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スロヴェニアのグリーンスターシェフに学ぶ「地方再生のための料理教室」

2026.03.30

広く優れた食材を集めるよりも、自分の暮らす土地を起点に、狭く、深く、そこでしか味わえない料理を生み出す料理人が、今、世界では高い評価を受けている。国土の約6割が森に覆われたスロヴェニアで「森の料理人」として知られるミシュラン一ツ星レストラン「グリッチ」のルーカ・コシールもその一人だ。森と草原に囲まれた故郷の村で、家族経営の農場と地元の農家、そして森から食材を調達し、伝統的な発酵と現代的な保存技術を駆使しながら一年を通してその土地を表現する。

幼い頃から食べることと料理することが好きだったルーカシェフは両親が食堂を始めたことをきっかけに料理人の道へ。母親の引退を機にガストロノミーレストランとして頭角を現し、ミシュランの一ツ星とグリーンスターを獲得。今回が初来日。

そんなスロヴェニアを代表するシェフを迎え、長野県南木曽町の森と生産者を巡り、この時期にしか成立しない「森を食べる」コースでゲストを迎える、料理人のための研修プログラムが今年2月に実施された。応募者多数から選ばれた8人の料理人に共通するのは「料理人として地方で活躍したい」という気持ち。既に地方に拠点を移している人もいれば、今は東京で働きながら「この先自分が進む道は、料理で地方を再生することではないか」とグリーンスターシェフが南木曽の何に着目して料理を作るのか、山歩きから厨房まで間近で感じられるチャンスと応募した人もいた。

南木曽の山と産地視察、厨房でのメニュー試作を共にした若手料理人たち。

面積の約94%を森林が占める長野県南木曽町は、木材を使った産業で知られるが、食材の生産者もプロフェッショナルが揃う。今回訪ねたのは、森の中で山羊を放牧し、そのミルクからチーズを作る生産者。中央アルプスの天然水を掛け流しにし、4〜5年かけて育てられる「息吹サーモン」(虹鱒)。年間100種類以上の作物を育てる農家。冬の水田で完全無農薬で育てる「きそれんこん」。半世紀以上、山に入り続ける猟師の猪。塩を使わず、カブの葉と茎を乳酸発酵させる「すんき」など。

年間100種類以上の作物を育てる南木曽の「みなとや農園」で、畑で丁寧に育てるすいば(酸葉)を味見。
塩を使わず乳酸発酵をコントロールする木曽の漬物「すんき」の達人を訪ねて。
裏木曽の「北原こうじ店」で質問攻めにするルーカシェフとソムリエのネイツさん。

スロヴェニアでも糀を取り寄せ、独学で味噌や醤油を仕込んでいるルーカシェフが、今回一番楽しみにしていたのが糀屋訪問。温度管理や使っている道具など質問攻めにしながら「自分たちは手をかけすぎているかもしれない」と、そこに棲みつく菌に委ねる日本の発酵文化への気づきがあったようだ。

2月の山の恵みは春や秋に比べると限られるが、針葉樹を中心にモミの木や葉っぱ、カヤノミやモクレンの蕾などから巧みに森の香りを抽出。地元の食材と掛け合わせて「森を食べる」コースを仕立てていく。その様子を「想像した以上に即興で料理を作ることに驚いた」と話す若手料理人たち。

水の豊かさが如実に表れた清らかな紅鱒の味わいを軽い塩締めで際立たせ、紅鱒の骨でとった出汁で炊いた鞍掛豆(別名、海苔豆)とわさび菜を添えて。そこにモミの木の葉から作った濃い緑色のオイルをかけていただく「森の魚と森のオイル」の一皿。
念願の糀屋訪問で、緑色の「麦麹」を発見。その香りと食感からリゾットにしたら面白いと閃いた。薪火でじっくり焼いたイワナで出汁をとり、赤米と黒米とともにリゾットに。未成熟のイチゴのピクルス、森の木々から抽出したアロマの泡をのせて。
普段は雑草扱いされる「すいば(酸葉)」のきれいな酸味をグラニテに。下には木曽で古くから食べられてきた植物「イタドリ」の塩漬けとジャムを忍ばせて。メインの前のリフレッシュメント。
「森が豊かなら鹿はおいしいはず」とジビエ職人が処理した美しい鹿肉をローストにして、木曽ヒノキと藁で香りづけ。カヤノミと醤油を煮切って表面に塗り、モミの木から抽出した柑橘のような香りのオイル、天然の香茸からひいた出汁を添える。

南木曽がいかにラッキーな土地であるか、豊かな自然と生産者の献身に触れながらルーカシェフは、「好奇心にあふれ、モチベーションの高い若者がいる日本は未来がある」と語った。
高齢化が待ったなしに進む地域で、食の豊かさを次世代にいかに繋げていくか。4日間で約120名のゲストを迎えたイベントを通して、地方に目を向ける食べ手を増やしたことは間違いないだろう。


(料理通信)

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