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JOURNAL / JAPAN

日本 [青森] 令和元年、青森県の新しい酒米「吟烏帽子(ぎんえぼし)」が本格始動

vol.2 新しい酒米に、蔵の個性を掛け合わせて

2019.09.27

佐藤進さん・企さん親子。「丈はあまり大きくならないけれど、穂が出る頃、一気にぐっと伸びる。まだ2年目だからなんともだけれど、生育も早く、まずまずいい感じです」と、父の進さん。

「八戸酒造」に続き、十和田市、おいらせ町、むつ市にある3軒の蔵が、先陣を切って「吟烏帽子」での酒造りを始めています。大いなる可能性を秘めた新しい酒米に、蔵の個性を掛け合わせて。青森の酒の魅力が、いっそう深まりつつあります。


親子で田んぼから酒造りを手掛ける

「地酒は地方食文化の結晶である」

これは「鳩正宗」「八甲田おろし」で知られる十和田市「鳩正宗」の社是です。創業明治32(1899)年。当時は蔵のそばを流れる稲生川にちなんで「稲生正宗」の名で親しまれていましたが、昭和初期、蔵の神棚に住みついた一羽の白鳩を蔵の守り神として大切にし、以降「鳩正宗」に改名した歴史があります。平成16(2004)年、地元十和田市出身の佐藤企(たくみ)さんが杜氏に。越後、丹波と並ぶ杜氏集団・南部杜氏に名を連ねる佐藤さんは、青森の酒造りの牽引役でもあります。

地元産の米、水、そして人。「テロワールを感じる日本酒造り」は、蔵の根本をなす考え方。酒米の自社栽培にも積極的に取り組んできましたが、「吟烏帽子」の栽培は、佐藤さんの父・進さんが手掛けます。蔵から車で30分ほどの場所にある田んぼを訪ねると、進さんが出迎えてくれました。



佐藤進さん・企さん親子。「丈はあまり大きくならないけれど、穂が出る頃、一気にぐっと伸びる。まだ2年目だからなんともだけれど、生育も早く、まずまずいい感じです」と、父の進さん。



農業歴をたずねると「あらら忘れたな」と、笑いますが、長年、夏は米作りをし、冬は地元「鳩正宗」で酒造りに携わってきた経験がある。進さんもまた蔵人でした。企さんが酒造りの道を選んだのも、そんな父の背中を見て育ったから。米を知り、酒を知る父子で、田んぼから手掛ける「吟烏帽子」での酒造りに取り組みます。

「長く飯米を作ってきたけれど、私らの時代の収量重視の米作りとは、違う考え方で作らないとダメ。量ではなく、いかに酒米としていい米にするか。すると、肥料設計からまったく違ってくる。今植わってる米が来春酒になる。その時間の流れを思うと、一生懸命いい米つぐんねばな、と」と、進さん。「せがれがうるさくてな」と話す表情も、どこか嬉しそうです。「元々、飯米のまっしぐらを育てていて、5年前から華さやか、さらに吟烏帽子が加わった。稲の管理は品種ごとに異なるから大変だと思うけれど、とにかく品質重視で、と繰り返し言っています」と、企さん。



「吟烏帽子」では精米歩合40%(手前)と50%(奥)、2種の「鳩正宗 純米大吟醸」をリリース。自社栽培の米、八甲田、奥入瀬の伏流水、酵母、麹菌もすべて青森県産。



さらに、杜氏である企さんは「タイプ40は、華やかな香りが特徴の乾杯向きの酒。タイプ50は、香り穏やかな食中向き。まずはこの2種を軸に吟烏帽子の酒を造っていきたい」味わいの異なる酒で、シーンに合わせた楽しみ方を提案していきます。

「酒米としては扱いやすく、酒造工程で難儀することはない。いい酒米です。味は山田錦に比べると、ややすっきりかな、と。まだまだスタート地点。今後は貯蔵工程なども考慮して味をのせていくなど、品質向上に努めて“南部に吟烏帽子あり”となるよう育てていきたいです」





鳩正宗株式会社
青森県十和田市大字三本木字稲吉176-2
http://www.hatomasa.jp/



ワイン酵母で醸した理由

上北郡おいらせ町にある「桃川」もまた、「吟烏帽子」に大きな期待を寄せています。



「いい酒は朝が知っている」がモットー。江戸時代の有力家の清酒製造にルーツを持つ、地域に根差した歴史ある蔵です。



「吟烏帽子」では、酵母違いで2種の酒を醸しました。蔵独自の酵母で醸した「桃川 吟烏帽子 大吟醸純米酒」と、ワイン酵母を使った「ワイン仕込み」。精米歩合はどちらも50%。酵母による風味の違いが味わえるラインナップです。ワイン酵母仕込みは香りが豊かで酸味と甘みがバランスしたエレガントな日本酒。「コクの“桃川”、キレの“ねぶた”、旨さの“杉玉”」が三枚看板、「飲みごたえのある酒」のイメージが強い「桃川」では異色のニューフェイスです。



「まずは『吟烏帽子』の名前を覚えてもらえるような、記憶に残る味わいの酒を造りたい」と話す生産本部長の小泉光悦さん。



「冷やしてワイングラスに注ぎ、白ワイン感覚で楽しんで頂ける日本酒です。せっかく長い年月をかけて開発した地元の酒米を、なぜワイン酵母で醸すのか、といわれるかもしれない。でもあえて使ったのは、この酒米の可能性を示し、そしてより多くの人に記憶にとどめて頂きたいから。これまで日本酒を飲んで来なかった方にも、手に取って頂けるものにしたかった」生産本部長を務める小泉光悦さんは、そう話します。



2種類の「桃川」純米大吟醸酒の違いは酵母。左の「桃川 ワイン酵母仕込み 大吟醸純米酒」は、名の通りワイン酵母仕込みで、酸もあり香りも華やかな白ワイン感覚の酒。



近年、熱心な日本酒好きの間でも、酒米は酒選びの重要なファクターになりつつあります。一方で、嗜好性の高い酒は、洋酒か和酒か、あるいは醸造酒か蒸溜酒かの垣根を飛び越え、ブランド化される流れも進んでいます。生まれたての「吟烏帽子」の名を、どうしたら知ってもらえるか。考えに考え抜いてたどり着いたのが、「インパクトのある酒」を造ることだったといいます。

「八戸酒造」に続き、試験醸造の段階から「吟烏帽子」での酒造りに携わってきた小泉さんは、そのポテンシャルを十分に感じていると話しますが、消費者にとって、そして酒米農家にとってはまだ「未知数の米」。誰もがはっとする味で「こんないい酒ができるんだ」と知ってもらうことが、ファンを増やし、結果、栽培農家を増やしていくことにつながると考えているのです。「酒米として一人立ちするには、もう少し時間が必要。それまでメーカーが栽培農家としっかりタッグを組んで、この新しい酒米を育てて行きたいです」





桃川株式会社
青森県上北郡おいらせ町上明堂112
https://www.momokawa.co.jp/



“地元で育った米です”と言える日が来た

むつ市柳町で創業130余年の「関乃井酒造」。下北半島で唯一の、そして本州最北端の酒蔵で、「真に地元に寄り添う」骨太な酒は、下北半島を出ることなくほぼ地元で消費されています。下北もまた、東風(ヤマセ)の影響を受ける地域。

本州最北端の酒蔵は128年の歴史を重ねる。骨太な酒は、地元で消費されることがほとんど。



「この酒の酒米は何ですか?とは、お客様に一番訊かれる質問。“地元で育った米です”と答えられたら、と長年夢みてきました」。関乃井酒造 三代目 関勇蔵さんは、目を輝かせてそう話します。「関乃井酒造」では、むつ市の東隣、下北郡東通村の契約農家が栽培した「吟烏帽子」で、やはり2種の酒を醸しました。1つは純米吟醸生原酒「ららら」。八戸工業高等専門学校に通う関さんの愛娘・淑楓(よしか)さんが開発に携わり、平内町夏泊半島に自生する「北限の椿」から採取した酵母で醸した酒として、酒造業界でも話題になりました。日本酒に馴染みがない人でも飲みやすいフルーティーな味わいに、女性の視点が生きています。



純米吟醸原酒「北勇 至情」と生貯蔵タイプ「ららら」の2種をリリース。「ららら」は平内町夏泊半島に自生する「北限の椿」から採取した酵母を使用したことでも話題に。



もう1種は、代表銘柄のひとつ「北勇 至情」の純米大吟醸原酒。「新しい酒を造るだけでなく、これまで地元で親しまれてきた酒を、吟烏帽子で造っていくつもりです」と、関さんは、長期的な展望を語ります。「下北地域にも、県内の他の地域に負けないうまいものがたくさんある。海の幸、山の幸。うちの酒は、そうしたものと一緒に地元の方々に楽しまれてきた酒です。料理のうまみに負けない、ややしっかりタイプ。この蔵の酒のスタイルに吟烏帽子を活用し、真の地産地消を目指したい」

関さんのいう「地産地消」は、「地元の人たちだけのため」という意味ではもちろんありません。「朝獲れイカにうに、あわび。春の山菜。下北は旨いもんの宝庫。ぜひここに食べに、そして飲みに来て」と言います。地産地消を深めることで、人の流れを生み、地域の人々と町を訪れた人々を酒と食でつなぐのが、酒蔵の役割ではないかと。



隅々まで清潔に手入れされた蔵の中。道具も丁寧に磨かれ、次の出番を静かに待つ。



地域で一番の行事は、8月下旬に行われる田名部神社の例大祭「田名部まつり」。田名部地区の5町の山車がお囃子とともに町を巡る美しい祭は、青森県の無形文化財にも指定されていて、県内外から多くの人を町に呼び込みます。最終日、「また来年」と5つの山車が再会を誓い合いながら分かれる「五車別れ」が祭のクライマックスで、そのときに振る舞われるのが「関乃井酒造」の樽酒。人と人とをつなぐ酒を、いつの日か地元の米で。関さんの夢は、「吟烏帽子」の誕生でまた未来へとふくらんで行きます。



有限会社関乃井酒造
青森県むつ市柳町1-5-15
http://www.sekinoi.co.jp/





「吟烏帽子」に関するお問い合わせ
◎ 青森県農林水産部総合販売戦略課

青森県青森市長島1丁目1-1
TEL 017(734)9607 FAX 017(734)8158
E-mail hanbai@pref.aomori.lg.jp





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