東京・銀座「FARO」シェフパティシエ 加藤 峰子 Mineko Kato
2019.12.16
東京・銀座「FARO」のデザート「奈良県山口農園の恵み」を初めて食べた時の衝撃は忘れられない。何十種ものハーブや花のアロマが、個々にかつ一時に押し寄せながら見事に調和がとれて、口内アロマテラピーとも呼ぶべき状態が出現したのだった。
シェフパティシエ・加藤峰子さんによるデザートは、素材に備わる天然自然の味と姿を留めつつ、人の手が生み出す美しさを湛える。自然との共鳴の上に立つ表現が、今の時代性を映し出す。
シェフパティシエ・加藤峰子さんによるデザートは、素材に備わる天然自然の味と姿を留めつつ、人の手が生み出す美しさを湛える。自然との共鳴の上に立つ表現が、今の時代性を映し出す。
生産者のアンバサダーになりたい。
加藤峰子さんの話を聞いていると、しばしば「違和感」という言葉が登場する。「パティシエになりたくて菓子屋に入ったのですが、実はいろんなことに違和感を覚えていました」
彼女を語る時、この「違和感」が重要な鍵を握る。「いろんなこと」と言いながら、「違和感」の方向性は一貫していて、それこそがフィロソフィの発露と言えるから。
たとえば、着色料を使うこと。これから50年も60年も生きる子供たちが食べる物に、なぜ、着色料を使うんだろう? また、冷凍して組み立てるケーキ作りの工程。菓子屋の厨房は冷凍に支配されすぎていやしないか? そのこととも関連するが、作り置き(ストック)が当たり前の製造体制にも抵抗があった。
着色料は見栄えを良くするし、冷凍は作業を効率化する。新しいテクニックも生むだろう。けれど、自然界ではあり得ない状況を発生させもする。どこか不自然。頼りすぎてはいけないはずなのに、人はいつしか慣れて不自然と思わなくなる。でも、加藤さんは慣れない。
自然界の生き物には無意識に作動する危険察知能力や防御システムが備わっている。それは生物(種)が生き永らえるために、長い時間をかけてつくり上げられた体内装置と言える。加藤さんの違和感はそんな防御システムなのかもしれない。
彼女を語る時、この「違和感」が重要な鍵を握る。「いろんなこと」と言いながら、「違和感」の方向性は一貫していて、それこそがフィロソフィの発露と言えるから。
たとえば、着色料を使うこと。これから50年も60年も生きる子供たちが食べる物に、なぜ、着色料を使うんだろう? また、冷凍して組み立てるケーキ作りの工程。菓子屋の厨房は冷凍に支配されすぎていやしないか? そのこととも関連するが、作り置き(ストック)が当たり前の製造体制にも抵抗があった。
着色料は見栄えを良くするし、冷凍は作業を効率化する。新しいテクニックも生むだろう。けれど、自然界ではあり得ない状況を発生させもする。どこか不自然。頼りすぎてはいけないはずなのに、人はいつしか慣れて不自然と思わなくなる。でも、加藤さんは慣れない。
自然界の生き物には無意識に作動する危険察知能力や防御システムが備わっている。それは生物(種)が生き永らえるために、長い時間をかけてつくり上げられた体内装置と言える。加藤さんの違和感はそんな防御システムなのかもしれない。
自分は何に反応しているのか?
加藤さんは小学校卒業まで東京で育ち、中学時代はイギリス、高校からはイタリアで過ごした。「頭の中はイタリア語。日本語はむずかしいですね(笑)」。
美術が好きでイタリアの大学では視覚デザインを専攻。卒業後はヴォーグ・イタリアに入り、アシスタント・アートディレクターとしての職を得る。しかし、自分の居場所と思えなかったという。
「バス停でぼーっとバスを待っていたら、道行くみんなが生き生きして見えた。うらやましくて、涙がぼろぼろ出てきた」
元々、菓子好きだった。思い返せば将来の夢はパティシエになることだった。たまたま普通の大学を出たから普通の就職をしてしまったけれど、「何かが違う」という気持ちが溢れてきた。
「2年半ほど経った時、自分でお菓子を作り、パッケージもプレゼンテーションして、ミラノのお菓子屋さんに持ち込みました。『雇ってほしい』と直談判したんです」
そして、菓子職人の道へ。仕事は学びがいがあったが、技術を習得するほどに前述のような違和感が発動されてくる。働く場所を菓子屋からレストランへ移すと、着色料や冷凍はぐっと減り、持ち味を生かそうとする食材との向き合い方、作ったその日に出し切る製造体制に、違和感は軽減された。それでもまだ脳内でアラームが鳴ることがあった。
「ある高級ホテルで、毎日、マチェドニアを8㎏作っていました。様々なフルーツをすべて2・5㎝角の立方体にカットするんです。フルーツは様々な形をしていますから、ロスが出ます。それらを"高級店で提供するデザートとしては当然のこと"として捨てていた。何か使えるのではないかと思ったけれど、上からは『自分の時間を無駄にせずに捨てなさい』と言われて」
その頃からだ、自分の体内装置が何に騒いでいるのかを自覚し始めたのは。
美術が好きでイタリアの大学では視覚デザインを専攻。卒業後はヴォーグ・イタリアに入り、アシスタント・アートディレクターとしての職を得る。しかし、自分の居場所と思えなかったという。
「バス停でぼーっとバスを待っていたら、道行くみんなが生き生きして見えた。うらやましくて、涙がぼろぼろ出てきた」
元々、菓子好きだった。思い返せば将来の夢はパティシエになることだった。たまたま普通の大学を出たから普通の就職をしてしまったけれど、「何かが違う」という気持ちが溢れてきた。
「2年半ほど経った時、自分でお菓子を作り、パッケージもプレゼンテーションして、ミラノのお菓子屋さんに持ち込みました。『雇ってほしい』と直談判したんです」
そして、菓子職人の道へ。仕事は学びがいがあったが、技術を習得するほどに前述のような違和感が発動されてくる。働く場所を菓子屋からレストランへ移すと、着色料や冷凍はぐっと減り、持ち味を生かそうとする食材との向き合い方、作ったその日に出し切る製造体制に、違和感は軽減された。それでもまだ脳内でアラームが鳴ることがあった。
「ある高級ホテルで、毎日、マチェドニアを8㎏作っていました。様々なフルーツをすべて2・5㎝角の立方体にカットするんです。フルーツは様々な形をしていますから、ロスが出ます。それらを"高級店で提供するデザートとしては当然のこと"として捨てていた。何か使えるのではないかと思ったけれど、上からは『自分の時間を無駄にせずに捨てなさい』と言われて」
その頃からだ、自分の体内装置が何に騒いでいるのかを自覚し始めたのは。
水に込めた思い
次に彼女が取った行動は、「オステリア・フランチェスカーナ」のマッシモ・ボットゥーラに自作の履歴書を送ること。マッシモは、廃棄対象食品を料理に変えて恵まれない人々に無償提供する「レフェットリオ(食堂の意)」で知られる料理人である。
「マッシモがアート好きであることも私にとって大事なポイントでした。すぐにマッシモから電話がかかってきて、『明日と明後日はミラノへ行くから会おう』と」
指定された場所へ行ってみると、そこは100人ほどの宴会場。てんてこ舞いの現場をすぐに手伝って、終了後、即採用に。
「オステリア・フランチェスカーナ」は毎日が学生のキャンプか合宿のようだった。
なにしろ世界のレストランランキングで1位を取る店である。スタッフは料理オタク揃いで、アイドルタイムはキッチンで試作や研究に没頭する。マッシモの社会活動家的な側面にも影響を受けた。彼女の体内装置は社会全体に反応すべく磨かれていく。
「美食とは何かを考えるようになりました。おいしいだけでは足りないし、外観が美しいだけでは真に美しいとは言えない」
彼らに触発された感覚は、今の加藤さんのクリエイションへとつながる。水のデザート「ウォーターオンザロック」がその代表作だ。30輪のバラのアロマを真空蒸留器で抽出した深層海洋水に、甘草の根でほのかな甘味を付け、少量の寒天でゲル化させる。口に含むと、清らかな潤いと共に優しいバラの香りに満たされていく。
「人が生きていく上で、水は最低限不可欠な食です。人には水を得る権利がある。水は人間の尊厳に関わると私は思う。にも関わらず、6億人以上の人がいまだ安全な水が飲めずにいます。日本では水が当たり前にあって、水に対してやや無意識です。もっと水への意識を向けたい」
ファロのような高級店で、水をデザートとして提供して受け入れられるのか、加藤さんにはまだ躊躇がある。一方で、こういったメッセージを発することもレストランの役目ではないかとの思いも強い。
「マッシモがアート好きであることも私にとって大事なポイントでした。すぐにマッシモから電話がかかってきて、『明日と明後日はミラノへ行くから会おう』と」
指定された場所へ行ってみると、そこは100人ほどの宴会場。てんてこ舞いの現場をすぐに手伝って、終了後、即採用に。
「オステリア・フランチェスカーナ」は毎日が学生のキャンプか合宿のようだった。
なにしろ世界のレストランランキングで1位を取る店である。スタッフは料理オタク揃いで、アイドルタイムはキッチンで試作や研究に没頭する。マッシモの社会活動家的な側面にも影響を受けた。彼女の体内装置は社会全体に反応すべく磨かれていく。
「美食とは何かを考えるようになりました。おいしいだけでは足りないし、外観が美しいだけでは真に美しいとは言えない」
彼らに触発された感覚は、今の加藤さんのクリエイションへとつながる。水のデザート「ウォーターオンザロック」がその代表作だ。30輪のバラのアロマを真空蒸留器で抽出した深層海洋水に、甘草の根でほのかな甘味を付け、少量の寒天でゲル化させる。口に含むと、清らかな潤いと共に優しいバラの香りに満たされていく。
「人が生きていく上で、水は最低限不可欠な食です。人には水を得る権利がある。水は人間の尊厳に関わると私は思う。にも関わらず、6億人以上の人がいまだ安全な水が飲めずにいます。日本では水が当たり前にあって、水に対してやや無意識です。もっと水への意識を向けたい」
ファロのような高級店で、水をデザートとして提供して受け入れられるのか、加藤さんにはまだ躊躇がある。一方で、こういったメッセージを発することもレストランの役目ではないかとの思いも強い。
自然界の法則が美
おそらく、加藤さんにとって、自然界の法則が美なのだろう。彼女の違和感の拠り所は、人間が自然と正しく向き合っているかどうかにある。自然界の法則を犯すことなく、自然が生み落とした素材を生かして、人間なりの美を作り出せたら。それが彼女の願望だ。
今、彼女が心酔するのは、岩手県岩泉のなかほら牧場。「山地酪農です。一年中、山に放牧される牛たちは大地に生えている野シバや熊笹、木の葉を食べています。それによって山の環境も守られる。牛舎はなく、自然交配で自然分娩、生後2カ月までは母乳保育なんですよ」
牛たちが暮らす山を訪ねて、加藤さんは自分の役割とは何かを考えた。出した答えは「生産者のアンバサダーになること」。彼らが生み出す食材をより印象深く、背景にある考え方や生き方も併せて食べ手に伝えること。だから、生産者とは直に会って、現場を見て、生身の関係性を結びたい。
「生産者を巡る旅人になりたい。それが自ら望む自分の姿です」
今、彼女が心酔するのは、岩手県岩泉のなかほら牧場。「山地酪農です。一年中、山に放牧される牛たちは大地に生えている野シバや熊笹、木の葉を食べています。それによって山の環境も守られる。牛舎はなく、自然交配で自然分娩、生後2カ月までは母乳保育なんですよ」
牛たちが暮らす山を訪ねて、加藤さんは自分の役割とは何かを考えた。出した答えは「生産者のアンバサダーになること」。彼らが生み出す食材をより印象深く、背景にある考え方や生き方も併せて食べ手に伝えること。だから、生産者とは直に会って、現場を見て、生身の関係性を結びたい。
「生産者を巡る旅人になりたい。それが自ら望む自分の姿です」