日本 [岩手]
「いわて短角牛」が示す牛肉の未来
地域資源を活かすこれからの畜産
2021.01.21
原生林のような森林と草に覆われた丘陵が広がる北上山地。放牧適性が高くて厳しい気候にも順応する短角牛には理想的な環境だ。
地域資源を活かした畜産への注目が、コロナ禍によりいっそう高まっています。食料自給、食の循環、プラントベース志向など、最近の社会状況や食に関する意識の高まりから、ひとつの指針となる生産のあり方と考えられるからでしょう。
こうした考え方を象徴した一事例と言えるのが「いわて短角牛」です。
雄大な自然を背景に飼育を手掛けてきた生産者の考え方や取り組み、その類稀れな赤身肉の特性を引き出すシェフの技をご紹介します。
“人を養い、自然を守る”畜産のかたち。
人や物の行き来が止まり、分断される事態に直面して、私たちは日々の食の成り立ちを改めて見直すことになった。そこで再認識したのが、足元の資源の上に立つ食の営みの尊さである。社会状況や国際情勢の急激な変化に左右されない食のあり方を模索し始めた今、地域に根付いた食材生産へと人々の意識は向いている。
広大な北上山地を舞台として、夏は放牧、冬は畜舎という「夏山冬里方式」で飼育される「いわて短角牛」は、まさに地域資源に拠って立つ畜産の代表例である。
標高1000mを超える山々が連なる北上山地は、冷涼な気候の上に岩盤質の土壌で稲作には向かない。が、森林が海岸線まで迫る平地の少ないその地形を放牧に活かせば、牛が草を食べ、私たち人間に牛乳や牛肉という恵みをもたらしてくれる。青草やシバ、山の湧き水が健康な牛を育て、また、牛たちがそこに暮らすことによってブナ林やスギ林の天然更新が促される。“人を養い、自然を守る”畜産のかたちがあると言っていい。
「この土地で続いてきたのには理由がある」と短角牛の来歴に目を向けるのは、久慈市山形町の「柿木畜産」柿木敏由貴さんだ。
「短角牛の前身は、南部藩で物資運搬のため飼われていた使役牛の南部牛です」
江戸時代の北上山地では製鉄・製塩が盛んだった。南部牛によって鉄や塩が盛岡や遠方へと運ばれた。今も「塩の道」と呼ばれる街道が残り、室町時代までさかのぼる「南部牛追い唄」が歌い継がれる。その南部牛に外国種のショートホーン種を交配したのが日本短角種の起源と言われている。短角牛に流れる、そんな南部牛からの血筋や伝統を柿木さんは大事にする。
世界を眺め渡せば、優れた畜産文化・食肉文化を持つ国はいくらでもある。岩手で畜産を手掛ける意味は「岩手在来の血筋の牛を、岩手の風土で育てること」と柿木さん。
「やませ(親潮の上を吹いてくる冷たく湿った東寄りの風)が吹き渡った草はミネラル分を多く含む。その草を食べて育つから肉もおいしくなる」と肉質や味わいにも胸を張る。国産飼料100%で飼育するのは無論のこと、できるかぎり自給の餌で育てたいとデントコーンの栽培も手掛けるなど、地域資源を活かした畜産を貫く。
国産飼料に立脚した畜産への転換を、ここ数年来、国は声高に推し進めてきた。目に見える食料自給ばかりでなく見えにくい部分の自給へと、コロナ禍がさらに人々の意識を向けさせる。
長年「いわて短角牛」を扱ってきた牛肉卸「(株)東京宝山」の荻澤紀子さんは、新型コロナの感染拡大以降、産地訪問を控えていた。10月に入ってようやく岩手県久慈市の生産者を訪れた時、現地は飼料作りの真っ最中。
「デントコーンを刈り取り、ローダーを稼働させ、ロールしてラップして……。地域のみんなで餌作りに勤しんでいました。飼料の質は肉質に直結します。牛を健やかに育て、良い肉に仕上げる肥育は餌作りから始まる。飼料を自給する生産者たちが並々ならぬ神経を払う様子を目の当たりにしました」
シェフが求める赤身肉ならではの味の濃さとヘルシーさ。
久慈市の「(有)総合農舎山形村」の川村周さんによれば、「トップシェフからの注文が増えています」とのこと。
「(有)総合農舎山形村」は、1994年以来、地元の短角牛の販売を手掛けてきた。安心な国産食材の購入グループが契約先としてある関係上、積極的な販促活動をしてこなかったにも関わらず、最近、レストランのシェフからのオーダーが増えたそうだ。「『風味が強くて味が深い。肉としてのポテンシャルが高い』と評価をいただいています」と川村さん。
赤身質の短角牛は筋肉中にサシが入りにくく、牛肉の旨味を決定する各種アミノ酸含有量が多い。脂肪よりもタンパク質に特色を持つその肉質はヘルシーで、ジビエにも通ずる風味の濃さが特徴。
サステナビリティとヘルシーさを併せ持つ短角牛の肉質に関心が集まるのは時代の流れでもある。
地元レストランの中でも短角牛の優れた使い手として知られるのが盛岡市「filo」の中村昌シェフ。10年近く短角牛と向き合い続けてきた。
「赤身ならではの旨味の強さが魅力です」
調理の際には、その赤身の持ち味を堪能できるようにと意識する。「ローストであれば、サーロインよりもランプやイチボといったモモの中でも味が濃い部位のほうが短角牛らしさを表現できる」。コンベクションオーブンによる低温調理で芯まで熱を入れた上で、表面をフライパンで香ばしく焼き付けて提供する。「肉汁を残すように、しっとり火入れするのがポイント」だと言う。(記事トップ写真参照)
「自然交配で生まれる短角牛は、季節によって、生産者によって、さらに一頭一頭でも個体差があります。毎回、火入れを強くしたり、時間を短くしたり、肉質の違いを見極めて調理することが大切です」
もう一点、心掛けているのが、余すところなく使い切る工夫だ。「繊維や筋が強かったりしますが、そういった部分こそ味が濃くて、使い甲斐がありますね」。ミンチにして、ソーセージやパスタのラグーにも活用できる。「(株)東京宝山」の荻澤さんも「短角牛のスネなどの部位は、煮込みやハンバーグにしても脂が溶けてなくならず身がしっかり残るので、使い勝手がいいと喜ばれます」と赤身肉のメリットを指摘する。
東京・紀尾井町のホテルニューオータニ 統括料理長の太田高広シェフは、短角牛を使いこなす技としてコーンビーフを提案する。
「部位を選ばず、赤身肉の身質が生きる。保存できて、サラダやパスタなど様々な料理に展開できます」
コーンビーフの煮汁を活用し、かつ、スジや骨も余すところなく使いこなす料理として、コンソメも披露。「いわて短角牛」の濃い旨味が上質なコンソメスープを生み出している。
フレンチやイタリアンなど肉食文化圏の料理は、牛の全身をくまなく使い切る術を持っている。短角牛はシェフたちのクリエイティビティを刺激し、技術を本領発揮させる食材なのかもしれない。
これからの食の指針となるレストランが選ぶ食材。
「柿木畜産」が短角牛を納める東京のレストランが『ミシュランガイド東京2021』で三ツ星を獲得した。と同時に、新しく設定された「グリーンスター」に選ばれた。「グリーンスター」とは、持続可能なガストロノミーを実践する飲食店・レストランの取り組みを評価するものだ。
「食の指針となるレストランに選ばれる食材となるようにこれからも努力していきたい」と柿木さん。その言葉は、「いわて短角牛」の可能性を感じさせる。
達増拓也岩手県知事からのメッセージ、産地風景、シェフたちによる「いわて短角牛」の調理のポイントをご紹介しています。ぜひご覧ください。
さらに詳しい料理紹介は以下をご覧ください。
◎ホテルニューオータニ東京
東京都千代田区紀尾井町4-1
☎03-3265-1111
https://www.newotani.co.jp/tokyo/
◎filo
岩手県盛岡市中ノ橋通1-3-21
☎019-613-9005
https://filo-morioka.com/
「いわて短角牛」を使ったメニューを常時提供中。詳しくはお問合わせください。
◎問い合わせ先
岩手県農林水産部流通課
〒020-8570
岩手県盛岡市丸10-1
☎019-629-5733