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JOURNAL / JAPAN

日本 [岩手]

「ラペ」松本一平シェフ&「メゾンジブレー」江森宏之シェフの「いわて果実」探訪記

2020.12.17

TOP写真:「松原農園」のブドウ棚の下で。(左)江森シェフ(右)松本シェフ

青森と言えばリンゴ、山形はサクランボ、秋田は米どころ。では岩手と言えば、何を思い浮かべますか?
「おいしいものはたくさんあるけれど、日本一がないんです……」と、地元の人は謙遜するけれど、四国4県がすっぽり収まる面積を誇る岩手県では、日照時間が長く朝夕の寒暖差のある気候風土から、多種多様な果物が栽培されています。
岩手県では県産果物を「いわて果実」とブランド化し、その品質と作り手の魅力を知ってもらおうと、3年前から首都圏のシェフを産地に迎え、料理や菓子作りにおける「いわて果実」の可能性を探る取り組みが行われています。
今回は、フレンチレストラン「ラペ」松本一平シェフとパティスリー「メゾンジブレー」江森宏之シェフの産地視察に同行しました。

TOP写真:「松原農園」のブドウ棚の下で。(左)江森シェフ(右)松本シェフ




夏は涼しく冬でも暖かい土地で、春夏秋冬イチゴ栽培
「(株)リアスターファーム」太田祐樹さん

まずは沿岸部へ。訪ねたのは、陸前高田市と大船渡市でイチゴの栽培に取り組む、「(株)リアスターファーム」の太田祐樹さんだ。太平洋に面したこの地域ならではの夏は涼しく、冬でも暖かい気象条件によって、一般的な冬春の促成栽培だけでなく夏秋採りも可能になるといい、1年を通じて質の高いイチゴを栽培・出荷している。


木骨のハウスはコンピューター制御され、ファンによる空気の入れ替えや水やりなどが行われる。暖房を入れるのは、冬期の夜間のみ。

案内された木骨のハウスは、環境にやさしく、夏の温度上昇を抑える効果があるだけでなく、コストも抑えられるという優れもの。主に栽培されているのは、果実が大きく、やわらかくて甘い「なつあかり」と、さわやかな香りで酸味と甘味のバランスに優れた「信大BS8-9」だ。


「信大BS8-9」を口に入れると、爽やかな香りと酸味が広がる。

「太田さんの『信大BS8-9』は、僕の店でもタルトやジェラートに使っているんですけれど、本当にすごいんですよ」と言いながら、真っ赤な実をパクリと口に入れた江森さん。一般的に夏イチゴは、風味や色、形がよくなかったり不揃いだったりすることが多いが、「やっぱりおいしい! 甘味もあるし、香りの強さが他のイチゴとはまったく違います」と、満足そうに微笑んだ。


「(株)リアスターファーム」代表取締役の太田祐樹さん(左)からは、「今年は暑さが長引き、イチゴの実が膨らまずに止まってしまって苦労している」との話も。

「ただ、花がいっぱい出るので、間引いて摘み取るのが大変で」とつぶやいた太田さんの言葉に、「その花をぜひ送ってください! ケーキの飾りに使いたい」と、江森さん。こうした思いがけない発見も、産地視察の醍醐味だ。


◎(株)リアスターファーム
岩手県陸前高田市米崎町字川崎220-1
https://www.riastarfarm.co.jp/




南米原産のフルーツ、ほおずきに魅せられて
「(有)早野商店」早野崇さん

大船渡市では、県内でフルーツほおずきの栽培と加工を手がける「(有)早野商店」の畑を訪問。ほおずきといえば南米原産で、日本ではまだなじみの少ない作物だが、どこか懐かしさを感じさせる味わいに惹かれた早野崇さん・由紀子さん夫妻が、2004年から栽培に着手。今では契約栽培農家も増え、ヘルシーで甘味たっぷりのほおずきが露地とハウスの両方で育てられ、首都圏のレストランや百貨店にも出荷されている。


「(有)早野商店」取締役の早野崇さんに説明を受ける、江森さん。「ほおずきって、オクラみたいな花が咲くんですね」。

2メートルもの高さに伸びてジャングルのような、しかし整然と4本仕立てに整えられたほおずきの木の下で、早野さんの説明を聞きながら早速ほおずきを試食。「みなさん、香りに驚かれますね。バニラみたいとか、ココナッツみたいとか」との早野さんの言葉に、「確かにココナッツみたいな香り! 言われてみて気づきました。でも、食べると果実味たっぷりで南国のフルーツの味」と、江森さん。「うん、このまま食べておいしいですね」と、松本さんも大きく頷いた。


ほおずきが熟しているかは、がくを開いて確認。熟すに従って緑色からオレンジ色に変わっていく。

収穫期は8~11月で、低温冷蔵庫で追熟させてから商品として出荷されるといい、糖度は通常13°ほど。「最終的には16°くらいまで上がって、冷凍すればシャーベットとしてそのまま食べられます」と早野さんは話し、ゼロから独自の栽培方法を切り開いてきた情熱と、ぷっくり熟れた実の甘さに2人は感銘を受けたようだ。


ほおずきは収穫してから低温冷蔵庫で糖度約13°になるまで追熟させる。

◎(有)早野商店
岩手県下閉伊郡岩泉町岩泉字村木18-32
https://i-hayano.jp/




多品種栽培でオンリーワンの果物農家に
「(有)サンファーム」吉田聡さん

内陸部の紫波町へ足を運ぶと、笑顔で迎えてくれたのは松本さん、江森さんともなじみの深い、「(有)サンファーム」の吉田聡さんと妻の美香さんだ。「チェリー&ベリーガーデン」と名付けられたその6ヘクタールの果樹園は、吉田さんが「岩手のアルザス」と呼ぶ、自然豊かで起伏に富んだ美しい場所にある。栽培されているのは、様々な種類のサクランボやベリー、クッキングアップル、桃、プラムなど。


紫波町にある、「(有)サンファーム」のリンゴ畑で、リンゴや洋ナシを試食し、意見や情報を交換。右から、(有)サンファーム専務取締役の吉田聡さん、妻の美香さん、松本さん、江森さん。

海外から購入するなど新しい品種をどんどん導入し、「ほかの農家の人達とは違うものにチャレンジして、パティシエやシェフのみなさんに自信を持って出せるものを作りたいと思っているんです。そして、直接交流してその果物の魅力や栽培の様子を伝え、逆に意見や要望も聞いてキャッチボールしながら可能性を広げていきたい」と、吉田さんは話す。


「コックスオレンジピピン」は、イギリスで古くから栽培されているクッキングアップル。

訪れた9月末は、リンゴの収穫期がスタートした頃。畑に置かれたテーブルには色も大きさも様々な20種類以上のリンゴが美しく並べられ、2人のシェフたちも思わず歓声を上げた。「これは、さんたろう。酸味が強い品種です。そしてこれは、もっと酸っぱいブラムリー。コックスオレンジピピンは、酸を残すようにちょっと早採りしました」など吉田さんの説明を聞きながら、2人は次々とリンゴを試食。


「これはうちで開発した赤肉リンゴで、まだ名前はないんです。酸味が強いタイプ。貯蔵性が高いので、クリスマスのケーキに飾ったりするのにいいな、と思って」と、吉田さん。

「さんたろう、キレがあって旨いですね。甘味もあるし食感もいい。タルト・タタンをやってみたい!」と、江森さんは新しいアイデアが浮かんだよう。松本さんも、「酸味と食感があるリンゴは、料理にもいろいろ使えそうですね。毎回来るたびに吉田さんは進化しているし、柔軟性がすごい。手がける品種も多すぎるくらい多くて勉強になります」と、舌を巻いていた。


吉田さんは約300年続く農家の11代目で、盛岡市にも80アールの畑を持つ。


◎(有)サンファーム
岩手県盛岡市三本柳5-44
https://sunfarm.jp/




たわわに実る大粒のブドウは土づくりから
「佐藤ぶどう園」佐藤秀明さん・徹さん

花巻市の「佐藤ぶどう園」は、佐藤秀明さん・徹さんが親子で営むブドウ農園。ここには、江森さんがどうしても味わいたいブドウがあった。それは、3年前に出会って「目が覚めるようだった」と話す大粒の白ブドウ、「黄玉(おうぎょく)」だ。


「佐藤ぶどう園」を営む、代表の佐藤徹さん(右)と、副代表で父の秀明さん(左)。

艶やかな実を一粒食べて、「ジャスミンとも言われますが、独特な香りですよね。果実が皮についてパリッとしていて、香りの余韻がいいです」と、江森さん。それを聞いた秀明さんは、「おいしいんですけど、じゃじゃ馬のようで、栽培は大変です。でも、もっとジャスミン香を出せばいいのかな、と思っています」と、苦笑いしながら答えた。


大粒のブドウを房ごと、5~7日かけてじっくり乾燥させたレーズンは、凝縮された果実味と甘味が広がる驚きのひと品。奥はシャインマスカット、手前は伊豆錦。

この農園のブドウの特徴は、なんといっても粒の大きさ。紅伊豆をはじめとする希少種を中心に開発し、「イーハブドリ」の名で岩手県を代表する高級ブドウに育て上げている。やさしく陽の光が差し込む畑で棚から下がるシャインマスカットや安芸クイーン、藤稔などのブドウの房は、見事なまでにぷっくり、大粒な実をみっしりつけている。


たわわに実った大粒のシャインマスカットを目の前に、2人のシェフも思わず笑顔。

「ブドウはもちろん、畑からして健康な気がしますよね」と、江森さん、松本さんが感心していると、「土づくりには化学肥料を使わず、鶏糞や富山から取り寄せた貝化石を加えているんです。味が違うと言われるのは、そういうところから始まっているんじゃないかな」と、静かに語られた秀明さんの言葉に、生産者の誇りが垣間見えた。


◎佐藤ぶどう園
岩手県花巻市高木24-53
http://www.sav.ne.jp/




果樹の生涯と付き合うブドウ農家の仕事
「松原農園」吉田貴浩さん

「野菜は切って終わりですが、果樹は植えている限り何年も付き合っていかなければなりません。だから、収穫しながら来年の準備をしている。今年実った果実は去年の結果なんです」、と語ったのは、紫波町でブドウを栽培する、「松原農園」の吉田貴浩さんだ。麹菌などをはじめとする土の中の微生物を増やし、米糠や牛糞などの肥料を加えて栄養豊富な土を作ることでその活動を活発化させるという、「土ごと発酵栽培」を実践し、健康な土から健康なブドウを育てる取り組みを行っている。

「松原農園」園主の吉田貴浩さん。地元の紫波町赤沢地区で、若手のブドウ生産者とともに「あかざわせがれ倶楽部」を結成し、品質底上げと農業×地域作りの持続的発展を目指す活動もしている。

吉田さんによれば、全国の多くの農園でそうだったように、雨が続いて日照時間が非常に少なかったこの夏は、ブドウにとって厳しい環境だったとのこと。江森さんお気に入りのナイアガラやヤマソーヴィニヨン、キャンベル、ベリーA、藤稔、紅伊豆、シャインマスカットなど、約17種のブドウが栽培されている農園を巡ってブドウを味わったが、「吉田さんがおっしゃるように、確かに味や香りがひかえめで、すっきり、さっぱりした感じですね」と、江森さん。松本さんも、「くせの強いブドウでも食べやすい印象。気候ばかりはどうしようもないですよね」と、頷いた。


ヤマソーヴィニヨンのブドウ棚の下で。「酸味がしっかりしていて、ジュースにしたらきっとおいしいですね」と、松本さん。

「何もしなければ来年も悪化していくだけですが、果樹の様子に合わせて対応すれば状況をよくすることができます。今年の影響が今後どう出るか予測して、柔軟に果樹と付き合って行かないと」と話す吉田さんの目は、すでに先を見据えていた。


畑の土はふんわりやわらかく、「手を入れるとパンケーキのよう」と、吉田さん。その栄養が根から吸収されて葉の隅々まで行き渡り、光合成などを経て健やかな果実が育まれる。


◎松原農園
岩手県紫波郡紫波町赤沢下岡田29




産地に行って初めてわかること

視察のなかで松本さんと江森さんが口を揃えたのは、「産地に行かなければわからないことがある」という言葉だ。生産者の言葉に耳を傾け、直に感じた果物にかける情熱や岩手への思い。畑の真ん中で陽射しや風を感じ、味わった多彩な果物のみずみずしいおいしさ。それらすべてが2人にインスピレーションを与え、食べる人をハッとさせ、笑顔に変える新たなクリエーションが生み出されていく。




◎ラペ
東京都中央区日本橋室町1-9-4 B1F
TEL 050-3196-2390

◎メゾンジブレー
神奈川県大和市中央林間4-27-18
TEL 046-283-0296

◎「いわて果実」に関するお問い合わせ
岩手県農林水産部流通課
〒020-8570
岩手県盛岡市内丸10番1号
TEL 019-629-5732
FAX 019-651-7172



いわて果実公式ホームページ
https://iwatekajitsu.jp/



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