さんは、返事を聞き、素直にうれしそうな表情を見せた。
「日本の農業の世界はまだまだ、大地の上で、太陽の光を浴びて自然に育ったものが最上という固定観念に縛られているんです。ところが、うちのイチゴが示した通り、テクノロジーが果たす役割は大きい。イチゴ栽培の大敵は、カビと害虫。葉や茎の表面に白いカビがつくウドンコ病の発生を抑えるために従来、農薬が使われてきたのですが、それに代わるものとして登場したのがUV-B。イチゴに紫外線を照射して、免疫力を高めるものです。農薬を繰り返し散布しながら土の上で育ったイチゴがいいのか、紫外線という光を当てることで農薬の散布を極限まで減らして育てたイチゴがいいのか。農業における“自然”と“テクノロジー”の意味を、生産者も食べ手も、冷静に考えるべきときに来ていると思います」
岩佐さんの話を受け、「菓子作りにも、同じことが言えると思うんですよね」と、青木シェフ。
「例えば、最新鋭の機材を使って作る菓子は、職人の手仕事で作る菓子に劣るのか、という話。答えは、NO。重要なのはお客様が食べて“おいしい”ことで、プロセスにおける労力、苦労に付加価値を持たせてはダメだと思う」
岩佐さんは大きく頷いた。岩佐さんが、GRAの基幹事業としてイチゴ栽培を選んだ理由は大きく二つある。一つは、地場産業を復活させること。もう一つは、新たな雇用を生むこと。技術の習得に時間がかかる従来型の農業では、後継者が育つまでに時間がかかり過ぎる。結果、仕事として農業を選ぶ人は減り、産地の未来は先細りにならざるを得ない。岩佐さんは、イチゴ栽培にテクノロジーを生かせる可能性を感じたのだ。
「例えばイチゴ農家にとって、植物に触れ、素晴らしい果実を収穫するのは楽しい仕事です。一方で、農薬を散布したり、温度管理のために朝4時に圃場に来てハウスの窓を開閉するのは、面白くない。この“必要だけれど面白くない”部分を、テクノロジーで代替できるのは、関わる人が生き生きと働く上で非常に重要なことなんです」
ウドンコ病対策で比較すれば、薬剤散布に必要な人件費と薬代などを考慮すると、UV-Bの初期投資は数年で回収できる。加えて、廃棄するイチゴの量や加工品に回す量も激減する。UV-Bは、費用対効果の面でも大きな利益があると岩佐さんは話す。
後編「世界市場を目指す上で、低農薬栽培は必須課題だった」はコチラへ
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