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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

佐川友彦さん (さがわ・ともひこ) 

農家の右腕

2021.02.10

畑に出ない、
農家の従業員にして参謀役。


小学校三年生の時の夢は、環境庁長官。そう無邪気に書いた少年は、東京大学の農学部に進学し、大学院で農学生命科学研究科を修了。外資系大手化学メーカーに入社し、若くして太陽光発電パネルのプロジェクトを任され、そして挫折を経験した。

そこから復活。現在はファームサイド株式会社を立ち上げ、農業経営コンサルタントとして全国で活動する佐川友彦さん。佐川さんが業界で知られる所以となった、一つの梨園の改革事例を詳述、公開したオンラインサイト「阿部農園の知恵袋」は、農業界に限らず様々な業種の人たちの業務改善マニュアルとして支持されている。




text by Kaori Shibata / photographs by Tsunenori Yamashita


生きやすさを探して
「環境を守れる人に格好いいイメージがあった」と佐川友彦さんはいう。きっかけは小学校の時に読んだ『がんばれ!エコマン。地球を救え』(偕成社刊)。地球に寿命があるということが大きなショックで、それを助ける存在は彼のヒーローだった。
大学卒業後、研究者として太陽光発電のプロジェクトに関わる。夢と地続きだったが「研究結果を短期間に求められる不安、研究結果がいつどこで誰のために役立つのかわからない不安。色んな不安に押し潰されて、自分を追い詰めてしまった」

休職の後、退社。その後3年程はモラトリアムだった。仕事よりも住む場所、自分が生きやすい場所を探すことを決め、宇都宮に地縁を得て住み始める。職探しでNPO団体から紹介されたのが、阿部梨園という家族経営農園だった。「選択肢にはなかったけれど、逆に新鮮な視点で見られそうだと思いました。阿部梨園の代表は、家族経営から脱却したいと思っていて、僕が休職中に勉強していた会計や経営管理、人事労務や、農学部出身の視点からも提案できそうだと」

阿部代表は温和で情に厚く、佐川さんを尊重してくれた。何より商品の梨は一顧客として素晴らしいと思える品質だった。まずは梨園の実務に加わったが、始めてみると改善すべき細かな点に山ほど気づいた。一つひとつは小さいが、逆に実現可能なことばかり。佐川さんはそれらを連ねた改善プランを阿部代表に提案し、その専任インターンとして過ごすこととなる。

自分が抜けた後も継続できるよう、「プロミス100」と命名し皆に共有する。商品陳列や仕事道具の置き方など小さな積み重ね。だが小さな解決は想像以上の大きな達成感を生み、皆のモチベーションも上げた。佐川さんはご近所、梨園の客、代表と仕事仲間といったローカルで温かな人間関係の中で心を取り戻していく。「事の大小でなく改善できた実感を皆が喜んでくれた。誰かの役に立ったという実感で救われたのです」。契約終了後も働きたい。現場に入らない非生産人員でも農家になるという「不可能」を可能にするために、佐川さんはラブレターを送る。梨園に必要で、今は不足していることを挙げ、「後方支援従業員だからこそ解決し、貢献できます」と。
魚を与えるのでなく釣り方を
勤務後4年ほど経つ頃には事業経営も労務も販売体制も整い「経営規模を考えると自分の人件費は大きなコスト」と退社を決意。自身の次の足掛かりとして梨園の実績をオープンソースにし、クラウドファンディングで知らしめたいと社長に相談する。というのも、農業仲間からの相談に共通項が多かったからだ。「例えば作業記録の付け方、項目の立て方など細かな所」。農園に張り付きで働くからこその、地を這うような視点と少し俯瞰した視点を合わせて解に導くのは佐川さんの持ち味になっていた。

クラウドファンディングは立ち上げから話題になり、目標額以上の支持を得て実現。農家の知恵のオープン化は、個人事業主や他業種にもシェアされ、認知度も上がった。「農業者向けにやってきたけど、内容を分解してみたら農業だけに限らなかったということを実感しました」

個人事業主として始めた一年後には株式会社化。現在は各自治体の農業経営塾の講師として忙しい毎日を送る。佐川さんが関わるのは半年ほどの連続講座だ。事例共有して地方農業者の色々な問題に受け答えするうち「より本質的な問題は何か、短時間で探る訓練ができてきた」。改善事例をベースに、会員同士が意見交換できるプラットフォームの設立も構想中だ。「魚を与えるのでなく釣りの仕方を教える。そうやって伴走し、自分で考えられる農家を増やしたい」

少し前、断捨離ブームがあった。無意識に誰もが行っている営みを、意識的に知恵化することで、多くの人は人生の質が上がったと感じた。佐川さんの仕事もどこか似て、本質とは共有と近しいところにあると教えてくれる。小さな頃の夢、環境を救うヒーロー像と佐川さんの生き方もまた、きっと本質的なところで繋がっているのだ。
(左)常に携帯するアナログのメモ帖。人と会って相談を受けた時などの記録はもちろん、頭に浮かんだアイデアやフレームワークを、忘れないうちにすぐに書き留められるように。
(右)阿部梨園で栽培し、10月下旬から本格流通する大玉の赤梨「にっこり」。「新高」と「豊水」を掛け合わせた栃木県生まれの梨だ。贈答用に人気。
(左)佐川さん初の著書『東大卒、農家の右腕になる。』(ダイヤモンド社刊)は、2020年9月に出版され、同月内に早くも2刷となった。
(右)クラウドファンディングで得た資金を元に開設したWEBサイト「阿部梨園の知恵袋/農家の小さい改善実例300 by 阿部梨園」は大反響を呼び、堀江貴文氏なども注目。





◎ ファームサイド株式会社
https://farmside.co.jp/

























































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