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JOURNAL / JAPAN

日本 [山形]

山形で醸されるイノベーション

2021.02.01

霧雨降る11月のある朝、天童市にある出羽桜酒造の蔵に湯気が立ちのぼっています。職人たちが甑(こしき)と呼ばれる巨大な蒸し器から、蒸したての米を取り出し冷ましています。「今年の仕込みには、初の女性の蔵人がおります」と語るのは、出羽桜酒造 営業部長 仲野賢(なかの・さかし)さん。


出羽桜酒造では長年にわたり、多くの蔵元から若手の酒造家たちを受け入れています。また、出羽桜は他の蔵元とのワークショップを開催し、情報を共有しながら、オープンな技術の蓄積に貢献しています。「酒造りにおける知識の共有がなされることは、長い目で見て、業界全体にメリットをもたらすと考えています」と、仲野部長は言います。




日本酒の価値を世界に広める

1892年創業の出羽桜酒造は、高級吟醸酒(精米歩合50%以上)を小売店の販売市場に送り出したことで知られるパイオニア的存在。1980年に「出羽桜 桜花吟醸」が発売されるまで、香り高い吟醸酒は日常的に飲むものではなく、品評会用に造られているだけでした。出羽桜酒造は、まさに日本酒の歴史を変え、この10年の世界的な日本酒ブームを支えた洗練されたスタイルの酒の味わいを多くの人に広めたのです。また「出羽燦々」のような地元の酒造好適米にいち早く着目し、フランスのアペラシオン制度に匹敵する正式な地理的表示(GI)で山形の酒が保護されるように働きかけたのもこの蔵です。


「山形はもちろん、世界中で楽しめる『人の胸打つ酒造り』を目指しています」と話すのは、4代目社長の仲野益美(なかの・ますみ)さん。「『アクセシビリティ』と『人間味』が出羽桜のコンセプトです」


山形の豊かな食文化に欠かせない存在となっている「酒」。カジュアルな居酒屋で友人(時には見知らぬ人)と杯を交わしたり、オンライン飲み会で乾杯したりと、「酒」には人と人との距離を縮める力があります。人々とって「酒」は、人と自然の風景との、そして、過去と未来との普遍的なつながりの象徴なのです。この地域の生産者たちは革新とコラボレーションをリードし、造られる「酒」は高い評価を得ています。

◎出羽桜酒造
https://www.dewazakura.co.jp/



伝統と革新が共存する酒造り

同じ天童市内には「山形正宗」を醸す水戸部酒造もあります。ここにも伝統と革新が共存しています。5代目蔵元杜氏 水戸部朝信(みとべ・とものぶ)さんも仲野社長と同様にグローバルな酒造りに取り組んでいますが、心は故郷にしっかりと根ざしています。


米作りからの酒造りをモットーに、「農業法人水戸部稲造」で自ら酒米も育てています。しかしながら日本酒のテロワールに関わっているのは、米だけではないと水戸部さんは言います。


「水戸部酒造の酒の特徴は、硬質な奥羽山系の伏流水からくる、キレのよい仕上がりにあります。天童の水は、ほとんどが軟水ですが、場所によって硬度が異なるのです。硬度の違い、すなわちミネラル分の違いも『微細なテロワール』を生み出し、酒に幅を持たせているのです。米や水に加えて、酒造りに関する理念や醸造方法も蔵元ごとに違う。山形の酒は多様です」


ヨーロッパを頻繁に旅する水戸部さんは、イタリアのパルマハム生産者との出会いをきっかけに、シャープな酸味のあるリンゴ酸を柔らかい乳酸に変えるマロラクティック発酵というワイン造りの技術で酒を醸そうと思いつきました。そうして出来上がった「山形正宗まろら」は、マスクメロンのような香りと丸みを帯びた酸味が特徴のフルーティーな味わい。燗酒にすると、パルマハムとの相性がさらに良くなります。

◎水戸部酒造
http://www.mitobesake.com/



ユニークな生産者が醸すビール

山形には日本酒のみならず、ビールにワインと多くの酒造メーカーがあります。クラフトビールの生産者も、独自の酒造りに挑戦しています。2020年2月、将棋の駒を模した巨大な看板がそびえ立つ複合施設「将棋むら天童タワー」の一角に「Brewlab.108(ブリューラボ・トウハチ)」を立ち上げたのがブルワーの加藤克明(かとう・かつあき)さん(天童は将棋の駒の名産地)。ブルワリーがあるなんて思いもよらない場所ですが、加藤さん自身もユニークな生産者です。


加藤さんの本職はエンジニア。製薬会社のマネージャーを務めながら、マイクロブルワリーの醸造家です。ビールを自ら造ろうと思いついたのは、飲酒が厳禁のサウジアラビアに2年間駐在していたとき。「オンラインで醸造を研究し、いつかビール造りを趣味としてやってみたいと思っていました。未経験でしたが、そこはエンジニア。できるのではないかと考えたのです」と加藤さん。

2016年に夫婦で山形に移住したことを機に、本格的に実験を開始。運が味方をしました。同じマンションに日本酒販売店「La Jomon」の店主、熊谷太郎(くまがい・たろう)さんが住んでいたのです。さまざまな蔵元とのコラボ・プロジェクトで知られる熊谷さんは、天童ブルワリーを経営する「旅館・湯坊いちらく」の関係者や、山形県内の果樹生産者さん達を加藤さんに紹介してくれました。2017年末、加藤さんは天童ブルワリーで1年間の見習い期間をスタート。本業を続けながら、週末は天童ブルワリーで製造見習い。その後、月山ビールでさらに半年間、休日返上で腕を磨き2019年、「Brewlab.108」を開業。


「Brewlab.108」は、天童産リンゴといった地元の果物や、ドバイ産デーツなどエキゾチックな要素を加えた7種類のビールを現在は製造。熊谷さんの協力を得て、清酒酵母と米麹を使った、薄く濁った小麦ビール「#006 Koji~White Snake~」も発売。このビールは11月に、「インターナショナル・ビアカップ2020」の酒イースト部門と、Japan Origin部門でカテゴリーチャンピオンをW受賞しました。

ブルワリーの名は、加藤さんが大好きだった東京・中目黒の居酒屋「藤八(とうはち)」にオマージュを捧げたものですが「108種類のビールを造りたい」という願いも込められています。そして恥ずかしそうな笑みを向けながら加藤さんが教えてくれた「名前に込められた、もうひとつの意味」。加藤さんご夫妻の、結婚記念日が10月8日なんですって。

◎Brewlab.108(ブリューラボ・トウハチ)
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