HOME 〉

JOURNAL / JAPAN

日本 [山形]

山形で生きる意味を見出す

2021.03.08

果樹栽培をはじめた祖父と祖母が最初に植えたさくらんぼの樹には「はじまりの樹」と名がついています。

11月のある晴れた日の午後、「遠藤南大森農場」に到着すると、牛舎は静寂に包まれていました。「仔牛たちがお昼寝の時間なので静かなんです」と遠藤紀江(えんどう・のりえ)さんは話してくれました。人が近づくと、仔牛たちは好奇心旺盛に柵から首を出し、カウベルがカラカラ鳴ります。牛たちはその黒くやわらかい鼻先をそっと突き出して、鼻をぽんぽん叩くようせがんできます。


「性格がおとなしく、人懐っこそうな牛を選んでいるんです」と話す遠藤さんの手を一頭の牛がピンクの舌を出し、飼い犬のようにペロペロと舐めていました。


家族で協力して実践する循環型農業

「生きがい」と「働きがい」はいずれも目的意識に関連した言葉です。前者は生きる価値のある人生について伝えるものであり、後者は特に仕事の中に見出すことができる意義を表しています。多くの人にとって、仕事は目的のための手段。しかし、山形で出会った生産者や食に携わる人びとにとって、仕事は単なる仕事ではありません。それは生きがいと働きがいを兼ね備えた天職なのです。


遠藤南大森農場は遠藤さん、ご主人と息子さんの家族経営。畜産で出た牛糞は堆肥にし、害虫耐性のある品種を栽培したり、防虫性のある庭木を育てるなど、環境に配慮した循環型農業で約50種類の野菜も栽培しています。遠藤家には、養鶏ではなく家族の一員として鶏も暮らし、玄関には飼い猫もくつろいでいます。「家族で協力して仕事ができるのは幸運なことです」と遠藤さん。「それが運命なのでしょうね」

◎遠藤南大森農場
Facebookページ



ワイン造りはブドウ生産者と共に

この地域の生産者には、新しいものを生み出そうとする開拓者精神に突き動かされている人たちもいます。1984年に「天童ワイン」が設立されるまで、天童にワイナリーはなく、人々がワインを飲む機会も多くありませんでした。しかし、もともと天童エリアは、開花期に雨が少なく、ブドウの収穫期の日照時間が長い地域です。「ここの気候はフランスの一部に似て、ブドウ栽培に理想的なんです」と同社代表取締役の佐藤政宏(さとう・まさひろ)さんは話します。


このワイナリーでは、山の急斜面で栽培するメルローやシャルドネなどのフランス種や、ナイアガラなどの食用品種を中心に、山形産のブドウを原料にしています。佐藤さんは、テロワールと品質へのこだわりを共有する、信頼できるブドウ生産者と共に、ワインを造っています。「ワイン造りの70%は畑でのブドウ栽培なんです」と佐藤さん。ブドウ栽培は、手間がかかるけれども「関わる全ての人たちの地道な努力が、良質なワイン造りにつながることを、皆が理解しているのです」とも語ります。

◎天童ワイン
http://www.tendowine.co.jp/



持続可能な農業のかたちを求めて

天童には、未来の世代のために伝統を守り続けている人もいます。「王将果樹園」は、1969年に設立された観光果樹園です。春から秋にかけて。サクランボ、桃、ブドウ、リンゴなどの果物狩りが楽しめます。収穫体験はできませんが、天童市が日本一の生産量を誇るラ・フランス(西洋梨)もつくっています。5月下旬になるとサクランボの収穫がスタート。「近隣のみならず様々な地域から人が訪れて、ここで収穫体験をします。自然と触れ合うことも体験のひとつなのです」と代表の矢萩美智(やはぎ・よしとも)さん。


果樹栽培をはじめた祖父と祖母が最初に植えたさくらんぼの樹には「はじまりの樹」と名がついています。

矢萩さんは、安定した雇用と、健康的に働ける環境をスタッフに提供できる事業をつくり出すことが自分の使命だと感じ、人手不足解消への取り組みと、収益源の多様化を図ることに重点を置きました。

また商品開発にも力を注ぎます。果樹園に併設したショップ&カフェでは、搾りたてのジュースや、サクランボやラ・フランスを使ったソフトクリームやパフェ、フルーツソースを販売。また地元の生産者と協力し、食用ブドウのデラウェア、ナイアガラ、マスカットベリーAを使ったワインや、リンゴのシードルも造っています。さらに、マメコバチと呼ばれる在来種の訪花昆虫を育成し、受粉に活用しています。持続可能な農業のあり方を求めて、進化を続けているのです。

◎王将果樹園
https://www.ohsyo.co.jp/



里芋への想いを込めて描く地上絵

山形を代表するソウルフードといえば「芋煮」。地元では家庭ごとにレシピがあります。毎年大規模な「芋煮会」が催されるほど山形の人々に愛されており、9月に開催される川辺の芋煮会では3万人分の芋煮が入った巨大な大鍋が登場します。

「わたしたちにとって、芋煮には象徴的な意味があります。大勢で協力してつくることで、地域のつながりを強めるのです」と「さといもや さとう農園」佐藤卓弥(さとう・たくや)さんは説明します。


佐藤さんは里芋を有機栽培しています。この広い畑を預かった時に、佐藤さんは考えました。ただ里芋を生産するのではなく、山形の里芋のおいしさを多くの人に知ってもらうにはどうしたらよいのかと。地元の山形大学は 「ナスカの地上絵研究」で知られていることから、これだ!とひらめき、自力で地上絵に挑戦。まずはA3の用紙にハチドリやコンドルなど、その年畑で描く地上絵の下書きを書きます。拡大法を用いて、畑の肥料である「牡蠣殻の粉」で線を引きます。その線に沿って畝をつくり、里芋を植えていきます。里芋が成長して葉が茂ると、緑の地上絵となります。「その様子は圧巻なのですが、なかなか肉眼で確認するのは困難です。なにせ地上絵なので」と佐藤さんは笑います。


出来上がった様子を写真に収めて、山形大学の坂井正人(さかい・まさと)教授を訪問。「里芋畑で地上絵!?」と坂井教授も大変驚かれたのですが、そこから教授との交流が生まれました。「ナスカの地上絵がご縁で、この畑で採れた里芋を持って、ペルーに渡り、在ペルー山形県人会の皆様に芋煮を振舞ったのも、忘れられない思い出です」

「山形は里芋の消費量はトップクラスなのですが、生産量は圧倒的に少ない。ここ山形では里芋は贅沢品なんです」と佐藤さん。「これからもずっと、おいしい里芋の味を守っていきたいですね」

◎さといもや さとう農園
https://satou-nouen.co.jp/





料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。